第7話

 あれから、ゾラは四日に一度の頻度でテイラーと会うようになった。


 ダレンの一件からだと、既に一ヶ月半は経っていた。季節も真冬から、春に変わっている。三月も下旬になっていた。丁度、春咲きの薔薇やチューリップなどが満開でゾラの目を楽しませてくれる。テイラーと二人で庭園の散策をまた、していた。ふと、ゾラはあの一件について話してみようかと思う。けと、テイラーがどういう風に受けとめるかは分からない。どうしたものか。人知れず、軽くため息をついた。テイラーはそれを見て目を細めたのには気づかなかった。


 室内に戻ると、テイラーはゾラが使う客室に行こうかと誘う。特に疑わずにゾラは彼に従った。客室に入ると小さくカチリと音がする。テイラーが客室のドアの鍵を閉めたのだ。気づいたゾラは咄嗟に、ドアへと向かう。が、テイラーは素早く腕を掴んだ。阻まれた事に驚きながらもゾラは睨みつけた。


「……何のつもりですか、テイラー様」


「……ゾラ嬢、私もオスカーから話は聞いていますよ。あのソリティア公爵家のバカ息子が君の部屋に無理に、忍び込んだとね」


「え、まさか!」


「その、まさかですよ。ゾラ嬢、君が清い身が確かめさせてください」


「……な、清い身か確かめるって。あなたも結局はあのダレンと一緒なのね」


 ゾラはテイラーに感じていた淡い恋心が冷え切っていくのが分かった。同時に、失望感や怒りが湧いてくる。ゾラは気がついたら、掴まれていた腕を力いっぱい振り解いていた。先程よりも強く睨みつける。


「……テイラー様、やはりあなたとは婚約はできないわ。今すぐに帰ってください」


「それはできないな」


 テイラーがそう言いながら、ゾラに一歩近づく。すると、彼の顔の辺りにゆらゆらと靄みたいな物が揺らめいた。驚きながらも、ゾラは睨みつけるのをやめない。


「……ゾラ、俺の言う事を聞けよ。そうしたら、お前を愛人くらいには扱ってやる」


「あなた、まさか。なの?!」


 ゾラが元婚約者の名を口にしたら。靄状の物が消え去り、ダレンの顔が現れた。


「ちっ、折角の幻覚魔法が解けたか」


「……あなたがテイラー様の振りをしていたのね」


「ああ、そうだよ。あの男なら俺が細工して、他の女と一緒だ。今頃、よろしくやっているだろうな」


 ゾラは強い怒りに我を忘れそうになる。が、手を強く握り込む事でやり過ごす。ダレンは下卑た笑いを浮かべながら、ゾラとの間合いを一気に詰めた。


「大人しく言う事を聞け、そうしていれば。悪いようにはしねえよ」


「……ダレン」


 ダレンはゾラの腕を引っ張ると、肩にまるで荷物のように担ぎ上げる。ゾラはいきなりの事に足をバタつかせて、暴れた。


「な、降ろして。降ろしなさいよ!!」


「ちっ、大人しくしてろ!」


 大声で怒鳴りつけられ、ゾラはビクリと体を震わせる。ダレンは鍵を開けると、スタスタと廊下に出た。が、周りには誰もいない。


「ふん、あのアバズレはいないな。行くとするか」


 ダレンはゾラを担いだままで廊下を進んだ。途中で、ポケットからハンカチーフを取り出す。何とそれをゾラの口元に器用に当てた。


「……?!」


「なあに、ちょっと眠たくなる薬だ。明日には目が覚めるだろうよ」


 全く、信用できない言葉をダレンは口にする。ゾラはつい、ハンカチーフに染み込ませたらしい薬の匂いを鼻から吸い込んでしまう。ふっと意識が遠のく。闇に呑み込まれるのだった。


 ゾラはぴちゃんと何処かから、落ちる雫が額に当たる感覚で意識が浮上した。重たい瞼を開けるとそこは暗くて狭い地下牢らしき場所だった。何故、わたくしがこんな所に?

 疑問に思うも、すぐにこちらに来る直前の事を思い出す。そうだ、わたくしはダレンに変な薬を嗅がされて。肩に担がれて連れ去られたのだ。

 なら、ここはどこだろう。ダレンは?

 ゾラは思考を巡らせるも、体はピクリとも動かせない。やはり、あの薬のせいだろう。ギリと唇を噛み締めた。その時にカツンカツンと石畳を歩く足音が聞こえる。誰か来たらしい。唯一、動くらしい首を巡らせて足音の方向に向ける。

 蝋燭を持って現れたのはやはり、ダレンだった。


「お、目が覚めたようだな」


「……ダレン、一体どういうつもりなの?」


「はっ、お前を拐ってあのアバズレやロランドのボンクラに一泡吹かせてやりたかったのさ!まさか、あんなに上手くいくとは思わなかったが」


 ゾラはケラケラと笑うダレンに呆れ返った。ダレンはやはり、婚約破棄をしても変わっていない。


「あんた、前よりもバカになったわね」


「ふん、お前も相変わらず減らず口だな。そういう生意気な口をきけるのも今の内だ」


「みすみす、あんたなんかに気を許すわけないわ。わたくしは最初から、あんたが大嫌いだったから」


 はっきり言ってやると、ダレンは笑いの表情から怒りの表情に変わった。


「うるさい、お前が従順だったらこんな事にはならなかったんだ。ゾラ、無理矢理にでもお前をモノにしてやる。あのボンクラにも思い知らせないとな!」


「何を!」


 ダレンはポケットから鍵を取り出す。地下牢の扉の錠前に、差し込んだ。カチャカチャと音が鳴る。しばらくして、扉が開けられた。


「ゾラ、やっと手が出せる。お前が悪いんだからな」


「……あんたが変態だという事はよく分かったわ」


 また、皮肉を言ってしまう。そうしたら、左側の頬に強い衝撃とバシンと乾いた音が辺りに響く。すぐに、じんじんと頬が熱と痛みを持ち始めた。ゾラは自身が平手打ちをされたと一拍遅れて、気がつく。


「……ゾラ、その舌をどうにかしてやろうか」


「……!!」


 ゾラは殴られた衝撃から、体を竦ませた。それに気を良くしたダレンは彼女の右側の頬を軽く撫ぜた。ニヤリと笑みを浮かべるのだった。

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