3分40秒小説『ソーシャル竹輪』
人前では常に竹輪を額に結び付けておくことがルールとされてから早三年が経とうとしている。ルールである。法律では無い。でもこのルールってやつは、時に法律よりも強制力がある。特にこの国では。
かちゃかちゃタイピングの音、事務所で新人の女の子がキーボードに指をぶつけている。彼女の額にはピンク色の竹輪、竹輪を締めるためのいわゆる竹輪紐も竹輪に合わせてピンク色だ。最近の子おしゃれだな。竹輪の角度もちょっと斜めにして。最初は戸惑ったけど、最近では竹輪を付けている女性が普通になってしまって、女性を見る基準として、”竹輪が似合うかどうか”が標準規格になりつつある。
隣の席、同僚の田辺の竹輪が臭い。田辺は竹輪に無頓着過ぎる。
「田辺、お前その竹輪3日くらい変えてないんじゃないか?」
「あ?」
「ちょっと臭うぞ」
「いや、変えてないけど洗ってるからいいだろ」
「ちゃんと専用の竹輪液で洗ってるか?」
「しつこいなお前、それ以上ぐだぐだ言ってると竹ハラになるぞ」
俺は仕方なく黙る。
「原田君」
「あ、課長」
「例の件、その後どうだね?」
「はい、順調に進んでおります」
「ふむ、ちょっと中間報告出してくれ、サマリーでいいから」
「はい、では今日中に」
課長の額に目が行く。課長の竹輪、今日も目立ってるなぁ。ブランド物はやっぱり違う。課長ともなると、まぁスーパーで売ってるような竹輪じゃあ世間体というか、外聞が悪いのだろう。まぁ、課長の毎月の竹輪手当、10万を超すらしいし、やっぱそれ相応の竹輪をしていないとな。
「原田君」
「あ、柏木先輩、お疲れ様です」
「ちょっとコーヒー付き合って」
「はい」
キリのいいとこまで文章を打って、先輩の後に続く。
「奢るわ。って言っても自販機のだけどいい?」
「ありがとうございます」
「ホット?アイス?」
「そうっすねー」
「今日、ちょっと暑いかな?」
「じゃあアイスで」
「ふふ、無理に合わせなくていいのよ」
「いえ、アイスがいいです」
「そう?」
先輩の指が、コインを入れる動きに見とれる。指がキレイな女性は素敵だな。まるで竹輪みたいだ。
「ちょっと、踊り場いこうか?」
「え?クラブですか?」
「バカ!階段の踊り場」
「びっくりした」
「こっちの台詞よ」
人気のない非常階段の踊り場。ビルとビルの隙間、先輩に教えてもらった隠れ家。
「これ、あげる」
「え?何ですかこれ?」
「誕プレ」
「あ、ありがとうございます」
「開けていいですか?」
「いいわよ」
「……こ、これ?」
「どう?気に入ってくれた?」
「最高です。こんな高そうな竹輪ケース、いいんですか?もらっちゃって」
「当然よ。いつも仕事頑張ってるから、ご褒美」
先輩……
先輩……好きっス!
この場で告っちゃいたいなぁ。でもこんないい竹輪ケース、同僚の誰ももらってないよな?ひょっとして先輩も俺のこと?そういえば最近、先輩が俺の竹輪を見る目がなんだかちょっと”熱っぽい”っていうか”しっとりしている”っていうか――考えすぎか?
「次の休みいつ?」
「明日っす」
「じゃあ、そのケースに合う竹輪、一緒に買いに行く?」
「え?いいんですかそんな……デートみたいな」
「ふふ、”みたいな”は余計かもね」
「え?」
「はいはい、仕事に戻る。駆け足」
「あ、はい」
先輩のベージュ色の竹輪を横目に俺は、自分の竹輪に軽く触れた。
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