第4話──4「探索編」


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「ずいぶんと大きな船のようですね……。マストに帆、この感じだと魔石を積んでいない風を推進力とした古い型でしょうか。見たところ、近くに人や魔物の気配はないようですが……」

 幽霊船の甲板に降り立ったフィーリーが、周辺を見渡しながら冷静に分析している。

 確かにかなり大掛かりな船だ。ところどころ足場の板が腐っていて、足元には注意しなければならなそうだ。樽やら縄などの貨物が散らばっており、かなり荒れ果てている。手すりなどもところどころ欠けているようだ。

 正直、いつ沈んでもおかしくないような様子で、乗り込んできて良かったのか不安になる。いや、不安しかない。不安以外の何物でもない。

 霧は空も海も包み隠すくらい立ち込めていて、今もシザクラたちの周りを漂っている。人の気配も、何の気配もない。のに、いつ何が現れるかわからない雰囲気がやばい。やばすぎる。今すぐ降りたい。まるで霧と、この船しかない世界に迷い込んでしまったようだ。

「ひとまず、船の中に入って探索してみましょうか。あそこに扉があります、行ってみましょうシザクラさん。……シザクラさん?」

「ガタガタガタガタガタガタ……」

「……シザクラさん。口で言いながらめっちゃ震えててもどうにもなりませんよ。こうなっている原因を突き止めないと、私たち身動きとれないんですから」

「いやだって絶対出るでしょこんなの幽霊……。どうすんの出会っちゃったら。絶対あたしの刀なんか効かないし、君の魔法だって効くどうかわかんなくない? そんなの相手にしたらマジやばいって……」

「すごい早口ですねシザクラさん。……落ち着いてください。幽霊なんて存在しません。おとぎ話ですよ。その証拠に、この船全体が強力な魔力を覆っています。ここが海の上に浮かんでいるのは、魔法なんですよ。周りの霧も、魔力がこもってます。つまりこの船にある、人か魔物か魔石か、何かしらの力のせいです。今の状況は」

 ──それに私も付いていますから。どんといつも通り構えていてください。フィーリーは心底ブルっているシザクラを元気づけるためか、いつもより大げさに薄い胸をぽんと叩いて張って見せる。

 シザクラは猫背気味の姿勢を正し、すぅう……と大きく息を吸って、噎せて、それから吐いた。自分の頬を二回、両手で叩いて景気づけ。

「……わかった。ありがと。でもマジのマジに幽霊が出たら、すぐ一緒に逃げ帰るよ? わかった?」

「はいはい。私の後ろにいていいですからね。手、ぎゅっとしててあげますから」

「ここぞとばかりに意趣返しで子供扱いしてくるじゃん……」

「じゃ、離れて歩きます?」

「いや手繋ぐ。めっちゃくっ付いて歩く。一人にしないでよ⁉ 絶対だよ⁉ 泣き叫ぶからね⁉」

 情けない自覚はありつつも、恐怖という本能には抗えない。「歩きづらいんですけど」とフィーリーに呆れられつつ、シザクラは彼女の腕に縋るようにしながら付いていく。

 凄まじく軋んだ扉を開けて、船内へ。当然の如く中は真っ暗だ。シザクラは発光する魔石を取り出して辺りを照らす。

 ふと前方のフィーリーの周りが急に明るくなったと思ったら、彼女の傍をくるくる回るように光がいくつも現れていた。これも魔法の力らしい。魔石よりもかなり明るくなった。「魔力のコスパもいいんです」と彼女は鼻高々に言う。確かに便利だ、魔法。

 船内も当然のごとく荒れ果てている。足元には酒瓶やら壁の破片などのゴミが散らばり、甲板より足元注意だった。

 細長い通路が続いている。左右にそれぞれいくつか扉が並び、突き当たりの正面にも両開きの扉が一つ。正面には二階へと続く階段が見える。

 思ったより広いし、部屋の数も多い。これは探索にも時間が掛かりそうだ。それにしても人がいなくなってから久しいこの寂れた空気は廃墟そのもので、早くもシザクラの気力を削ぐ。しかも外の霧が中に入りこんできて暗闇と交わり合っている。ありえない現象に、この状況の異常さが明るみになった気分だ。

「一つ一つ、部屋を覗いていきましょうか」

「えー……。フィーの魔法で何か探知とか出来ないのぉ? 向こうは魔力使ってるんでしょ? その発生源を辿るとか」

「この船全体が強力な魔力の発生源になっちゃってますからね。ちょっと難しいです。ですが、探索しながら試してみますね。見つけられるかどうか」

「ありがと……。なるべく早くしてもらえると助かるかも……」

 手前の扉から開けていく。フィーリーが躊躇もなく大胆に開けるものだから「ちょちょっ、もうちょっと慎重に! 何か飛び出してきたらどうすんの!」とシザクラが注意しなければならなかった。そういえばこの子、妙に肝が据わっているのだ。据わりすぎて逆に心配になるくらい。

 一つ目は倉庫。食料品や日用品などが積んであったらしい。今はもう、全て朽ちてしまい置いてあった棚たちすら砕けてしまっている。

 更に広い食堂に調理室、何やら古めかしい遊び道具らしき残骸の並ぶ遊戯室らしき場所もあった。やはりこの船、人の手を離れてから時間が経過しているようだ。

 そしてどこか慌ただしい騒ぎがあったような形跡がある。朽ちているのはもちろんだが、ところどころ家具がひっくり返っていたり、何かぶつかったように壁が破壊された跡があったりする。

 この船では何かあった。それが幽霊船になったが所以だ。

「どっひょぇえっ⁉ 今そこっ、そこ! 何か動いた! お化け! 化け物! 物の怪!」

「違いますシザクラさん、よく見てください。私たちの影ですよ。部屋を開けるたびにびっくりしないでください。大丈夫です。私が傍にいますからね」

「子供扱いすんなぁ……っ。あたしの方が十は年上だからね少なくともぉ……」

 自分で言っておきながら、その十は年下の少女の腕に縋っている自分が情けない。でも苦手なものは苦手なのでしょうがない。開き直ってやる。大人はそういう狡い生き物なのだ。

 その階は調べ終わり、階段に差し掛かる。上と下。どちらから行くか。

「……シザクラさん。この船を包む魔力の発生源が特定できました。このすぐ上からです」

「えっ、もう……?」

 どっちも行きたくねぇ……と進む方を悩んでいる振りをしていたら、ふとフィーリーが言った。彼女の目が、光っている。探知が終わったのだ。この短い時間で、つい先ほどまで難しいと言っていたのに。彼女の魔力は、瞬く間に練られていっている。シザクラの想像も及ばぬほど。

「ありがと、フィー! さあ行こう! すぐ行こう! ホップステップジャンプ……かーるいす‼」

「……さっきのしおらしさどこ行ったんですか。まぁ、元気になったようで何よりです」

 先行してくれていたフィーリーを追い越して、シザクラは軽い足取りで階段を上がっていく。途中で腐ったところを踏み抜き掛けたが、何とか上階へ。

 階段の先、二つ扉があった。一つは簡素なもので、おそらく操舵室だ。そして向かい合うもう片方の扉は、両開きで作りが違う他の物とは違うものだった。

 察する。おそらく船長室。中は広そうだ。

「魔力の気配は、この中からです」

「おっけー、フィー。下がっといて。幽霊だったら即逃げるよ。問答無用で抱えて逃げるからね。絶対に逃げるから。わかった?」

「承知です。抱えられる準備完了です」

 両開きの扉、ドアノブに手を伸ばす。ゆっくりと下に引き、開こうとした。

 が、びくともしない。うんともすんとも言わない。押そうが引こうが、まるで岩みたいに固く閉ざされている。もう片方の扉に足を掛けて全力で引っ張ってもダメだ。普通のなら、この辺りで扉が外れているはずだった。力には自信がある。

「ぜぇ……ぜぇ……な、何か……全然開かないんだけど……」

「……おそらく、魔力で塞がれていますね。待ってください……この船の下から、別の気配がします。この扉から発せられている魔力と、よく似た気配です」

「それってさ、その魔力の気配をどうにかしないと扉は開かないってやつ……?」

「かも、です」

 がっくりと項垂れる。せっかくこの最悪な状況から解放されると思っていたのに。目の前にぶら下げられた褒美を手の届かぬ場所まで掬い上げられたような気分だ。

「下って、たぶん船倉かな……。待って、すっごく嫌な予感してきた」

「平気ですよ、私が付いてます。さぁ、早くこの状況から抜け出したいんでしょう? 急ぎますよ」

「お化けこわい……お化けこわい……」

 すぐに形勢逆転。勇ましく進むフィーリーの腕に縋りながら、シザクラは階段を下り始める。

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