第3話──2「はじめての対人戦」


  3


「ねーえぇ……ほんとにこの先であってんの? 迷いなくずんずん進んでるけど」

「合ってます。空気の流れでなんとなくわかるんです。この道は枝分かれしてない一本道。そしてここから先には広い空間がありますね。たぶん、悲鳴を上げた人はそこにいます」

 水晶の間を縫うようにして、フィーリーは勇み良く進んでいく。思った以上に肝が据わっている。いや、あたしが臆しているのか。すっかり先行く彼女と、後ろで付いて行くシザクラと、立場が逆転している。ちなみに彼女の言ったことは当たっている。地図にもその道順で行けば広い空間に出ると表示されていた。一本道だ。

(しっかりしろあたし。この子の護衛だろうが……っ)

 と奮い立とうとしても、どうしてもダメだ。水晶のおかげで明るいのに。竦むとまでいかずとも、足取りが重くなる。

 道は狭く、人一人歩くのがやっとな幅。水晶もちらほら埋まってるせいで、閉塞感がある。……少々息苦しい。が、何とかごまかそうとする。

 ふと前を変わらぬペースで進むフィーリーが振り向かずに声を掛けてきた。

「あの、シザクラさん。あれだったら答えなくていいんですけど……さっきからずっとその、びびってます?」

「いや直球じゃね? びびってるっていうか……苦手なの、洞窟って。いや、それをびびってるっていうのか。本当なら今すぐにでも走って外に出たい」

 動揺のせいか、ついバカ正直に答えてしまう。やばい。こんなこと、誰にも話したことないのに。

 フィーリーが足を止めて、こちらを振り向く。てっきりにんまり顔でバカにされるかも思いきや、彼女は真剣な眼差しだった。

「そうだったんですか。そうとも知らず、ずんずん進んでしまいすみませんでした。ですが誰かの命に関わることなので、もう少し堪えられますか?」

「それはまぁ、大丈夫だけど。……意外。ここぞとばかりにバカにしてこないんだね、君」

「あなたの中の私って、そんなクソガキなんですか。……誰にだって、苦手なものや怖いものはあります。私はシチューの中のにんじんと、クモが苦手ですから」

 言って彼女はこちらを安心させるように微笑みかけると、こちらに手を差し出してくる。

「なんなら手を繋ぎますか? 迷子予防になりますし、気も少しは紛れるかも」

「……それ、いつも子供扱いする意趣返しでしょ。まあ、君がどんどん進んでって迷子にならないためにも握ってあげる」

「迷子になりません。子供じゃないので」

 ぎゅっと彼女に手を握ってもらって、狭い縦穴を進む。こっちが子供扱いされているみたいで気恥ずかしいが、思ったより繋いだ手の感触はシザクラを落ち着かせてくれた。これなら進める。やれやれだ。これで彼女のことを子供だと言えなくなった。

「ここですね」

 不意に広い空間に出た。見上げるほど天井が高く、照明の如くここにも水晶が上から灯してくれている。奥行きも幅もあり、ちょっとした広場くらいはあるだろうか。水が滴る音が反響している。少し閉塞感がなくなってシザクラはほっとした。

「いた」

 空間の一番奥。倒れている人が水晶に照らし出されていた。男性だ。さっきの悲鳴の主か。

 シザクラは呼びかける。

「あの! どうかしましたか? 意識はありますか?」

「ああ、良かった……。人が来てくれた。脇道に逸れたら、魔物と遭遇して……。何とか逃げて来られました」

 男がのっそりと上半身だけを起こしてこちらを見た。無事なようだ。

 だが、何か妙だ。魔物から必死に逃げてきたにしては、格好が妙に小綺麗すぎる。

 それに何で、あたしたちが来るまでわざとらしく寝転がってたんだ、こいつ。

「怪我はないですか。良かったです、私達が通りかかって」

 走り寄ろうとしたフィーリーを、またシザクラは腕で止めた。

「どうしたんですか、シザクラさん。あの人の介抱をしてあげないと」

「……ねぇ、フィー。他にも誰かいない?」

「えと、そうですね。周りの縦穴からもいくつか人の気配が。その人達も一緒に迷ったんじゃ」

「そういう重要なことはちゃんと言いなさいな。大丈夫、こいつら迷い込んだわけじゃない」

「へ?」

 目の前の男が立ち上がる。そして収納の魔石から、曲刀を取り出して構えた。

 それを合図としたように、シザクラたちを取り囲む男達。おそらく潜んでいたのだろう。

 野盗だ。おそらくこんな風に人気のないところに誰かを誘い込んで追い剥ぎでもしているのだろう。

「そういうわけだ。入り口に誰か通るとこっちの手元にあるのが光る遠隔の魔石があってなぁ。で、ここまで誘い込むのよ。ここなら人はよく通るし、こんな場所まで用もなく入ってくる物好きはいねぇだろ? それに冒険者ってのは色々ご入用だからなぁ。お得意様ってわけよ」

 というわけで、持ちもん全部置いていきな。倒れていた男がにたにた笑いながら言い、剣を構えていない手をこちらに差し向けてくる。こいつが頭らしい。周りの奴らもじりじりと距離を詰めてきた。

 シザクラとフィーリーは目を合わせる。それから彼を見て、同時に口を開いた。

「やだ」

「嫌です」

「はぁ⁉ お前ら状況わかってんのか? ぶっ殺して無理やり奪ってやろうか? あぁん?」

 剣で地面を叩いて、威嚇の如く鋭い音を洞内に響かせる。見てみたが、フィーリーは特に怯えた様子もなく目の前の男から視線を外さない。もちろん周りをちゃんと警戒している。……あたしはこの子を過小評価していたのかもしれない。まああたしも、こいつらのおかげで洞窟に対する不安が紛れた。

「……あなたたちこそ、状況わかってますか。こういうことは今すぐやめてください。悪いことです」

「おい、ガキ! お前バカか? お前から掻っ捌いちまうぞ! どういう立ち位置で言ってんだコラァ!」

「バカか、はお前らでしょ。わかんない? ……お前ら全員より、この子一人の方がよっぽど強いっつってんの。説教されるくらい」

「てめぇら舐めやがってぇ! 叩き斬ってやるゥッ!!」

 野盗の男たちが一斉に掛かってくる。もうこの時点でダメダメ。相手に構えさせる隙を与えない距離まで詰めないと。

「フィー、何分くらい?」

「一分くらいで。それより早くなったらすみません」

「ゆっくりでいいよ。ちょっと物足りないかも」

 シザクラは鞘ごと刀を背中から抜き、低く構える。全身の筋力を溜めるイメージ。対人戦は久々だ。腕が鳴る。

 前方。飛び掛かって来た三人。刀を振るう。その風圧だけで、三人とも後方にぶっ飛んだ。

「次ッ!」

 怯んだ後方からの一人、蹴飛ばす。もう一人。刀の鞘で殴り飛ばす。痛みが急所にはならないところを狙った。続いてもう一人、腕を掴んで背負い込むように投げ落とした。背中から落ちて「ぐあっ!」と悲鳴を上げる。

「お、親方! この女つえぇぞ!」

「びびんな! 一斉に掛かれ!」

 起き上がった男達がそれぞれ陣形を取り、回るようにシザクラの四方八方で動き回る。多勢で一気に攻めてくるつもりか。息はぴったりでさすが集団で追い剥ぎしてるだけある。

 でも遅い。フィーリーの準備が終わった。膨れ上がる魔力の圧力に、男達は気づかなかったのだろう。魔力を有した女にはわかる。凄まじい力が、彼女の小さな体に渦巻いていた。

「シザクラさん。私の傍に」

「了解!」

 本を開いたフィーリーの背中に、ぴったり背中をつける。彼女の周囲を渦巻く言葉の輪の中へ。

 ぐわん。周囲の空気が歪むような感覚。魔力が、放たれる。

「流れ、渦巻け。あるがままに」

 見開いたフィーリーの瞳が青く燃え盛る。回る文字達の輝きも増した。

 途端。シザクラたちを取り囲む男達が浮いた。突然水中に放り込まれたように。

 そのままもがく彼らは、シザクラたちの周りを回るように宙を掻き回された。水の渦にでも巻き込まれたみたいだ。すごい速さだった。

 水の魔法か。自分の周囲を水の中のような空間に変え、自由に操る。……この前までは大洪水を巻き起こしていたというのに。ここまで制御出来るようになるとは。

「おー回る回る。見てるこっちまで目がぐわんぐわんしそう」

「この辺で勘弁してあげましょうか。私も目が回りそうです」

 フィーリーが本を閉じる。言葉の輪が消え、男たちは一斉に地面に落ちた。完全に目を回している。少しは教訓になっただろうか。

「あのねぇ、お前ら。相手の力量も計れないのにこんなこすいことすんなっつの。あたしらじゃなかったら殺されてたかもよ。この子に感謝しな」

「これに懲りたら、人に貢献するようことをしてくださいね。迷惑をかけた分だけ」

 伸びているリーダー格の男の前にしゃがみこんで二人で声を掛ける。「は、はいぃ……」と弱々しい返事が聞こえてきた。こんな調子じゃ威勢だけで人を手に掛けたこともないだろう。

 もしそうだったら、多分この場で始末していた。全員。

「とりあえずこいつら拘束して運んで、騎士団の待機所に連れて行くか。近くに町があるみたいだし」

「……その前に。シザクラさん、やばいです。怒らせちゃったかも」

 言ったフィーリーが奥の暗がりを見据えながら、魔法の本を取り出した。

「怒らせた? 誰を?」

「ここの主、です。ここが広く開かれてるのは、元々住処だったんですよ。……魔物の」

 暗がりから地響きするような足音を響かせて姿を見せたのは。巨大なクモだった。複数の目が周りの水晶のように色とりどりに輝いている。それらが全部、シザクラたちを敵として捉えていた。

「……クモ、苦手なんだけどな」

 そう呟いたフィーリーの手が微かに震えているのに気づいた。

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