ダンジョンアーティスト

ちびまるフォイ

アートの正しい使い道

「はあ……今日もダメだったなあ」


冒険者ギルドの依頼をうけて意気揚々とダンジョンへ向かった。

しかし、いつものように序盤の魔物にボコられ失敗。


ギルドに「ダメでした」と報告する家路の真っ只中。


「行ってすぐ帰ってきたら、

 それこそ役立たずだよなぁ」


まるでリストラされた人が公園で時間をつぶすかのごとく、

なんとなくダンジョンの安全地帯にとどまって時間を過ごすことに。


「暇だな……」


時間つぶしにダンジョンに落ちている小石で壁に落書きをした。

悪口を書くと後で怖いのでただの絵を描くにとどまった。


日も落ちた頃、激戦だった風のよそおいでギルドへ戻る。


「ただいま戻りました……」


「あ、おかえりなさい!」


「頑張ったんですが、敵も非常に強くって……。

 戦っているさなかにデスドラゴンが現れたりして……」


「まあ! あのダンジョンの主であるデスドラゴンが!?」


「やつが来なければ達成できたんですけどね。

 いやほんと。ああ、残念だなぁ」


落書きしながら考えた言い訳を流暢に語って聞かせた。

その翌日のこと。


ギルドへ訪れるとなにやら騒がしい。


「どうしたんですか。今日はえらく活気づいてますけど」


「実はダンジョンで面白いものが見つかったんです!」


「へえ、なにか珍しい宝石とかですか?」


「アートですよ、アート!」



「え?」



「実はダンジョンの下層で、作者不明のアートが見つかったんです。

 そのあまりの芸術性の高さに学者も絶賛で、冒険者はひとめ見ようとしてるんです!」



「ソ……ソウナンダー……」


よもや、自分の描いた落書きがそこまで過大評価されているとは思ってもみなかった。


これまでダンジョンに挑む冒険者は数あれど、

その道中に落書きをしていった人はいなかった。


その危険との隣合わせのダンジョンに「アート」という組み合わせが、

冒険者たちの心をくすぐったらしい。


「じゃ、じゃあ俺もまた依頼受けますね」


「はい! 新しいアートを見つけたらギルドに報告してください!

 アート発見料として追加報酬もご用意します!」


ギルドの依頼を受けてダンジョンへ突撃する。

目的は囚われた姫を解放するわけでも、魔物を倒すわけでもない。


「自分で描いて、自分で見つけたことにすればいいんだ」


その後もダンジョンのあらゆる場所にアートを描いて、

その一部を自分が見つけた風にギルドへと報告を続けた。


追加報酬目当てにはじめたしょうもないマッチポンプも、

気がつけば社会現象となり、冒険者がダンジョンへ競うように挑戦するようになった。


「次の新作は俺が見つけるんだ!」

「まだ未踏の階層にいけば新作がある!」

「どけ! アートは俺が見つける!」


一般人ですら武器を手に取って、アートを探しにダンジョンへ潜ろうとする状態。


「す、すごいことになってしまった……」


もし、自分がその作者だと言ったらどうなるか。


こんな冴えないザコ冒険者の落書きだとバレれば、

急速にアートとしての価値はなくなるだろう。


もう追加報酬ももらえなくなるかもしれない。

それだけは嫌だ。


危険な冒険をせず、そこそこ潜ったダンジョンで絵を描くだけのぬるま湯生活を続けたい。


「これは墓場までもっていくしかないな……」


そう心に誓ってまたダンジョンへと向かった。

すると、入り口には何人かの冒険者が立っている。


「おう兄ちゃん。あんたもダンジョンアートを探しにいくのかい?」


「え、ええ、まあ」


「そりゃよかった。なら俺らのパーティに入ってくれや」


「え゛」


それじゃ絵を描くタイミングなくなるじゃないか。


「今やダンジョンアートは多くが発見されている。

 俺たちゃまだ発見されていない新作を見つけるため、

 よりダンジョンの深層へと挑戦しようと思うんだ」


「そ、そんなに深い階層にはアートないんじゃないかなーー……」


「なんで言い切れる? とにかく戦力が必要だ。さあ、パーティに入りな」


「ひええええ」


断る言い訳も思いつかず、ダンジョン攻略ガチ勢に巻き込まれてしまった。


深層を目指すというだけあってパーティは強かった。

道中の魔物を蹴散らしてアートを探す余裕すらあるほどに。


やがて、光も届かぬダンジョンの深層へとたどり着く。


「この階層はまだ他の冒険者が来ていないエリアだ。

 まだ見つかってないアートがあるかもしれねぇ。よく探せ」


「こんな暗いんじゃアートも描けませんよ」


ぶつぶつ言いながら誰にも見えないような場所で絵を描き始めた。

これを見つけさせてさっさと帰ろうと思った。


簡単な落書き……。

もとい、見ようによってはアートに見えるソレを今見つけたような雰囲気を作って叫んだ。


「た、たいへんだーー! ここにアートがありましたよぉ~~!」


返事はない。

ただ自分の大根演技がダンジョンに響くばかり。


「あのぅ、アートありましたよーー……?」


たいまつを手に取ったときだった。

炎に照らされ、するどい2つの目がこちらを睨みつけていた。


「わ、わぁあ!?」


待っていたのは冒険者ではなく、デスドラゴンだった。

他の冒険者はもうどこにもいない。


「貴様、我が階層を踏み荒らすとはどういうつもりだ?」


「ち、ちがうんです! どうか命だけは!」


「貴様を助けることになんの価値がある?」


「あばばばば……」


もう腰が抜けて動くことなどできなかった。


ガチ勢に守ってもらいこの階層までたどり着けたが、

もともと自分ごときが勝てるような相手ではない。


ガチ勢ですが逃げ出すほどのこの強敵を前にできることなど無い。


「ああ、どうか苦しまないように一瞬で焼き尽くしてください」


「もとよりそのつもりだ」


体の前に手を合わせ、祈るようなポーズを取った。

デスドラゴンの口からは炎が漏れ始め、あたりを明るくした。


そのとき、デスドラゴンの視線は自分の後ろに注がれる。


「あ、あれは……!?」


デスドラゴンは壁に描かれていた下手くそな落書きを目にするや、

小動物のようにきびすを返して逃げていく。


「あ、あのマークは……!!

 冒険者が大量にやってくるマークじゃないか!!」


「え」


ぽかんとしている自分をよそにデスドラゴンは逃げてゆく。


「くそ! ここにも冒険者が大挙してくるとは……。

 このマークがあるような場所に居着くことなどできん!」


そういうとデスドラゴンはどこかへ去ってしまった。


しばらくすると、ダンジョンの主がいなくなったことで

ダンジョンの深層はますますたくさんの冒険者が訪れるようになった。


「見つけたぞ! 新作のアートだ!!」


ダンジョンへ訪れるアート探し冒険者は日に日に増大し、

今では深層はすっかり冒険者キャンプほどに開拓された。



そんな中、自分はというと。


いまだにダンジョンへの挑戦は続けている。



「ええい、ひかえおろう! このアートが目に入らぬか!!

 このアートが描かれたということは、ここにも冒険者がやってくるぞ!!」



「ギギ! それはまずい! みんな逃げろーー!!」



ゴブリンを散らしてから、安全なエリアで落書きを続けている。


人間にとってのアートは、魔物にとっての呪いの刻印として扱われているらしい。

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