3分10秒小説『あだな』
「待って!セーシ」
「え?なんでここに?」
「酷いじゃない黙って行くなんて」
「……」
「行かないで」
「もう決めたんだ。俺は自分の夢を追う。東京に行って、自分の夢を叶えてみせる。だから、黙って見送ってくれ」
「酷いよそんな……自分勝手だよ。私は?私のことはどうでもいいの?」
「……」
「何とか言ってよ!」
「本当に済まないと思っている。でも嫌なんだもう、この町にいるのは!」
「なんで?」
「分かるだろ?」
「分かんないよ!教えてよ」
「……仇名」
「え?」
「仇名だよ」
「仇名?」
「そう、仇名だ。覚えてるだろ?中学の保険の授業、テストの答え合わせをしていた時、俺は先生に当てられ答えた。というか空欄に埋められた文字を読まされただけなんだ『”精子”です』って。それ以来、俺の仇名は”セーシ”、高校に行ってもセーシ、初めて会った女の子にも、セーシ君って呼ばれ、友達の家に遊びに行っても、向こうの親から、セーシ君って呼ばれ、先生からもセーシって呼ばれ……嫌なんだ、この町のノリが!」
「ノリ?」
「そう、ノリだ!しつこすぎる。いつまで中1の時の仇名を引きずるんだ?このままじゃあ、大学に行っても、就職しても、ずっと俺はセーシ、セーシのままだ。そんなの耐えられない」
「そう……それが理由なのね」
「ああ、お前だってそうじゃないか?…お前だって他の皆と同じように、心の中でバカにしてんだろ?俺のこと」
「違う!違うわ!」
「何が違うんだよ?」
「私は……私は皆とは違う。私は、本当に貴方のこと、愛してるし、尊敬している」
「嘘だ」
「嘘じゃない!私貴方のすべて、全身で受け止めるから」
「やめろやめろ!『セーシを全身に受けたい』ってか?」
「……私そんなこと言ってない」
「いや、お前もやっぱり地元のノリに染まっている!」
「寧ろ貴方じゃない。地元のノリに染まってるのは。被害妄想で何言われてそういう風に聞こえちゃうのよ貴方は」
「そうだ!そうだよ。だからこの町を出ていくんだ。」
「じゃあ悪いのは貴方じゃないの!」
「そうかもな。だとしても決意は変わらない。所詮俺なんて、1億2000分の1の存在に過ぎない。だけどきっと、何かの種なんだ。俺の夢、東京で咲かせてみせる!」
「……」
「何だ?」
「いや、その言い方、なんかその数とかもだし、なんか――」
「違う!止めろ!お前らのノリに俺を巻き込むな!」
「そう、分かったわ。これだけ言ってもダメなのね」
「ああ、分かってくれ」
「じゃあもういいわ。私一人で、この子を育てていくから。さようなら」
「え?!」
「さようなら」
「待てよランシ!俺の子が、お前のお腹の中に」
「……ええ」
「あの1回だけだよな……あの夜に?」
「……ええ」
「そっか……」
「行って、飛行機の時間、間に合わなくなるよ」
俺は黙ってランシを抱きしめ――
「俺は、セーシだ」
空港に響くアナウンス。ランシの涙が俺の頬に渡ってきた。
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