3分40秒小説『瞼の無いテディベアか?』

 20年くらい生きてきたと思うが、よく分からない。リクライニングを倒すと、ヘッドレストと一緒に床に落ちてゆく頭部、静物のように首の上に据えてネカフェ、窓は無いが、そろそろ夜が明ける。日の出が絶望となる人種が常に一定数居る。今のぼくがそうだ。財布を落としたわけじゃない。ただお金が入っていないだけ。油でつやつやしたプラスチックの容器、パスタの残像。入口に向かう。誰に咎められることもなく外に出た。朝が拳を振り上げ、ぼくを殴る仕草をしている。怯えながら、歩く。吐く息が白い。その後に続いて、歩く。コンビニの灯りが見えた。そこに何某かの記憶がある。おでんが食べたい。入る。店内には、誰も居ない。仕方が無いので、クリームパンと暖かい缶コーヒーを掴んで、外に出る。店員は居たのだろうか?分からない。居てもぼくを見ることができなかったのかもしれない。朝はもう居ない。代わりに、灰色が居る。ぼくは歩く。街を引きずって、それを足枷のように、引きずって。公園に着いた。首輪が散歩をしている。右手を引きずって、首輪が散歩をしている。缶コーヒーを包む手が、笑う。たぶん最高の笑顔だ。ビニールを破って、パンを摘み出す。甘い香り、缶コーヒーのプルトップを引き上げる、苦い香り。香りだけ肺に詰め込み、残りはベンチに置いて、立ち去る。街路樹が話しかけてくる気配。色彩を得ようとしている。神に禁じられているとも知らずに。光はあっても色はもうないんだ。知らないアパートの階段を昇っている。3階を過ぎようとしたら、紺色の扉が開いた。革靴が出て来て、ぼくの横を通って階段を登ってゆく、ぼくも登る。革靴は、屋上へ続く扉の前で足踏みしている。ぼくが扉を開けると、スキップして屋上に飛び出し、そして建物の縁で大きく跳ねて、視界から消えた。ぼくのスニーカーがそれを真似しようとしている。仕方がないと思った。ぼくはスニーカーの上にのっかっているだけだ。「でもスキップは止めてくれ、みっともないから」スニーカーが笑った。初めて心が通じた(気がした)そして建物の縁に立った瞬間――。


「目が覚めたんだ。怖い夢だったよ」

 ベッドに座り、話しかける。隣に灰色の塊、目鼻が付いた灰色の塊が座っている。これは何だろう?いや、誰だろう?もやもやとした灰色の存在。ぼくのベッドの隣に座っている。【これは怖い現実だ】夢に戻りたい。でもこの灰色のもやもやがきっと、それを許してはくれないだろう。もやもやが形を変えてゆく。嗚呼、きっとこれは誰かだ。そしてこれが誰なのか分かった瞬間に、僕は絶望をするのだ。死に迫る程強い、絶望をするのだ。すべての出来事は一枚絵のように、場面を変えることもなく、時を変化させることも無く、そして、そこにぼくは描かれている。悲しいけれど、しっかりと描かれている。輪郭なんてぼくは望んでいないんだ。


「そう自覚した途端、目が覚めたんだ」

 ベッドに座り、話しかける。隣に額縁の無いモナリザが居る。殺意の籠った笑顔。


「そこで目が覚めたんだ」

 公園のベンチに寝ころんでいる。ぼくの顔を覗き込んでいる女性器の着ぐるみ。こんな淫猥なものが、ゆるキャラ化されて良いのだろうか?


「疑問符を浮かべた途端、目が覚めたんだ」

 ネカフェのリクライニング、ヘッドレストから頭が落ちた。


「もう目を覚まさないことにするよ」

 瞼を閉じたまま、話しかける。どうせ隣には、灰色のもやもやが居る。次はなんだ?金棒を持った鬼か?それとも鹿の脚を持つ象か?延々と覚めない夢を見せ、ぼくを擬人化して、いつまでも作中に留め続ける、瞼の無いテディベアか?

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