第2話──3「これが魔法」
5
炎が、弾ける音がした。一瞬周りが、青く照らし出される。
鞘に収めたままの刀を素振りしていたシザクラは、フィーリーの方に目をやった。
日の落ちた川辺。いつもの修行の場所。フィーリーは、召喚した本を手に目を閉じ、例の建てられた木の棒と向き合っている。
炎の魔法を放った。また周りに積まれた枝に引火してしまったようだ。
だが、一本だけだった。今日のうち。それもすぐ彼女はやり遂げるだろう。シザクラは確信する。
フィーリーはまた木の棒を立て、拾い集めた森の落ち葉を周りに積んだ。何度も、途方もなく、彼女は繰り返している。ストイックなのだ。彼女には魔法の才能があるが、それ以上に努力家でもあるらしい。
『ちゃんと前に進んでるって、シザクラさんが褒めてくれたからですよ』
そう言って柔らかく微笑んだ彼女を思い出した。役に立てたなら、何よりだ。シザクラも自らの鍛錬に戻る。彼女の修行と共に、毎日こなしている基礎の体力づくりをこなしていた。二人でやると、案外やる気になるものだ。負けてられない。
「シザクラさん! フィーリーちゃん! 魔物が! 魔物が出た!!」
村に続く道から、村人の男性が駆けつけてきた。おいでなすったか。彼に礼を言って、シザクラは汗を拭き刀を背に戻す。
「行ける?」
フィーリーを振り向いた。彼女もこちらを向いている。やや得意げに、腕に手を当て胸を反らしたポーズで。
「いつでもどうぞ」
立てられた木の枝の先だけが、煌々と青い炎で燃え滾っていた。魔力の操作に成功したみたいだ。
「じゃあ、行こう」
「あ、ちょっと! 抱えないでくださいよ! 自分で走れます!」
「お子様は抱っこの方が早いでしょ」
彼女を抱え込んで、そのまま全力で走る。
場所は男性から聞いていた。例の街道に沿った森だ。
さてと。修行の成果、見せてもらいましょうか。
6
街道沿いと言えど、鬱蒼とした木々に囲まれているので真っ暗だ。シザクラは明かりの魔石を埋め込んだライトで周りを照らしながら進む。
草むらに紛れながら捜索。そして後ろにいたフィーリーを手で止めた。ライトを消す。
「見つけた。あいつだ」
茂みから覗き込む先。微かに青く発光している、半透明のマントのようなものが浮いているように見える。
風もないのにはためくそれは、刃に錆の浮いた剣を浮かせて携えていた。
ファトムだ。亡霊のような姿だが実体はあり、物理攻撃は通る。
武器はその個体によって様々だが、こいつは剣を操るタイプらしい。自分の周辺なら浮かせて操るように武器を使うため、軌道が読みにくい。
それに、こんな僻地、それも人里近いはずの場所に出現するような魔物じゃないはずだ。こいつは強い。手練れの冒険者でも手こずり、騎士団の団員でさえ犠牲者がいるほどの。
(最近、魔物の数がやけに増えて活発になってきてるのって、本当だったのか……)
何にせよ村に入り込む前に、こいつは排除しなければならなそうだ。
「……どうしますか」
やや緊張気味に、潜めた声でフィーリーが尋ねてくる。シザクラは茂みから立ち上がり、背中の刀を鞘ごと手に構えた。
「あたしが引き付ける。で、君は魔法であいつのこと倒して」
「えっ、でも私の魔法は……」
「さっき、制御に成功してたじゃん。あいつだけ燃やすように魔法を使えばいいだけ。簡単でしょ?」
「で、でもさっきのはまぐれかも知れませんよ? もし失敗したらシザクラさんまで……」
「君を信じるよ。じゃあ、任せたからね!」
シザクラは刀を構えて飛び出していく。一直線に、ファトムの元へ。奴も気配で気づいたようだ。こちらに向けて剣先を向けてきた。
振るわれた剣。その刃を刀の鞘で受ける。硬い音が鳴り響いた。
結構速い。こんな手練れが、どうしてこんなところに現れたのか。
だが、剣に血の跡はない。こいつは人を手に掛けてない。攻撃してきたのは、シザクラが向かっていったからなのか。
かと思えば、また何か動く気配がした。シザクラは飛び退く。風を裂き斬る音。
もう一方の剣。こいつ、二刀流だ。二つ目を隠し持っていた。やっぱりこの場には不釣り合いの手練れだ、こいつは。
(あの子は……)
増幅する魔力の気配を感じている。後方にいるフィーリーが魔法の詠唱をしているのだろう。強すぎる力、激流を小川の流れまでに抑えなければならないので時間が掛かっているようだ。それでいい。こっちは持ち堪えるのみ。
シザクラは刀を振るう。ファトムは浮き上がって避け、急降下しながら剣を振り下ろした。
刀で受ける。が、相手の二つ目の剣撃。かろうじて避けたが、危うく髪を斬られるところだった。
速さが増してきている。強い。だがシザクラから決定打は出さない。
彼女に。フィーリーに任せる。そう決めたのだ。
隙を作る。彼女が魔法を放つ隙を。距離を少し離すか。
振るわれる空中剣。刀で受ける。それを狙ったかのように横から二本目の剣が薙ぎ払われる。
「……甘いッ」
二撃目は腕にはめた小手で弾いた。そのまま受けた剣も力で弾き返す。ファトムとの距離が出来た。
「フィーリー! 今……ッ」
言い切る前だった。
周辺全てが青く弾けるように光った。目が眩む。だが見えた。
ファトムとシザクラの間に出来た空間。そこが発火した。青い炎。
だがそれは雷鳴の如く、瞬時に消えてしまう。一瞬感じた熱風。頬を焦がすかと思った。炎が直撃していたらただではすまなかった。
フィーリーが放った炎の魔法。しかし、周りの木々も、シザクラもファトムも。発生源の足元の草すら、燃え燻ぶっていない。
幻のように、瞬く間に消えた炎。しかし殺傷能力は充分に持っていた。
(何て魔法の調整力……。この短期間で、あれだけの魔力をここまで操れるようになった……?)
おそらく彼女の意志が魔法に込められていた。正確すぎるほどに。
ファトムに当たらなかったのではない。彼女は敢えて外した。そして示したのだ。奴に、自分の力を。
魔力で形成された本を手にしたままのフィーリーが、目を開く。その瞳は、青く発光していた。ファトムのマントが帯びた、青く妖しいその光によく似ている。
「────」
フィーリーが口を開く。聞き取れない。声ははっきりと聴こえていた。が、言葉であるのはわかっているのに意味がすり抜けていくのだ。聴こえているのに聞こえない。妙な感覚だった。
するとぴたり。こちらとフィーリーに対して剣を揺らがせていたファトムの動きが止まる。
途端、剣が消えた。二刀とも。そしてファトムのマント自体も、発光をやめたかと思うとそのまま闇に紛れるみたいにして消え去った。
「……消えた?」
気配もない。シザクラも剣を構えた体勢を解いた。そしてすぐフィーリーに歩み寄る。
彼女の目は青い光がなくなって、元のあどけない眼差しに戻っている。
「フィーリー、平気? 今、何したの?」
「……えと。乱暴ですけど、まず魔法で脅しました。それで、話しかけたんです。『あなたはここにいるべきじゃない。元居た場所へお帰り』って。シザクラさんも、聞いてましたよね」
「何か君、言葉じゃないこと喋ってたよ。てっきり詠唱かとも思ったけど……もしかしてあれも魔法の一種? 魔物の言葉話せるとか?」
「いえ、魔法は自然にある力を精霊から借りて操るだけですから。魔物と意思疎通できる魔法なんてありません。……私、どうかしたんでしょうか」
「まあとりあえず、ファトムは。あいつはどこ行ったんだね」
「……それだけはわかります。あの子は、もうここには戻ってきません。ここは安全です。不必要な殺傷は、なるべく避けるべきです。魔物であれ、人であれ」
やけにはっきりと彼女は言い切る。それに、魔物にあの子とは。
色々不可解なことばかりだけれど、ひとまず。
「……一件落着ってことでいいか」
「そうですね。シザクラさん、ありがとうございました」
「なーに言ってんの。君の手柄だよ。もっと誇りな?」
「はい。私の手柄でした。すごかったでしょう? あんなに上手に炎を操れたのはさすが私です!」
「それは調子に乗りすぎ。でも、偉かったしすごかったよ」
とんがり帽子越しに彼女の頭を撫でてやる。「子供扱いしないでくださいっ」と言いつつも満足そうな彼女に笑みかけながら、シザクラは村への帰路を辿るのだった。
7
「めっちゃ色々貰っちゃったね。あの村、いい人達ばっかりだったなぁ」
「そうですね。お役に立てて本当に良かったです」
翌日。シザクラとフィーリーは朝、村を発った。一週間ほど過ごさせてもらっただけだが、村人たちからはすっかり気に入ってもらえたようで、旅の無事をと食料やら道具やらお守りやらしこたま譲り受けた。「もう少しいてくれてもいいのに」と言ってもらえた程の手厚い送り出しだった。しばらく、収納の魔石にしまった食料も旅の道具も困らなそうだ。
「シザクラさんが村の人達と親しく接したからこそ、信頼していただけたんですね。あなたは多分、人に好かれる人柄なんです」
「ちょっ、何急に。褒め殺さないでよびっくりしちゃう。……それならフィーリーだって、村の人の仕事もいっぱい手伝って頑張って可愛がられてたじゃない。君も、人に好かれる人柄だよ」
だからこそ、あたしも放っておけなくなった。シザクラは思う。本心からの言葉だ。
ふと、隣を歩くフィーリーが楽しげにくすくすと笑っている。
「どしたの? 赤ちゃんが玩具で喜ぶみたいな顔して」
「赤ちゃんじゃありません。……気づきませんか? シザクラさん、ようやく私のこと名前で呼んでくれるようになったんですよ。お嬢さんとか君じゃなくて、ちゃんとフィーリーって」
言われて、気づく。それで吹き出した。
(そっか。あたしはもう、この子に惹かれ始めてるんだな)
こんな感覚は少し照れくさいけれど、悪くない。懐かしかった。
「シザクラさん。あなたのこと、少しずつでいいのでこれから教えて下さい。一緒に旅する仲間ですし……その……」
「セックスももう済ませちゃったしねぇ」
「ちょ、直接的な表現は避けてくださいよ! 良くないですそういうの!」
「ははは。……じゃあフィーリーのこともさ、これから教えてね。少しずつでいいから」
――知りたいんだ。そうまっすぐ伝えると、フィーリーは照れて俯き、とんがり帽子を目深に被る。
目的地の港町アンカルトまでは、まだ少し掛かりそうだった。
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