第3話

 翌日、ゾラは自邸に友人のシスティーナを招いた。


 手紙を侯爵と相談しあった後、すぐに出したからだが。システィーナからは返事が二時間としない内に届いた。それには、「わかったわ、明日の早い内にそちらに行きます」とあった。ゾラはさすがにシスティーナの対応の早さに歓心したのだった。


 応接室にて、ゾラはシスティーナに二日前の夜に起こった事を話して聞かせる。最初は少し驚く程だったが。次第に、システィーナは険しい表情に変わっていく。話し終える頃には、眉間を指で揉む程に怒りの形相に変わっていた。


「……ゾラ、あのアホにそんな事をされていたのね。前から、おつむが悪いとは思っていたけど」


「まあまあ、システィ。わたくしはこの通り、無事よ」


「それで、あんたはこれからどうするの?」


「わたくしはこのまま、修道院に行くわ。父上にも伝えておいたしね」


「な、あのアホを見返そうとは思わないわけ?!」


「まあ、見返したい気持ちはあるわよ。けど、色恋事には距離を置きたくてね」


 ゾラがはっきり言うと、システィーナは大きなため息をついた。


「……ゾラ、あんたね。昔から、消極的ではあったけど。だからってあのアホばかりが幸せになるのを指くわえて、見てるつもりなの」


「そんなつもりはないけど」


「だったら、私がアホを見返してやるわ。いわゆるザマァってやつね」


 ゾラはザマァという言葉が今ひとつ分からないが。それには触れずに、問い返した。


「どうやって見返すつもりなの?」


「……ふふ、私に考えがあるの。ゾラ、まずね。私の婚約者とその親友の方を紹介するわ。今から、我が家に来てちょうだいな」


「え?」


 システィーナはニヤッと笑って、ソファーから立ち上がる。ゾラの方まで来て、右手を掴んだ。


「さ、行くわよ!」


「ちょ、システィ?!」


 システィーナはゾラを引っ張りながら、応接室を出た。家令のスミスが追いかけようとしたが、システィーナは大きな声で言った。


「スミス、ちょっとゾラを家に連れて行くわ!侯爵閣下や奥様には、いいように伝えてね!!」


「……はあ、分かりました」


 スミスが見送る中、システィーナは玄関前まで来る。ゾラを馬車に押し込んで、自邸に帰ったのだった。


 システィーナの邸、タニア公爵家のシティハウスに到着した。ゾラは御者に助けられながら、システィーナの次に降りる。玄関前には公爵家の家令やメイドが出迎えのために出てきていた。


「……システィーナお嬢様、お帰りなさいませ。あの、何故にリーランド様がいらしているのですか?」


「私が連れてきたのよ、ちょっとゾラにはこちらにしばらくいてもらうから」


「はあ、分かりました。リーランド様には客室にご案内しても?」


「そうして、後ね。オスカーは来ているの?」


「はい、いらしていますが」


 家令が答えると、システィーナはゾラを振り返る。


「さ、オスカーに会いに行くわよ。友人のテイラー卿にも来てもらわないとね!」


「シ、システィ?!」


 システィーナはまたも、ゾラを室内に引っ張っていく。家令やメイド達も追いかけたのだった。


 応接室にたどり着くと、家令がドアをノックする。中から、返答があり開けてくれた。システィーナはゾラと二人で入る。

 向かい側のソファーには黒髪を短く切り揃えて、淡い琥珀色の瞳の穏やかそうな男性が腰掛けていた。顔立ちは地味ながらも、割とよく見たら整っている。


「……ゾラ、こちらが私の婚約者のオスカーよ。これでも、レギアス侯爵家の次男だけどね」


「そうなの、あの。初めまして、ゾラ・リーランドと申します」


「……ああ、初めまして。リーランド嬢、俺がオスカー・レギアスです。いつも、ティナからあなたの話は聞いていますよ」


 オスカーは雰囲気を裏切らない穏やかな笑みを浮かべながら、挨拶をしてくれた。システィーナはゾラから離れて、彼の側に行く。


「オスカー、あなたに折り入って頼みたい事があるの。こちらのゾラにテイラー・ロランド卿を紹介したいんだけど、いいかしら?」


「……え、あいつを?!」


「うん、ゾラの婚約者の事はあなたも知っているでしょう」


「ああ、あのダレン・ソリティア卿か。彼はあまり、いい噂を聞かないな」


「実はね、ゾラは数日前にそのダレン卿と婚約破棄したばかりなのよ。早めに他の誰かと婚約しておかないと、まずいというか」


 システィーナが簡単に説明すると、オスカーは考え込んだ。テイラーという男性を紹介するか否か、決めようとしているらしい。


「……ふむ、まあ。事情は大まかには掴めたけど、リーランド嬢はそれでいいんですか?」


「はあ、わたくしは。本当は修道院に行きたかったのですけど」


「え、修道院に?」


「はい、傷物になりましたし。もう、色恋事からは距離を取りたいのです」


「……ティナ、あまり強引にしても駄目なんじゃないか。リーランド嬢はその気がないみたいだぞ」


 オスカーが言うと、システィーナはムッと顔をしかめた。


「私はゾラにも幸せになってもらいたいのよ、修道院なんか以ての外だわ」


「まあまあ、リーランド嬢が望んでいないんなら。ゴリ押しは良くないと思うが」


「……ゾラ、あんたね。そんな消極的でどうすんのよ。もうちょっと、やる気を出したらどうなの」


「ティナ、さすがに言い過ぎだ」


 オスカーは真面目な顔で注意をした。それを見たシスティーナは口をつぐむ。ゾラはどうしたものやらと、天を仰いだ。


 

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