第3話──4「はじめてのふれあい」


  5


「あんなところに放置しておいて良かったんでしょうか、あの人たち……」

「いいのいいの。人にはちゃんと伝えといたし、詰め所にいる騎士団の連中が何とかするでしょ」

 オークツ洞窟を抜けて。シザクラたちは近くの町へとたどり着いた。

 小さな町だが騎士団支部があるようなので、捕らえた野盗の連中は拘束したまま町の入口に置いておいた。入ってすぐのところにいた人に事情は伝えておいたからすぐ対処してくれるだろう。

 野盗たちも大グモにビビり散らかし、助けたシザクラたちにめちゃくちゃ感謝していた。もう悪事も働かないだろう。猛省してほしい。

「フィー、疲れたでしょ。一旦宿屋で休憩しよっか。ご飯とかは、また後で考えよう」

「そうですね。ありがとうございます」

 まだ夕方だが、宿屋に向かう。少しフィーリーがくたびれた様子なのは気づいていた。あれだけ連続して魔法を使ったのだ。休ませてあげたい。今回の件の功労者は間違いなく彼女だ。久々のベッドを堪能させてあげよう。

 宿屋で受付を済ませ、二階の部屋へ。個室に入ると、ふらりとフィーリーがこちらにもたれてきた。

「フィー? 大丈夫?」

「平気、です。あの、シザクラさん。少し屈んでもらえますか」

「いいけど、どうし……んっ……!?」

 せがまれてフィーリーの顔を覗き込むように屈んだら。そのまま頬を包みこまれるように両手で挟まれて、唇を塞がれた。

「ふっ、んむっ……んんっ……」

 彼女の吐息。甘く注がれる。ミルクでも味わってるみたいだ。短い舌が、シザクラの前歯をノックする。ので、口を開いて彼女の舌を招き、そのままシザクラから絡め取った。

(うぁ……っ。頭痺れそ……っ。今日のフィーの『気』、やばいな……)

 早くも彼女が発する誘淫の気配に当てられてしまう。濃厚すぎる。先ほど魔法を使いすぎたせいか。

 求めて結びつく彼女の舌。いつもより荒々しく、激しい。だからついシザクラも対抗意識を燃やしてしまう。お互いの息が乱れるほどの、口づけ。唾液が顎から滴り落ちる。

「っ……!」

 ぱくりと、口腔に突き入れたシザクラの舌を。フィーリーは薄い唇で咥え込むように挟むと唾液を啜るように音を鳴らす。この子は。どこでそんなの覚えた。……いや、あたしか。頭の奥の太い理性が、それで一本弾けるようにして切れるのを感じた。もう獣みたいに息を荒げているのは、たぶん自分だ。貪欲な彼女に、貪欲さを引きずり出された。

「……何、どしたの? 宿入ったばかりだし、まだ夕方だよ? ご飯も食べてないのに」

「わかり、ません……。あなたと早く、こうしたくて……。さっきからずっと、抑えるの、大変でした……」

 ぼうっと赤らんだ顔で、濡れたままの口元で。そんな無防備な表情を至近距離で喰らったら。また太い理性が音を立ててシザクラの中で切れる。やばい。もう彼女のキスで、もう劣情が逆立っている。マジでサキュバスの誘惑が強すぎるのか。それともシザクラが、勝手に彼女に対して昂っているだけなのか。

「あっ、ちょっ……んっ……ふっ……」

 口を拭う暇もなく、彼女から二度目のキス。少し落ち着いたのか、今度は緩やかだ。でも舌はやっぱり絡んできて、シザクラからも彼女を宥めるように撫で転がしていく。荒い呼吸、注がれる唾液。味覚が痺れそうだ。

「ん、はっ……少し、ゆったりしない? 大丈夫? フィー」

「ごめんなさい……っ。こんなドキドキするの、初めて、で……っ」

 ぎゅっとフィーリーの手が、シザクラの服の腕の部分を握る。ぎゅっと、その小さな手は強張って、微かに震えていた。

 ……ああ、そうか。シザクラは気づく。収納の魔石からハンカチを取り出すと、彼女の口を拭ってやる。

 そしてぽかんとしている彼女を、ぎゅっと抱きしめてやった。その小さな体を、自分の体温と感触で包み込むように。

「……シザクラさん?」

「……あのさ。あたし、本当はちょっと怖かったんだよね。洞窟は暗いわ狭いわ、野盗は襲ってくるわ、デカいクモは怒らせるわでてんやでさ。だから君とこうやってくっ付かせて……安心させてくれる?」

 その背中を支える腕に力を込めて、引き寄せる。大部分建前。ちょこっと本音。

 こうでもしないと、きっと彼女は力を抜けない。真面目な子なのだ。自分でも強がっていることに気づかないほど。

「……そうですね。このままこうして、いたいです」

 彼女の方からも腕を回してくれる。その頼りない小柄な感触が。シザクラを確かに安心させてくれた。

 彼女も同じような気持ちに浸っていてくれたら。結構、嬉しい。そう思う。

 同じベッドの上で。シザクラとフィーリーは、横向きに横たわり、抱きしめ合っている。

 実際、シザクラの大きな体がフィーリーをほとんど包んでしまっていたが。お互いに身を預け合っているような安心感がある。彼女は温かくて、心地良い。子供体温、などと言ったらまた怒られてしまうだろうか。ちなみに、お互い浄化の魔石で体は清めてある。

「……少しは落ち着いた?」

「……はい。シザクラさんって、温かいですね。お子様体温です」

「こら。君がそれ言うな。……でも今回、フィーは良くやったよ。いい子いい子」

「そっちも、子供扱いしないでくださいよ……」

 頭を撫でてやる。ついでに角の方も。彼女は言葉とは裏腹心地よさそうにしている。それだけ、心を許してくれているということだろうか。何となく、忍びない。こっちは彼女に色々してしまっているダメな大人ではあるので。

 ……ついでに言えば。まだ彼女のサキュバスの気に当てられて、気は昂ったままだ。でもまぁ、我慢できる。彼女がこのまま眠りたいというのなら、そうしよう。起きてからご飯だ。

「……あの、シザクラさん。少し申し上げにくいんですが」

「何? 何でも言ってよ」

「その。……お互い、服を脱いで。こうやってぎゅっと、し直しませんか」

「へ……?」

 大胆な誘いにさすがに虚を突かれたが、すぐ引っ込める。彼女は恥じらいを噛みしめるように俯いて、上目遣いにこちらを見上げていたから。今は和やかな時間だ。彼女を傷つけたくない。あと、恥じらってる顔を普通にエロいと思った自分は恥じた。

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