第9話

 一日程が経ち、ゾラは騎士団一行と共に王都に戻って来た。


 さすがに、手足の痺れもなくなり、何とか立ち上がったり歩いたりできるようになった。走ったりはまだ、難しいようだが。テイラーはゾラの様子を見て、安心したように笑う。


「……ゾラ嬢、良かった。手足も動けるようになったみたいだな」


「はい、何とかゆっくりなら。歩けるようにもなりました」


「そうか、君の邸までは後少しだ。二時間もしない内に着くよ」


 テイラーが言うと、ゾラもはにかむように笑った。二人の間には和やかな雰囲気が漂う。


「そうですか、テイラー様。本当に助けていただき、ありがとうございます」


「いや、私は騎士としての職務を果たしただけだ。弟君に感謝したら良い」


「……ツェルトが」


「ああ、彼がすぐに君がいない事に気づいたんだ。そして、私に早馬で知らせてくれた。ツェルト君がいなかったら、手遅れになるところだったよ」


「そうだったんですね、本当にあの子には感謝しないと」


 ゾラは歓心しながら言った。テイラーが彼女の肩を軽く叩く。その手の大きさや温もりにホッとしたゾラだった。


 公爵邸に着き、テイラーはゾラが辻馬車を降りやすいようにと手助けしてくれる。手を差し伸べられて、自身のそれを載せた。が、足元がふらついてしまう。すぐに気づいたテイラーはゾラを縦抱きにした。いつかの時のような展開に彼女は顔を赤らめる。


「すみません」


「いや、こちらこそ悪かった。やはり、いきなり体を動かさないでいるべきだったな」


「……わたくし、自分が情けないわ」


「君はつい、昨日まで手足が痺れていたんだ。こういう類の毒は抜けるまで、時間が掛かる」


 テイラーの言葉に確かにと頷く。言葉に甘えて、身を委ねたのだった。


 邸の中に入ると、シュリと家令のスミス、弟のツェルトなどが待ち構えていた。姉のセルビアもいる。


「……姉上、無事で良かった。心配しましたよ」


「ツェルト、あなたが一番最初に気づいてくれたと聞いたの。ありがとう、おかげで無事に帰れたわ」


「はい、俺も姉上の姿を見て安心しました」


「……ゾラ、あなた。あのダレン様に連れ去られたって聞いたの。さぞや、怖かったでしょうに」


「……姉上、ご心配をおかけしました」


「あなたが無事なら、いいの。ツェルトやシュリが真っ先に気づいてくれたしね」


 姉のセルビアはにっこりと笑った。ツェルトやシュリをゾラは見る。


「二人がテイラー様に知らせてくれたの?」


 ツェルトとシュリは頷いた。やはり、この二人は頼りになる。改めて、そう思ったのだった。


 ゾラはテイラーにまた抱えられながら、自室に戻った。

 もう大丈夫だと言ったが、頑として降ろしてはくれなかった。彼はかなり心配性だと言うのが今回の件で分かる。


「ゾラ嬢、いや。ゾラ、毒が抜けるまでは安静にした方がいい」


「分かりました」


「君、もう敬語抜きでもいいぞ。私もその方が楽だしな」


「……ええ、改めて。助けてくださってありがとう、テイラー様」


「本当に礼はいいよ、だが。あのダレンには困ったものだ」


 テイラーはそう言って、ため息をつく。ゾラは居心地が悪くなる。 


「……すまない、君はまだ体調が万全ではなかったな。私はそろそろ、お暇するよ」


「うん、またね」


 ゾラが言うと、テイラーは彼女の右側の頬をするりと撫でた。驚いていると、彼の顔が間近になる。頬に温かく柔らかな感触とチュッと言うリップ音が耳に届く。


「……?!」


「……ゾラ、一応消毒だ。また、明日」


 ゾラは顔を真っ赤にさせて口をパクパクとさせる。テイラーはひらひらと手を振りながら、悠々と部屋を去って行く。しばらく、ゾラは悶々としていた。


「……やりますね、テイラー様」


 後から、シュリが呟きながら入って来た。ゾラはまた、先程の感触を思い出してしまう。


「テ、テイラー様は消毒だと言っていたわ」


「まあ、そうでしょうねえ」


「シュリ、頼むから。その生温い顔はやめて」


 シュリはコホンと咳払いして表情を改めた。


「……すみません、つい」


「まあ、いいわ」


「とりあえず、医師を呼んで来ましたから。診察を受けてくださいね」


 ゾラは頷いた。シュリはそれを見ると部屋を一旦出て、医師を迎えに行ったのだった。


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