第5話

 ゾラはテイラーと二人で、公爵家の庭園を軽く散策した。


 だが、今は真冬の二月の中旬頃でかなり寒い。冷たい風も吹いているから、メイドが厚手のショールを器用に掛けてくれた。胸の前で括り、「頑張ってください」と小声で言う。ゾラは曖昧に笑うに留めたが。こうして、庭園に出たのだった。


「ゾラ嬢、寒いけど。今日はよく晴れているね」


「ええ、テイラー様は大丈夫なの?」


「私は大丈夫だよ、これでも鍛えているから」


 テイラーはにこやかに笑いながら、言った。ゾラはやはり、ダレンとは真逆の人だなと思う。明るく朗らかで気さくな性格だ。ダレンは傲慢で神経質で口煩くて。全く、好みではなかった。テイラーの場合、手を繋いではいるが、それ以上の事はしてこない。


「……テイラー様は武芸の鍛錬をしていたりするの?」


「ああ、暇があったらしているよ。と言っても、執務もあるからさ。なかなか、時間が取りにくいんだ」


「まあ、そうなのね」


 ぽつぽつと話しながら、庭園を進む。途中でガゼボを見つけた。テイラーが休憩しないかと誘ってくる。


「ゾラ嬢、ガゼボがあるから。ちょっと、寄っていかないか?」


「分かったわ」


 頷いて、ガゼボの椅子に近づく。テイラーは座る前に、自身が持つハンカチーフを椅子の上に敷いた。ゾラは不思議に思う。


「あの?」


「ゾラ嬢、座ったらいいよ」


「……ありがとう」


 ゾラは礼を述べて、そろりと腰掛けた。後でテイラーも隣に座る。

 ぴゅうと冷たい北風が吹き付け、ゾラは震え上がった。テイラーはすぐに気づいたらしい。


「ああ、寒いからね。中に入ろうか」


「……ええ」


 ゾラが立ち上がると、テイラーは再び手を繋いだ。ゆっくりと歩き出すもゾラは右足に違和感を覚える。つきりと痛みもあり、立ち止まってしまう。


「え、ゾラ嬢。どうしたんだい?」


「……その、右足が痛くて」


「何だって?」


 テイラーは素早く、ゾラの膝裏に両手を差し入れる。ぐいっと視界が上がり、足元が不安定になった。驚いたゾラはテイラーの肩に両手で捕まった。 


「悪いけど、ジッとしていてくれ。邸まで運ぶよ」


「え、テイラー様?」


 ゾラが混乱している間に、テイラーはスタスタと邸に向かう。そのまま、縦抱きの状態で連れて行かれた。


「あら、ゾラにテイラー卿。どうしたの?」


「……システィーナ嬢、ゾラ嬢が足を傷めたようなんだ。それで連れてきた」


「まあ、足を?!」


「ああ、右足が痛むらしい。すぐにメイドを呼んでくれ」


「分かったわ、念の為に医師も呼ぶわね!」


「頼む」


 テイラーが告げると、すぐにシスティーナはメイドを呼びに行ってくれた。ゾラは恥ずかしさと照れで俯く。


「あの、テイラー様。わたくし、動けるから。降ろして」


「それは聞けないな、とにかく手当てをしてからだ」


「たぶん、靴ずれだから。医師を呼ぶなんて大袈裟よ」


「大袈裟ではないよ、君が今履いている靴は慣れていないんじゃないか?」


「……それはそうだけど」


「なら、ちゃんと医師に診てもらってくれ。システィーナ嬢や私も心配だしな」


 そうまで言われては、ゾラも従わざるを得ない。仕方ないかと思うのだった。


 テイラーはゾラを客室にまで運んでくれた。しかも、ソファーに座るのも手伝う程だ。よっぽど、心配らしい。

 だが、後からやってきたシスティーナやメイド達に廊下へと出される。


「今から、ゾラの手当てをするから。出ていてちょうだい!」


「……分かった、ゾラ嬢。また後でね」


 ゾラにそう言うと、テイラーはオスカーがいる応接室に戻って行った。ゾラはそれをなんとはなしに見送った。


 その後、医師がやってきて診察をする。まず、履いていたハイヒールを脱ぎ、痛む方の足を見せた。


「……ふむ、確かに靴ずれができていますね。出血もしている。これは見るからに痛そうです」


「先生、気をつけるべき事はありますか?」


「そうですね、まず水につけないようにしてください。後は、私も傷が治るまでは来ますから。その間はむやみに、歩き過ぎないように。この二つを気をつけて頂けたら、いいですよ」


「分かりました」


「では、軟膏と化膿止め、痛み止めを処方しておきますね。まあ、全治十日もしたら治ります」


 医師は説明すると、カバンから軟膏入りの小さな容器や薬が入った紙袋を出した。システィーナが代わりに受け取る。


「……では、診察は終わりです」


「ありがとうございました」


 ゾラが言うと、医師は「お大事に」と答えた。診察が終わったので医師は客室から出る。メイドが付き添っていく。システィーナと二人で見送った。


 

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