第2話──1「魔法の使い方」


  1


「……で? そろそろ教えてくれていいんじゃない? 君、何で一人で旅してんの? 生き別れのお母さん探してるって言ってたけれど、もう片方の親は? まさか家出感覚で勝手に飛び出してきたわけじゃないよね?」

 昼の街道を進みながら。頃合いだと思って尋ねると、あからさまに隣を歩くフィーリーが目を泳がせる。

 家出というのは図星なのか。図星だな。何となく、シザクラは察する。

 渋々といった様子で、フィーリーがとんがり帽子のつばを抓みながら口を開く。

「もう片方の母親――人間だったらしいんですけれど、もう亡くなっているみたいです。サキュバスの母親も、最近まで亡くなってると教えられていたんですけれど。生きていることがわかったんです」

 そう言って彼女はマントの内側の手から手紙を取り出す。封筒にしたためられ、丁寧に保管されていた。

「これは母の手紙です。自分が死んだことにしておいて、私が大きくなったら会いに来るよう伝えて欲しいと書いてありました。私にしかわからない痕跡を残しておくので、それを辿るようにと」

「……誰あての手紙? 君ではないよね」

 当然の疑問。

「私には育ての親で、魔法の師匠がいます。彼女の机からこの手紙を見つけたんです。厳重に魔法の錠が施されてましたが、私は解錠の呪文を会得していたので」

「それ読んで、その師匠の許可も得ずに勝手に飛び出してきたわけ。とんだ家出娘だなぁ」

「家出娘ではありません。母親が生きていると知ったら、会いたくなるのは当然じゃないですか」

 ――まして私は、この体なんですから。

 少しむくれたように言って、フィーリーはとんがり帽子の縁を撫でる。ちょうど角がある部分。

 事情が読めてきた。彼女が言い渋っていた理由も、シザクラと会った翌日に一人で旅立とうとしたのも。自分を師匠の元に送り戻されるのを恐れていたのだ。

 わかりやすくシザクラの反応を窺っている彼女。シザクラは小さくため息をつき、帽子ごと彼女の頭をぐりぐりと撫でてやった。

「……ま、自分の気が済むまで行ってみな。君くらいの年頃の子が、世界を見るのは大事だしね。手がかりもあるんでしょ?」

「……止めないんですか。師匠には無断で出てきたので、一応家出ではあるんですが」

「あたしがそんなきちっとした大人に見える? ま、子守りくらいは出来るから任せてよ。それくらいはこなせるほど、ちゃんとした大人ではあるつもりだから。頼りたまえ、お子様ちゃん」

「私はお子様ちゃんではないですし、子守りも頼んでないです。あなたは護衛で雇わせていただいているんですからね。あと、きちっとした大人だとは少しも思っていませんので」

「言うじゃん。子供はそれくらい生意気じゃないとねぇ。……さてと。今どの辺だっけ」

 知りたいことはわかった。旅は続行。ひとまず彼女の気が済むまで付き合ってやろう。放っておけないし、危なっかしくて。

 シザクラは懐から魔石を取り出す。透明なそれはその上に光を映し出す。

 空中に光で描かれたのは、この周辺の地図だ。魔石がある位置。つまりシザクラたちの現在位置も点で示されている。便利な技術。これがあると、もう現在位置もわからない紙の地図には戻れない。

「目的地は確か、港町アンカルトだっけ。まだまだ先だね。この先に村があるみたいだから、色々補給してこっか。お店とか宿があるとこだといいけど」

 地図の魔石をしまう。フィーリー曰く、やや中規模の海辺の町と船がある場所。そこに次の母親の場所への痕跡があるらしい。シザクラが思い当たったのは今いる大陸の端っこ、港町アンカルトだった。

 抽象的なのは、彼女は魔法で母親が残したビジョンを見たからということだった。手紙に込められていたものだ。シザクラもそれを見せてもらったので、おそらく間違いないだろう。

「はい。よろしくお願いします。……あれ?」

 ぺこりと腰を折ったフィーリーが、上げた顔をぽかんとさせる。

 その視線を追うと、街道をふさぐようにして木々が倒れ込んでいた。嵐か何かで折れたのか。両側に根本からない切り株が見えた。

「うわっ、派手に倒れてんなぁ。馬車とかも通るだろうから、避けてこっか」

「それなら、私の魔法にお任せを! 風を操れるものが……」

「こら。この前君の魔法でえらい目に遭ったの忘れた? ここはお姉さんに任せな」

 魔力で本を召喚したフィーリーを、後ろに引っ込めさせる。そしてシザクラは、倒れた木々に向かって魔石を突きつけた。

 魔石が緑色に光り輝く。するとシザクラの背後から風が吹き付けてきた。

 そのまま倒れた木々を浮かび上がらせ、脇の方に綺麗に整列させる。ひとまずこれで馬車も人も通れそうだ。

「……むぅ。私の魔法でも、同じこと出来ました。魔石なんかに、頼らなくても」

「この前は浄化の魔法使おうとして周り一面水浸しにして、人が吹っ飛ぶくらいの強風起こして、挙げ句焚き火を起こすって言って野営道具一式燃やしかけたじゃん。君の魔法は強すぎんの」

 不満そうに頬を膨らませるフィーリーのとんがり帽子の先をちょんと抓んで笑いかけてやる。

 魔石がこの世界に普及したことで、生まれながらの才能や習得までの鍛錬も必要なく誰でも魔法が使える。

 魔石の発見から百年ほど。人類の文明は急速的に発展していった。火、水、雷の魔石。もはや人々の生活には欠かせないものだ。

 フィーリーは魔法使いとして、それがあまり面白くないのだろう。魔石の普及と共に自ら魔法を習得する者はみな物好きのカテゴリーに放り込まれた。彼女の魔法使い然とした格好も、そういう仮装だと思われてしまうくらい、魔法使いというものは衰退しているのだ。

「……だから、使いこなせるようにならないとだね。制御できない強さは、まだ君の力ではないよ。誰かを、傷つけちゃう前にね」

 真剣な声色で、彼女に言い聞かせる。フィーリーは、はっと目を見開いて頷いた。

「……わかってます。私は魔法使いです。自分の魔力くらい、使いこなしてみせます」

 はっきりとした眉毛をきりっとさせて、彼女は先に歩き出す。……大丈夫だろうかという心配と、まあ大丈夫だろうという期待。まあ、半々くらいか。少なくともあたしより、あの子の方が魔法は詳しいだろう。

 フィーリーの隣に並んで、歩く。地図の通り、小さな村が見えてきた。


  2


「……剣を持った魔物が現れる? この辺りの話ですよね?」

 物資補給のために立ち寄ったよろず屋。そこを経営している年配の女性が、買い物を終えたシザクラたちにふと話を振って来たのだ。

「そうなの。こんな辺鄙なとこでしょ? 魔物もたまに見かけるくらいで、それも警戒心が強くて襲ってくるタイプじゃないのよねぇ。でもその剣を持った魔物は、近くの森に居座ってるみたいでねぇ」

 よろず屋の女性曰く。

 この村の近くの森に、剣を持ったマントだけの姿の魔物を見かけるようになったらしい。時間帯は夜。マントが青く発光していて、さながら亡霊のようだったという。

 今のところ、人の命に関わるような被害は出ていない。

 どうやらその森に住み着き始めていて、他の場所への買い出しにも遠回りを強いられていてだいぶ不便を被っているみたいだ。

「あなたたち、旅の人でしょう? 腕が立ちそうだし、良ければ追い払ってくれないかしら。村からも報酬は出せるし、空いている小屋を好きに使ってもらっていいから」

「ふむ……」

 シザクラは考える。隣にいるフィーリーは、シザクラがどう答えるか窺っているようだ。

 というか、彼女はこの話を請け負いたがっている。そわそわと、期待に満ちた眼差しが眩しい。

 それなら。シザクラはしゃがんで、フィーリーを覗き込むように向き合う。

「よし、お嬢さん。魔法の修行と行きますか」

 にっこりと笑いかけてやると、「へ?」とフィーリーは不思議そうに首を傾げた。


  3


 村から少し離れた、川辺に来た。穏やかに流れている水音が心地いい。

 周りの森からは距離があって開かれた空間になっているし、ここなら火事も起きなさそうで誰にも迷惑はかけない。この辺りは魔物も見かけないらしいし、万が一現れたとしてもすぐに目視出来るだろう。

 鍛錬には、うってつけの場所だ。

「君の今の魔法の使い方って、たぶん滝みたいな状態だと思うんだよね。膨大な魔力を、そのまま全部ぶっ放しちゃうというか。だからこの川みたいにさ、勢いとその放出量を制限してあげないといけないわけ」

 フィーリーに説明しながら、シザクラは近くの森の地面に落ちていた枝を一か所に纏めていく。

 そしてその中心に、石で木の棒を立てる。

「周りの枝は燃やさずに、今立ってるこの棒だけ燃やせたら。修行完了ってことにしよう。君は魔法使いの……まぁ、半人前ってとこかな」

「……まぁ、半人前ですけれど。魔法の制御って、どうしたらいいんですか。いまいちイメージが掴めません」

「修業は当然、基礎からでしょ。君、魔法の師匠いるんでしょ? その人から色々教えてもらってるんじゃない? それを忠実に守ればいいんだよ。きっとあたしなんかよりずっと詳しいし」

「師匠に、教えてもらったこと……」

 シザクラはその場で目を閉じる。集中して、記憶を巡らせているみたいだ。

 それだけで、彼女の周りを漂う魔力を感じる気がする。シザクラは魔法を使えないが、女性は魔力を有しているらしいので感じ取れるのだ。正直、隣にいるとやや圧迫感を感じるほどに、今の彼女は強い魔力を放っているのだ。濁流の如く、垂れ流しの状態だ。

 そしてサキュバスの特性なのか、セックスしてシザクラの淫気を摂取すると、その魔力は更に存在感を増す。制御不能なほど強い魔力はそのせいだ。

 つまりそれを使いこなせば、彼女は半人前どころか最強の魔法使いになる。そんな予感が、シザクラの期待を煽る。

「……師匠は言ってました。魔法は、精霊から力を授かること。だから常日頃、精霊の声に耳を傾けよと。力を操るのではなく、その力に、身を委ねよと」

 言って、フィーリーは。近くの岩に腰を下ろした。目を閉じたまま、俯いてじっとしている。

 精霊の声に、耳を傾け始めたのか。その姿は祈るようなそれに、よく似ていた。

「……それならあたしも、付き合いますか」

 シザクラはフィーリーの正面の岩に腰を下ろし、同じく目を閉じる。雑念を払い、神経を集中させる修行。

 前にいるフィーリーの魔力が、早くも圧迫感を薄れさせ、不安定だった流れを抑え込んでいるように感じさせる。もうコツを掴み始めたみたいだ。これはサキュバス云々というより、本人のポテンシャルと日々の努力の賜物か。

(……あたしは。思った以上の拾いものをしちゃったのかもしれないな)

 胸のざわめきは何を意味するのか。それを振り払うように、シザクラは無に、心を集中させた。

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