第二章 姫に頼まれ、魔剣を作る

第9話 卒業

 魔法学校の卒業式が、行われた。

 体育館に、教員と卒業生全員が集まっている。


「ねえ、レベッカちゃん。みんな、結構いい感じの魔剣を所持しているね」


 わたしは、レベッカちゃんと脳内会話を行う。失礼ながら、クラスメイトたちの魔剣を吟味する。


 レイピアタイプの魔剣もあれば、斧タイプの魔剣もあった。仕込み杖なんてのも。全員、髪留めや万年筆サイズに、装備を圧縮していた。


 今の時代、町中で無意味に武器をジャラジャラと持ち歩いていると、役場の騎士に職質される。そのたび、いちいち冒険者カードを見せなければならない。


 魔王がいなくなったのはいいが、面倒な時代になったものだ。


『ほとんど、魔力を帯びただけの無銘だね。アタシ様より脅威になる魔剣は、いないみたいだね』


 たしかに、レベッカちゃんのような純正の魔剣とは違う。


「でもみんな、がんばったんだね」


『あんたは、お優しいねぇ』


 それは、よく言われる。


『けど、その優しさがあったから、あんたはアタシ様を見捨てなかったんだろうよ。アタシ様が強くなったのも、あんたのおかげだからね。感謝しているよ』


「えへへ」


 伝説の聖剣を引っこ抜いたクリスさん以外、全員魔剣ゲットに成功したみたい。


 まあ歴代で、この学園は落第者なんて出したことはないし。


 レベッカちゃんは、堂々としたものだ。なんといっても、魔剣レーヴァテインだしね。レベッカちゃんは。


 最後に、冒険者の許可証をもらって、お開きとなる……はずだった。


「しまった」


 魔剣のお披露目、すっかり忘れてたじゃん。


 そりゃあ魔剣を取ってきたんだから、手に入れた魔剣を見せるって儀式があっても不思議ではないよね。


「どうしよう? 架空の魔剣なんて、この世界には存在しないよ。パチモンだって、バカにされちゃわない?」


『そんときは、そんときさ。いざとなったら、手頃な相手と決闘して、魔剣レーヴァテインの恐ろしさをわからせりゃいいのさね』


 物騒だよ、レベッカちゃんは。そんな過激なことなんてやったら、せっかくの卒業を取り消しにされちゃう。


「キャラメ・Fフランベ・ルージュ殿。魔剣を、ここへ」


 しんがりに、わたしの番が来た。


「遠慮しないで」


 校長と教頭から促され、わたしはレベッカちゃんを元のサイズに戻す。


 ド派手に、レベッカちゃんはドン! と炎を巻き上げる。直後、美しいオレンジ色の刀身が目の前に現れた。黒い炎と、橙色のコントラストが、実にすばらしい。


「は、はい。いくよ、レベッカちゃん!」


 オレンジ色に輝く刀身を見て、式の会場がザワつく。


「あんなデカい剣を軽々と!」


「平民の取って来た魔剣が、一番立派だと!?」


「でも、なんかデザインがカワイイ!」


 学校じゅうから、驚きと憧れの眼差しを向けられた。


 実は昨日、卒業式を控えたこともあって、ちょっと柄の方をいじってみたのである。

 握り込みの気になる点や、無骨なデザイン性などを見直したのだ。

 ああでもないこうでもないと考えていたせいで、二時間くらいしか寝ていない。


 教頭先生から緊張を解きほぐす永続魔法をもらっていなかったら、わたしは経っていることすらできなかっただろう。その場でうずくまり、保健室あたりに連れて行かれるんだ。


「して、キャラメ・Fフランベ・ルージュ。その剣の名は?」


「この子は、【レーヴァテイン】のレベッカちゃんです」


 レベッカちゃんはしゃべろうとした。


 だが、しゃべる魔剣は珍しい。口を挟ませないほうがいいだろう。ここにきて変な誤解を、招きたくない。


「レーヴァテインですって!?」


 教頭先生が、クリスさんと同じリアクションをした。


 まるで親子みたいだな、あの二人。


「しかし、レーヴァテインなど、この世界で確認はされておりませんぞ。いったい、どう判断すれば」


「おとぎ話に出てくる、剣じゃないですか! デタラメだ!」


 教師陣が、ざわついている。

 レーヴァテインが顕現してヤッホーって人もいれば、あれは贋作の魔剣だと頑として認めない派閥も。


「仮に本物のレーヴァテインだとしても、平民の娘ですぞ! うちの学生とはいえ、そんな少女が、危険極まる剣を取ってこられるはずがない! ただちに回収すべきです!」


 一際偉そうな貴族風の教師が、レベッカちゃんの存在を断固否定する。うわあ、わたしからレベッカちゃんを取り上げる話まで出ているよお。


 さらに、生徒たちの私語が多くなっていった。


「お静かに!」


 教頭が、手をパンパンと叩く。


 卒業式の会場が、一気に緊迫感を増した。


「これはレプリカながら、正真正銘の魔剣に違いありません」


 教頭先生が、とまどう教師陣を説得する。


「この子は、錬金術師です。その気になれば、魔剣を錬成することも可能です。結果的に、絵本に出てくる魔剣を作ったに過ぎないなら、それでいいでしょう」


「だったらこの生徒の魔剣は、贋作ということではありませぬか!」


 さっきの偉そうな貴族先生が、なおも食い下がった。


 もーお。なんなん? そんなに平民が魔法科学校を卒業するのに、納得がいかんのか? いかんのだろうなぁ。


「それでも、ベースとなったのは魔剣に他なりません。この魔剣から、なんらかの特殊効果を確認しました。校長もどうぞ」


 手持ちのモノクルを、教頭が校長に差し出す。


「ふむ。たしかにベースは魔剣ですな。それも、かなりレアリティは低いようだ」


「でしょ? なら、魔剣を取ってきたこと自体は、事実なわけです。レーヴァテインを『自称』したところで、さしたる脅威にはならないかと」


 教頭は、助け舟を出してくれているみたいだ。


 意固地になってレーヴァテインを本物だと主張したら、実験道具にされる。


 かといってレベッカちゃんがニセモノだとしたら、わたしは卒業できない。


「魔剣であることは本物だが、レーヴァテインはあくまで自称」と、教頭は折衷案を出してくれたようだ。


「フン。たしかに、まがい物ではないようですな」


 わたしを認めようとしなかった貴族先生も、モノクルでレベッカちゃんを確認した後にため息をつく。


「ではキャラメルージュ殿、ご卒業おめでとう」


 パチパチパチ、とわたしは生徒たちに歓迎されて席に戻った。





 さて、帰り支度をするか。


 わたしは、荷物を整理する。


「お世話になりました」


 錬成術の先生に、あいさつをした。


「それと今日一日、こちらを使わせていただきたいのですが」


「好きなだけ、使いなさいな」


 先生である老魔女さまが、快く承諾してくれる。


 よし、装備品を作ろう。たっぷりと、錬成するぞー。


『夕方に始まる、ダンスのドレス作りかい?』


 レベッカちゃんからの質問に、わたしは首を振った。


「あれは、貴族様の式典だから」


 卒業式典のパーティなんて、わたしのような平民が立ち入っていい場所ではない。窮屈すぎて、息が詰まりそう。


 今、わたしが作っているのは、冒険者用のジャケットだ。


「錬成!」


 掛け声とともに、鉄のヨロイとファイアリザードの皮を融合させる。


 ファイアリザードの皮を使って、赤紫のジャケットを仕上げてみた。


「制服の色と近くて、いい感じじゃない?」


『たしかに、いいねえ。身体のラインも出て、セクシーじゃないか』


「そこは、見なくていいよぉ」


 わたしは、自分の身体を抱きしめる。


 しかもこのジャケットは、鉄のヨロイよりも硬い。レザーアーマーとしての役割も、果たすのだ。


『殊勝だねえ。もう旅の支度をしておくなんてさ』


「わたしは学校にいたいんじゃなくて、錬金術師でレベッカちゃんを強くしたいからね」


 今ではなく、わたしは先を見据えて行動する。いつまでも、学生気分じゃいられない。


 あとはスカートと靴を揃えたいけど、ベース素材がない。買ってこなくては。


 ひとまず、使わない武器は鉄くずに変えておこう。素材に使えるかも。


 錬成室で一人旅の準備をしていると、部屋をノックされた。


「クレア姫……」


 扉を開けると、前にいたのはクレア姫ではないか。

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