第8話
ダレンが地下牢にて、ゾラに手を出しかけていた。
が、石畳をまたも進む足音が聞こえてくる。しかも複数だ。ダレンは舌打ちをするとゾラから離れた。
「……折角の機会だってのに、何だ?!」
「ゾラ嬢はここか?!」
ダレンが怒鳴りつける中、現れたのは。騎士服を身に纏った男性だった。ゾラが視線を巡らせると、男性は鮮やかな金の髪に淡い水色の瞳をしている。
「……テイラー様」
「……その声、ゾラ嬢か?」
「はい」
何とか、声を絞り出す。聞こえたのか、男性もといテイラーは地下牢の中へ入ろうとする。けど、ダレンが邪魔をしてきた。彼の手にはダガーナイフが握られている。
「ちっ、王都の騎士団か!面倒くさい事になったもんだぜ!!」
「私にそれを向けるとはな、いい度胸をしている」
テイラーは冷たく、ダレンを見据える。が、彼は腰に
「騎士様か何だか、知らねえが。邪魔をするな!」
「貴様、彼女に何をした?」
「はっ、答える義理はねえよ!」
ダレンはそう叫ぶと、テイラーに斬りかかった。けれど、するりとテイラーはその斬撃を躱した。そして、ダレンとの間合いを詰めてダガーナイフが握らられていた手を蹴り上げる。
ダレンの手からナイフが石床に落ちた。カツーンと音が辺りに響く。他の騎士達も加勢して、ダレンの体を三人掛かりで押さえ付けた。これだけで五分も経っていない。ゾラはただ、茫然として見守る事しかできなかった。
ダレンは騎士の一人から、手首を縄で拘束される。
「……また、俺を捕えるつもりか?!」
「あんた、前にもこのお嬢さんにちょっかいを出してたよな。ツェルトから、聞いてはいたんだ」
「なっ、あのガキか!?」
ダレンが怒りのあまり、ツェルトをガキ呼ばわりする。が、テイラーや他の騎士達はより冷たい視線を向けた。
「……ほう、以前にもゾラ嬢に手を出しかけたか。なら、赦す余地はないな」
「?!」
テイラーはツェルトがやったように、ダレンの口に布を詰め込んだ。さらに、猿ぐつわをした上で騎士の一人に目配せをする。
騎士がダレンを肩に担ぎ上げると、テイラーはゾラの側に来た。
「大丈夫か?」
「……変な薬を嗅がされて、体が動かないんです。話す事はできるのですが」
「そうか、間に合って良かった。けど、頬が腫れているな」
テイラーはゾラの左側の頬にそっと触れた。淡い光に彼女の体が包まれる。気がついたら、頬にあったはずの腫れが引いていた。しかも、痛みも熱もない。どうやら、彼が治癒魔法を使ってくれたようだ。
「ありがとうございます」
「いや、君を怖い目にあわせてしまった。本当にすまない」
ゾラが礼を述べると、テイラーは顔をしかめた。どうやら、早めに助けられなかった事を悔いているらしい。
「……テイラー様、あの」
「無理はしなくていい、ゾラ嬢」
「はあ」
「……ちょっと、失礼するよ」
テイラーはゾラの背中や膝裏に両手を差し入れる。気がついた時には横抱きにされていた。が、腕や足に力が入らない。テイラーはそれでも、落とさないように気をつけながら、地下牢から出る。
「皆、ありがとう。そろそろ、出るか」
「ああ、とりあえずは下手人を捕まえる事もできたしな」
「よし、ゾラ嬢。体の自由は利かないだろうが、ひとまずは出よう」
「はい」
ゾラが頷くと、テイラーや騎士団の面々は地下牢から階段を使って地上に出たのだった。
地上に出ると、日の光があまりに明るくて目が眩んだ。ゾラは瞼を閉じる。まだ、体が動かないが。テイラーはそんな彼女を気遣い、ゆっくりと足を進める。
「ゾラ嬢、辻馬車を停めてあるから。そちらに君を乗せるよ」
「はい、分かりました」
テイラーはそう言って、ゾラを抱えたままで本当に停めてあった辻馬車に向かう。ゾラの体に自身が着ていた外套を巻き付けた。
「まあ、今はこれで我慢してくれ」
「……お手数をおかけします」
「いや、とりあえずこれから、出発するし。私が側にいるから」
ゾラはテイラーの言葉に頷いた。本当に、しばらくして辻馬車が動き出す。テイラーはゾラの髪を軽く撫でる。
疲れが今になって出てきたのだろうか。ゾラはいつの間にか、眠ってしまっていた。
次に目を覚ますと、テイラーは側にいなかった。だが、ゾラは試しに手や足を動かしてみる。痺れは多少残っているが、何とか握ったり開いたりができた。足はまだ、動かしづらい。けど、起き上がるくらいはできた。
「……ん、ゾラ嬢。起き上がって大丈夫か?」
「テイラー様」
「いや、ちょっと野暮用で辻馬車を降りていた。すまない」
テイラーは謝りながらも、ずいと何かを差し出す。よく見ると、携帯食のようだ。
「……ビスケットとドライフルーツだ、後水を持って来た。食べれそうか?」
「はあ、ありがとうございます」
受け取ると、少しずつ食べてみる。ビスケットは甘じょっぱい感じではあるが。水で流し込む。ドライフルーツも同じようにする。時間はかかったが、完食した。
「よし、それだけ食欲があったら。大丈夫そうだな」
「まだ、足は上手く動かせなくて。回復するのには時間が掛かりそうです」
「だろうな、ここはソリティア侯爵領と王都の境目だ。後、一日もしたら、君の邸に着くはずだが」
ゾラはテイラーの言葉に驚きを隠せなかった。まさか、そんな遠くまで来ていたとは。しばらく、考え込むのだった。
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