3分0秒小説『無能の証明』

 天国の入り口で天使が問いかける。


「では次、お前は生前何をしていた?職業は?」

「はい、私はソプラノ歌手でした」

「証明できるか?」

「はい、ではここで歌いましょう」

 男は胸の前で手を組み、見事なソプラノでカンツォーネを歌った。

「うむ、確かに歌手のようだな、通れ。次、お前は生前何をやっていた?」

「はい、私はボクサーでした」

「証明してみろ」

 男は軽妙なフットワークで小刻みに揺れながら、素早くジャブそしてストレートを矢継ぎ早に繰り出してみせた。

「凄いな。確かにボクサーに違いないだろう。通れ。次、お前は生前何をしていた?」

「はい、私は政治家でした」

「証明できるか?」

「はい、では」

 男は大仰な身振り手振りで、演説を始めた。天使の表情が曇る。

「そんな演説、誰にでも出来るじゃないか。それでは証明にならん。職業が確認できない場合は、即座に地獄行きと決まっている。お前は地獄行きだ」

「ちょ、ちょっと待ってください!本当に私は政治家だったのです」

「ふうむ。ま、確かに政治家であったことを証明しろと言われても難しいかもしれんな。では救済措置を与えよう。今から何でもいいから一芸を披露しろ。それがある程度の出来栄えであったなら、ここを通してやろうではないか。どうだ?何か一芸はあるか?」

「はい、あります。私、生前は多くの著名人を邸宅に招いて自慢の歌を披露していました。私が歌い終わるともうまさに万雷の拍手拍手、歌に関してはプロ顔負けです」

「そうか」

「はい、あの世界的に有名なオペラ歌手のルチアーノ氏も私の歌を聴いて、『貴方は政治家ではなく歌手を志すべきだった』ともう諸手を挙げて絶賛して――」

「分かったから早く歌え」

「ん、んん、ごほん。では――」


 男はぐりんぐりんと上体を振り回し熱唱、時に目を細め、時に刮目し、歌い終わりには恍惚の表情を浮かべ、天使を見つめ締めくくる。


「どうです?」

「酷い歌声だ。聞くに堪えん。よくそれで、『プロ顔負け』などと言えたものだな」

「う、お気に召しませんか。んー、人間界とは審美眼が違うのですかねぇ。では踊りはどうです?私、生前は多くの著名人を邸宅に招いて自慢の踊りを披露していたものです。私が踊り終わるともうまさに万雷の拍手拍手――」

「分かった分かった」

「あの世界的に有名なバレエダンサーのアレクセイ氏が、『貴方は政治家ではなくダンサーに――」

「分かったから早く見せてみろ」

「んー、では」


 男は腹を捩らせて、腰をぶんぶん振り回しながらあっちへ走っては飛び上がり。こっちへ戻ってはまた飛び上がりを繰り返す。

 天使が顔を顰める。

「酷いな。よくそれを踊りだと言えるな……お前、言うことだけは立派だが、まったく何もできないではないか」


ため息を吐いて。

「政治家に間違いなかろう。通れ」

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