第4話──5「戦闘編」
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下層は更に二つの階に別れているようだ。今シザクラが差し掛かっているのが、おそらく船員たちの部屋の並びである住居スペース。一階と同じで等間隔で扉が並んでいる。船倉は最下層だろう。
「こ、ここは探索する必要ないもんね……。よしよし、さあ下へと参ろうか……」
フィーリーの腕をぎゅっと掴んで震えながら、シザクラは自分に言い聞かせるように言って更に下へと下ろうとする。正確には、フィーリーが下りるのに付いていく形だったが。
不意に。バンッ、と大きな音がした。二人同時に見る。
船員の部屋。その扉の一つが、開いた。一番奥。独りでに。
唖然としている内に。次々と扉が開いていく。大きな音を立てながら。
一瞬の静寂。固唾を呑んでいたら。
ガタガタと軋んだ木の音を鳴らしながら、人の形をした何かが開いた扉たちから現れる。頭がない。身体だけの影が一斉にこちらを向いた。
「で、で、で……ですぺらぁあああどぉおおおおっ⁉⁉ お化け!!!! お化けお化けお化け!!!!!」
「いたたっ……! 腕が痛いですシザクラさん! 違いますよよく見てください。あれは魔力で操られたただの木偶です!」
フィーリーに言われて、思いきり抱き締めて彼女に縋りついたシザクラはおそるおそる顔を上げる。
彼女が照らしてくれた光の元。現れた人影たちは、よく見れば剥がれ落ちた木々の寄せ集めで出来ていた。ただ魔法で人体の形を形成され、操られているだけの木偶だ。
「……ということは。あれって攻撃が通じるってこと?」
「ええ。寄せ集められないくらい粉々に砕いてしまえば」
「ぶっ壊せるなら、ぶっ倒せるッ!!」
背中の刀。鞘ごと引っ張り抜いて、飛び出す。並んだ寄せ集めの木偶。明らかに敵意を放って、向かうシザクラに腕を振るおうとする。
が、遅い。奴らが腕を振り抜いた時にシザクラはもう、通路の端に着地している。静寂。のち、木偶たちは完膚なきまで粉々に砕け散っていく。
「刀が通じる相手なんざ、こわかねぇんだよ。今までビビらせた仕返しだ、ボケカスアホマヌケおたんこナース」
「シザクラさん、目が怖いです。でもお見事ですね。一瞬であんなにいた操り人形を……」
フィーリーが手を叩いて褒めてくれたのも束の間。また船員たちの部屋だった場所から、次々と木偶たちが湧いて出てきた。身体を構成する腐った木など、この船にはいくらでもあるのだろう。骨を断たねば肉を斬っても仕方ない。
「フィー、ごめん! このまま抱えていく! こいつらを操ってる奴の場所、案内して!」
「わっ……! 承知です……!」
木偶たちをぶっ飛ばしながら、シザクラはフィーリーを抱えて階段を走り下る。
船倉へ。貨物置きらしく、船底丸々ひとつながりになっていてかなり広い。腐って砕けた木箱やら樽やらが散乱している。
そして当然の如く、そこも木材の欠片で体を作られた木偶たちで溢れかえっていた。まるで死者の群れだ。だが、所詮魔力で操られているだけの人形。怖くも痒くもない。刀でぶっ潰せるなら。
「シザクラさん! この奥です! この気配……おそらく魔物です!」
「魔物! 幽霊じゃないよね? お化けじゃないよね? 刀通じるでしょ⁉」
「通じます! たぶん!」
「ならぶっ飛ばす!」
フィーリーを片腕で抱えたまま、刀を振るって襲い来る木偶たちを払い飛ばし、船倉を突き抜けていく。
「……いた!」
ちょうど船首側の方だろうか。ぼうっと青い光を発する者がいた。
人と姿が似ている。ただし、頭がない。錆び切った大きな錨を片手で肩に背負い、かなり体格がいい。
よく見たら他の木偶と同じ。木片で体が寄せ集められていた。こいつも操り人形か。
つまり、刀も魔法も通じる。こっちの相手だ。
「シザクラさん。おそらくこれは門番で、操ってる本体は上野会にいます。これを倒せば、おそらくあの扉の封印が解けます」
「まぁ要するに、倒せるってことだよね。了解」
シザクラはフィーリーを肩から下ろしてやる。そして、錨を高く掲げて戦闘態勢に入る大型の木偶と向き合った。
「少し時間をください。周りにいる操り人形も全部、私の魔法で何とかします。船を傷つけないように」
「おっけー。でも、あたしが倒しちゃってもいいんだもんね?」
正面にデカブツの錨持ち。背後からは多数の木材の寄せ集めがうじゃうじゃと押し寄せてきている。挟み撃ち。
魔法を詠唱するフィーリーを守りつつ、奴らを撃退する。楽勝だ。
「らァッ!!」
足元に転がっていた樽を蹴っ飛ばす。転がるそれが有象無象の木偶を轢き潰しふっ飛ばしてしていく。
そしてシザクラも跳ぶ。奥から更に迫ってくる木偶の群れを刀の一振りで薙ぎ払う。くっつき方が甘いのか、すぐバラバラになっていく。これならフィーリーの魔法を使うまでもないかもしれない。
と思ったが、ぞくぞくと木偶の群れが集まって来ていた。動きは鈍く、ぎこちない。が、数で攻められるとこっちは圧倒的不利だ。向こうは木片やら瓶やらゴミさえあれば体を構成出来るらしくそんなものいくらでもこの船にあった。
「おっとぉ!」
詠唱中のフィーリー目掛けて。デカブツの木偶が錨を振り上げる。
すかさずシザクラはその間に入り、振り下ろされた錨を刀の鞘で受け止める。
「っ……!」
さすがに重い。が、受け切れた。船の床が抜けなかったのが良かった。相当強力な魔力で守られてるらしい。
「……おりゃ!」
受けた錨を、押し返す。よろけたデカブツ。その胴体部分に、横薙ぎの一撃を叩き込む。
上下真っ二つにデカブツの体が砕け散る。かと思えば、瞬時に散らばりかけたゴミ達が集まり、すぐ元通りの体に戻った。
はんぱない再生能力。操り人形にそこまで強力な魔力が込められている。これは物理で押し切るのは厳しいかもしれない。
一瞬で再起不能にしてやらなければ。
再び振られる錨。今度は薙ぎ払い。振り終わった錨の上に、シザクラは着地している。
「遅いッ!」
今度は縦に叩き切るように飛び降り斬り。デカブツは縦に真っ二つになるも、またすぐ周りのゴミを吸収して再生する。舌打ち。面倒くせぇこいつ。先程からの驚かしで、シザクラの心は少々荒れている。
そうこうしている内に、別の細かい傀儡たちが詠唱中のフィーリーに群がろうとしている。脅威を感じて彼女から攻撃するつもりか。絶対させるか、バカが。
「しゃらくせぇッ!」
素早く駆け寄って回し蹴り。しつつ続けて飛び掛かって来た木偶を鞘に納めた刀で薙ぎ払う。
シザクラの足元に影が掛かってくる。デカブツの傀儡。再び錨を振り上げていた。フィーリー目掛けて。
「させねっつーの……!」
フィーリーを庇うようにまた間に割り込み、背中越し。掲げた刀で振り下ろされた錨を再び受け止める。衝撃と重み。さすがに腕と足に痺れが走った。馬鹿力が。お互い様か。
「シザクラさん、お待たせしました」
目の前のフィーリーが目を開けた。赤く滾る炎が、その瞳に宿っていた。彼女の周りを巡る言葉の輪が赤く発光し、高速で回転しながら一気に広がっていく。
刹那。周りにいた木偶たちが一斉に燃え上がった。錨を振り回していた、ひと際大きな群れのボスのような傀儡も盛大に。
そして炎はすぐに鎮火する。後には燃えカスすら残らず、ただ焦げ臭い空気だけが漂っていた。大きい奴が周りの傀儡も操っていたらしく、後から飛び出してくる影はない。
シザクラは一息ついて、刀を背中に背負い直す。フィーリーも、額の汗を手の甲で拭った。懐からハンカチを取り出し、こちらからも汗を拭ってやる。
「……お疲れ。さすがにあたし一人じゃ無理だったわ。助かった」
「シザクラさんがいなかったら、私も詠唱が間に合わなかったです。まだまだ魔法の調整は難しいですね。お疲れ様です」
お互いを労って、閑話休題。シザクラは拳を自分の掌にぶつけて小気味のいい音を鳴らす。
船長室の扉を封印していた傀儡はぶっ倒した。これで中に入れるはず。きっと今の状況にシザクラたちを追いやった元凶が、手をこまねいて待ち構えていることだろう。腹立たしいことに。
「よっしゃ、何が待ってるかわかんないけどぶっ潰すぞ! ……幽霊以外なら」
幽霊なんていませんよ、とフィーリーが手を握って元気づけてくれた。
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