第4話──2「幽霊?」
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「ダメだこりゃ……」
「まぁ、そうですよね……」
シザクラたちはがっかりしながら夕日が沈みゆく地平線を眺めていた。港である。
数時間の聞き込みの結果、ナリミカ大陸にあるフィスチ港の場所はわかった。あまり大きな場所ではないらしいが、地元の漁師などがよく利用する港のようだ。距離もそこまで遠くない。おそらくこのアンカルトからなら一日もあれば着くだろう。
しかし、問題は移動手段。船乗りから漁師、片っ端から今の路銀で乗せてもらえるか頼み込んでみたが、結局渋い顔を横に振られて交渉は終わる。「海は魔物が出るからなぁ。大陸横断したがる奴もそんないないし、これだと俺達の小遣いにもならないよ。最近はみんな貿易盛んなおかげでだいぶ儲けてるからなぁ」とのこと。そりゃそうだ。シザクラたちの全財産合わせても、ようやく一泊宿屋に泊まれる程度。誰がそれに命と船を掛けてくれるというのか。
「フィーの風の魔法で、びゅびゅーんとナリミカ大陸まで飛んでけない? そうすりゃタダだよ?」
「辿り着く前に魔力が切れて海の藻屑ですよ。さすがにそれは無茶です」
「だよねぇ。……本当に面目ない」
「まぁ、仕方ないです。過ぎたことですから。……でもお酒は今後控えめに。わかりました?」
「はいぃ……」
今日はもうこれ以上収穫はなさそうだ。明日、本腰を入れて依頼を探さないと、下手したら旅もままならなくなる。酒を控えめに。頭ではわかっているのだけれど。
「お前さん達。フィスチ港まで行きたいんだって?」
港から町に戻ろうとしたシザクラたちの背中に、ふと声が掛かる。
男性の老人が立っていた。キャップを被り、着ているシャツ越しでも逞しさがわかる。腕も筋肉質だ。日焼けしている肌を見るに、漁師だろうか。
シザクラが受け答える。パット見悪人ではなさそうだ。堅物そうだが。
「そうです。でも手持ちが少なくて、難儀してますよ。明日、資金繰りに奔走するとこです」
「ならタダでわしの船に乗っけてってやる。乗り心地は保証しないがな。あの辺りでちょうど漁をする予定だった」
「タダで……?」
隣のフィーリーが密かにシザクラの服の袖を引いてくる。怪しい、ということだろう。
確かに都合が良すぎる。こっちは数時間かけてあらゆる人に声を掛けまくったのに、タダで乗せるなどという気前のいい船乗りは一人もいなかった。タダより怖いものはなし。警戒しないほうが無理だろう。
「おっと、変な勘ぐりすんなよ。こいつは依頼だ。わしはナリミカ大陸の傍で漁をしたい。だがあの辺りはちょっと訳ありでな。わし一人では心もとない。お前さんたちの目的地まで護衛してほしいという話だ」
なんなら手当も出してやる。最近は随分と漁業が儲かるからな。と老人は言う。
シザクラはフィーリーと目を合わせる。彼女の眼差しは懐疑的だった。確かに話の筋は通っているが、まあ怪しい。面倒事に巻き込まれるのは勘弁だ。訳あり、というのが少々引っかかる。
「海には魔物が少ないと聞いてますけど。護衛って必要なんですか? 訳ありとは?」
「あの辺りはな、幽霊船が出るなんて噂がある。おかげでみんなビビっちまって誰も近寄らない。だから、穴場なのさ」
「ゆ、幽霊船……?」
震えた声を出したのはシザクラで、怪訝そうな声を出したのはフィーリーだ。
幽霊船。これもおとぎ話の類だろうが、海を渡っていると誰も乗っていない船に遭遇しただの、船員が全員ガイコツだっただのの話が残っている。
そしてシザクラはその手の話が苦手だった。刀が効かない相手はやばい。絶対。
「まあ、お前さんらならそんなのと出くわしても余裕だろう。見たところ腕が立ちそうだ。護衛としては申し分ない」
「いやぁ……幽霊が相手だとちょっと……腕が立つとかなくないですか」
「……護衛の依頼ですね。わかりました、お願いします」
「へぁ⁉ フィー……⁉」
何やら黙り込んでいた様子のフィーリーが突如二つ返事をしたものだからシザクラは驚いて彼女を見る。
彼女はにこっと老人に微笑みかけていた。さっきの訝し気な感じとはえらい違いだ。
「交渉成立だな。今日はもう遅いから、明日の朝に発とう。この港に来てくれ。わしの名はゲシュペルだ。よろしくな、護衛さんたち」
「私はフィーリー。彼女はシザクラです。よろしくお願いします、ゲシュペルさん」
「よろしくされるのはわしだよ。海に出る魔物は少ないが、それでも襲ってくることはあるからな。しっかり準備を頼むぞ、お前さん方」
ゲシュペルと名乗った彼とフィーリーは固い握手を交わす。そしてゲシュペルはその逞しい背中を見せて手を振りながら去っていく。……何だか、一人置いてけぼりにされた気分だ。シザクラ抜きで、話が進んでしまったらしい。
「フィー? 大丈夫? あんな気安く引き受けちゃって。護衛の依頼とはいえ、タダで船に乗せてもらえるなんて話が出来すぎてない? しかも報酬までくれるとか言ってたけど」
「私も最初は怪しいなと思ってました。というか、今も少し思ってます。でも私たちを騙すつもりなら、もうちょっと上手くやるんじゃないですか? それにあのゲシュペルさん、あんまり悪そうな人には見えませんでした。周りの船乗りさんたちとも顔も知りらしいし、本当の漁師さんです」
「そこまで観察してたんだ。……でも、悪い人ってのは大抵わかりやすく悪そうな感じしてないからね? ああやってあたしたちを油断させて何かしら企んでるかも」
「……まあその辺りは、これもまた冒険ということで。それに言うじゃありませんか。乗り掛かった船。渡りに船、ですよっ」
「結局めっちゃ力技論理でぶっちぎったね……。元はと言えばあたしの散財が原因だし、腹括るか……。それに心配通りのことがあったとしても、あたしらなら何とかなるかもね」
「そうですよ。私たち、最強コンビですからっ」
調子よく言って、フィーリーが楽し気に右手を振り上げる。お気楽なお子様め。でもシザクラもそれに乗って、小さく右手の拳を上げた。二人で軽くこつんと拳をぶつけ合う。
無事に辿り着けるかはさておいて。とりあえず、移動手段は確保できた感じだ。後はまあ神のみぞ知る。最悪あたしが責任をもって、何とかしよう。
「あと少し、気になることがあるんですが。幽霊船の話って、ゲシュペルさん以外の人してましたか?」
「えっ、いや……。そういえば初めて聞いたかも。他の船乗りさんたちとか、客船の人達は話してなかったっけ。でも、そんなにポピュラーな噂じゃないんじゃない? もしくは、みんなその手の話題を避けてるとか。縁起悪いもんね、幽霊船とか」
「そうといえばそうかもしれないですが、どことなく。引っかかります、私」
「ちょっ、それこそ縁起でもないこと言わないでよ。人間とか魔物は何とか出来るけど、幽霊は専門外だからねあたし!」
「幽霊なんていませんよ。そんな迷信、ありえません」
「魔法だの精霊の力を借りるだの普段からすごいことやってる君がそれ言う……?」
「魔法も精霊も迷信じゃありませんからっ」
日も落ちてきたので、二人で宿屋のある町の方へ戻る。
ふと、フィーリーが勢いよく振り向いた。シザクラはビビる。彼女の視線の先、特に何の変哲もなく人々が行き交っている。
「今、何か視線のようなものを感じませんでした? じっと私たちを窺うような気配が……」
「ちょ、ちょちょちょちょっっと! やややや、やめてよほんともう! たった今幽霊いないって言ったじゃん! あんまからかってると、この道の往来で容赦なくがん泣きするからね⁉ 大人が声上げてわんわん泣くの見せつけてやるっ」
「やめてください、迷惑ですので。そういうのじゃないんですけど……気のせいでしょうか」
フィーリーは不可解そうに考えていたが、やめたらしい。シザクラは背筋がうすら寒くなり、さっそく雲行きが怪しくなってきたのを感じていた。
そしてその嫌な予感は。まあ、当たることになる。
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