3分20秒小説『説得』
「俺はウンコしか描かん」
「それは分かっている」
「じゃあ帰れ」
「頼む、俺の話を聞いてくれ!」
「散々聞いた。もう十分だ。なんと言われようと俺は変わらん」
「何故だ?どうしてお前、こんなことになっちまったんだ?美術学校に在学中のお前は違った。”佐伯祐三の再来”と称された天才画家であるお前が、どうしてそんな画材ばかりを描くようになっちまったんだ!」
「画材なんてい方はよせ!ちゃんとウンコと言え!俺がウンコを描く理由?アリクイが蟻を食うのと同じ理由だ。登山家が山に登るのと同じ理由だ。それ以外に説明のしようがない。帰らないのなら俺の作品を観ていけ。これは先月、道成寺公園のベンチの脇に落ちていたウンコだ。白化して被毛が飛び出ているだろう?どうだこの質感。物体の質感は”透明度”と”拡散反射率”によって決まるのだ。歳を取ると理屈っぽくなってしまうな。でもこういった分析的なアプローチが俺の性に合っているようだ。よく観てくれ。一見しただけでこのウンコが乾ききって軽くスカスカなのが手に取るように分かるだろう。最近はこういった白化したウンコを題材にすることが多くて――」
「いや、作品の説明はいい」
「そう言うな。白化したのは嫌いか?俺は今”白の時代”の真っただ中なんだけどな……そういえばさっき”佐伯祐三の再来”と言ってくれたな。そういった作品もある。初期の作品だがな。観ろ!ヴラマンク的なリアルな質感とユトリロ的な寂寥感。大川の土手を散歩中のチワワが捻り出したばかりのウンコをすぐさまスケッチしたんだ。夕映えに鮮明となった輪郭、濡れた感じ、生命感、照り、温もり、分かるか?質感だけじゃない。俺は絵によって”臭い”までも伝えることを目指しているんだ」
「分かるよ!十分に伝わってくる!凄い!お前の技術は素晴らしい!世界的に評価されるべきだと俺は思っている。だがそんなものを画材にしている限り、永遠にお前が画家として評価される日は来ない!断言する!没後に評価が上がるなんてことも決してない!宝の持ち腐れだ。頼む!肖像画や風景画を描いてくれ。観たいんだ!お前が描いたウンコ以外の絵を!」
「お前は俺に蟻以外の物を食えと言うのか?ビルの階段を登って、登山家を名乗れと言うのか?」
「その辺の認識がもう違い過ぎて俺はなんと言ったらいいのか――」
「何も言わなくていい。評価なんてされなくていい。俺は自分の描きたいものを描く。ただそれだけだ。分かってくれ」
「……」
「もし仮に俺が肖像画を描いたら?きっとそれはウンコになってしまう。風景画を描いたら?それもまたウンコ。もはや俺はウンコしか描かないのではなく、何を描いてもウンコになってしまう境地に至っているのだ」
「そうか……仕方が無い。断腸の思いだが、そこまで言われたら諦めるしかないな。最後に一つだけお願いがあるんだが」
「何だ?」
「俺の肖像画描いてくれないか?」
「さっきも言っただろ?俺はウンコしか――」
「分かっている。そう言うと思って持ってきた。今朝俺がしたウンコだ。これを描いてくれ。俺はそれを自分の肖像画だと思うことにする」
「俺は人糞は描かん」
「な?!」
「お前の飼っている犬がウンコをしたら連絡しろ。描いてやる。お前はそれを、自分の肖像画だと思え」
「……難しいけど、そうするよ。また連絡する」
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