第4話

 システィーナに説得されて、ゾラは何とか修道院に行くのは思い留まった。


 が、テイラー卿に会うのには消極的なのは変わらない。どうしたものかとオスカーも悩んでいるようだ。仕方ないので、ゾラはお見合いをするくらいならと持ちかけた。システィーナは待ってましたとばかりに、オスカーと話し合ってみると請け合う。とんとん拍子でテイラー卿とのお見合いの日取りと、ゾラが着るドレスなどが決まった。こうして、テイラー卿とのお見合いにゾラは臨むのだった。


 システィーナの邸に滞在するようになって、五日が過ぎた。今日はテイラー卿とのお見合いの当日だ。明け方近くに、ゾラはメイド達に起こされた。

 まず、浴室に連れて行かれ、頭からつま先まで丹念に磨かれる。


「ゾラ様、せっかくお若いのですから。目一杯磨きましょう!」


「はあ」


「かのロランド様とお見合いですよ、気合いを入れないと」


 ゾラはテイラー卿とは会った事がない。気合いと言われても、曖昧な返事しかできなかった。メイドが二人掛かりで髪や体を丁寧に洗っていく。ピカピカになったら、次は香油やクリームでマッサージだ。

 はっきり言って、あまりに心地よくてうとうとしてしまう。だが、マッサージをしてくれていたメイドの一人が肩を揺さぶってくる。


「ゾラ様、起きてください。まだ、身支度はありますからね!」


「……分かったわ」 


「では、マッサージは終わりました。さ、脱衣場を出ますよ」


 脱衣場のマッサージ用の台から降りる。ゾラは客室に戻った。


 髪をタオルで念入りに拭きながら、乾かす。その間に、部屋着を脱ぎ、コルセットなどを身に着ける。ぎゅうぎゅうに締め付けられるのはやはり、いつになっても苦手だ。我慢しながら、耐える。

 メイドの一人がゾラに似合いそうなドレスを持って来た。瞳と同じ色の淡いモスグリーンでエーラインに長袖のデザインだ。胸元は同系色のレースがあしらわれていて、チラリと見せる仕様になっている。また、襟元や袖口、裾にも控えめにフリルもついており、上品ながらに可憐な一着だ。


「こちらはいかがですか?」


「……とても、素敵ね」


「……では、こちらにしましょう」


 メイドはそう言って、ゾラにドレスを着付けてくれた。背中にはチャックと言う物があり、一人でも何とか着られると教えられる。歓心しながら、鏡台に向かった。


 最後に、お化粧や髪結いを施された。お化粧はあまり派手過ぎないように気をつけてくれたらしい。髪結いもサイドを編み込み、アップにする。小さな白いかすみ草に似せた造花を挿して、銀細工のヴァレッタで留めた。手袋を履いて、仕上げに父から譲られたペンダントや小粒の翡翠で作られたイヤリングをつける。全身鏡をメイド達が持って来た。


「さ、身支度はできましたよ」


「ありがとう」


 ゾラはお礼を述べてから、改めて鏡を見た。そこには見事に着飾った一人の貴婦人が映っている。艷やかな赤銅色の髪を結い上げ、淡い翡翠色の瞳も美しく煌めく。白い肌にモスグリーンの色が映えた。


「何だか、わたくしではないようね」


「ゾラ様は元の素材が良いですから」


 メイドに称賛されて、ゾラは気恥ずかしくなる。それでも、時間は過ぎていく。掛け時計を見たゾラは慌てて、客室を出た。


 既に、エントランスホールにはシスティーナやオスカー、見慣れぬ一人の男性がいた。ゾラは失礼にならない程度に速足で階段を降りる。慣れないハイヒールなので、非常に歩きにくいのだが。降りきってエントランスホールに着くと、いち早くシスティーナが気づいた。ふり返って、ゾラに声を掛ける。


「あ、ゾラ。身支度ができたみたいね!」


「……ええ、さっきに終わったわ」


「なら、こちらに来て。お見合い相手を紹介するわ」


 ゾラは静かにシスティーナの隣に歩み寄った。すぐ側に来ると、そこには目を見張るくらいの超がつく美男子が佇む。

 艷やかな金色の髪を短く切り揃え、淡い空色の瞳、軽く日に焼けた肌がいかにも精悍な男性だ。はっきり言って、元婚約者のダレン以上に好みかもと思う。

 

「ゾラ、こちらがオスカーの友人であなたのお見合い相手であるテイラー・ロランド卿よ。ちなみに、公爵家の嫡男なの」


「……初めまして、ゾラ・リーランドと申します」


「ああ、初めまして。ご紹介にあずかりました、私がテイラー・ロランドです」


 ゾラは丁寧にカーテシーの姿勢を取る。男性もとい、テイラーは頭を上げるように言った。


「堅苦しいのはなしにしましょう、リーランド嬢。私の事はテイラーと呼んでください」


「分かりました」


 ゾラは頭を上げて、頷いた。テイラーは気さくに微笑んだ。


「では、私もゾラ嬢と呼んでもいいですか?」


「構いませんわ」


「じゃあ、ゾラ嬢。いつまでも、こちらで立ち話も何ですから。庭園にでも行きましょう」


 ゾラは再び、頷いた。テイラーは手を差し出す。自身のそれを重ねると力強く握られた。少し、どきりとするのだった。

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