第8話 第一章完 レーヴァテインの伝説

 ようやくわたしは、ダンジョンを脱出できた。


 朝早く入ったはずなのに、もう日が暮れそうになっている。


 ダンジョンの入口から学校まで、並んで歩く。


「ありがとうございます、クレア姫」


「いいえ。お礼なんて結構よ。それに、敬語も」


「でも、姫は姫なんで」


 敬語を解いて話しているのを見られたら、それこそ他のクラスメイトにどんな目に遭わされるか。


「クレアと呼び捨てになさっても、構わなくてよ。同い年のお友だちなのに、みんな姫とかしこまるんですもの」


「では、クレアさん」


「うふふ、よろしくおねがいします。キャルさん」


 ていうか、姫の言葉遣いが元々、敬語なのですわ。


「あれ、でもクレアさんって、魔剣探しは免除されているはずでは?」


 クレア姫は、聖剣に選ばれている。だったら、聖剣を使えばいいこと。わざわざ卒業過程である、魔剣探しになんか参加しなくてもいいはずなのに。


「これは、ワタクシが招いた災いなのです」


 なんでも聖剣を砕いた影響で、ダンジョンの構造がヤバイ雰囲気に変わっちゃったらしい。

 魔物が異様に強くなったのも、ボス部屋がモンスターハウス化したのも、すべてクレアさんが聖剣を破壊したせいだったとか。


「おか……教頭先生から、お灸を据えられました。なので、事態の正常化を言い渡されたのですわ。あなたで最後ですよ」


「クレアさん、他の生徒に犠牲者とか」


 わたしの向かったフロアで、ファイアリザードが相手だったのだ。生徒たちが、まともに帰れたのだろうか?


 あのダンジョンは入り口は共通だが、生徒一人ひとりによってルートも到着地点も違う。先生以外、助け出すことはできないのだ。


「ご心配なく。他の生徒たちは、スケルトンだとか、ゴブリンチーフがフロアボスでしたわ。とんでもない数でしたが」


 特別な許可をもらい、クレアさんはダンジョンから生徒を助け出すため、すべてのダンジョンを駆け抜けたという。


「よかったぁ」


 他の生徒たちもクレアさんに救出され、教室に帰っているらしい。


「あなたのおかげです。ありがとう、キャルさん。あなたが聖剣を直してくれなかったら、魔物たちの強化や大量発生は、防げませんでした」


 あのまま直でダンジョンに向かっていたら、それこそ生徒たちは全滅していたかも知れないという。


 やっべー……。直しておいて、よかったぁ。



「それにしても、あなたがどこにいるかわからず、探し回りましたわ。無事でよかった」


「平民のわたしごときにお手間を取らせて、申し訳ございません」


「とんでもない! 平民だろうと、あなたは大事なクラスメイトですわ! それに、ワタクシの目を醒ましてくれた、恩人です」


 最大級の賛辞をいただいて、恐悦至極である。


 学校に到着した。


 だが、クレアさんは教室には向かわない。外れにある。学食まで歩く。


「教室には、戻らないので?」


「みなさんは、おうちに帰りました。卒業式までお会いすることはないでしょう」


 クレアさんは、食堂の料金を払ってくれた。


「おかえりなさい。シチューを温めておいたから、お食べ」


「ありがとうございます、おばちゃん」


 まるまると太ったおばさんが、わたしたちにシチューを振る舞ってくれる。


 ああーっ。数時間ぶりの、まともな食事だぁ。最高ぉ。


「シチューとライスを、合わせる方ですのね? そんな人、初めて見ましたわ」


 クレアさんが、目を丸くしていた。彼女の方は、パンに浸して食べている。


「田舎でも、珍しがられるんですけどね。やってみます?」


「では」


 木のスプーンで、ライスをすくう。


「なるほど。ライスって、シチューと合わせると甘みが増しますのね? おいしいですわ」


「気に入ってもらえて、よかったです」


 布教活動ってわけじゃないけど、同志ができてよかったぁ。


「でも、いいんですか? 平民のわたしとゴハンなんて、つまらないのでは?」


「いえ。あなたと一緒にいると、和みますわ。他の貴族の女の子たちとの会話なんて、誰を婿に迎えるだとか、政治的な話ばかりで」


 人の悪口をエサにしている女性の話に、辟易しているのだとか。


「キャルさんのお話は、興味深いですわ」


「ありがとうございます」


「ですから、お礼は無用ですわ。わたくしの責任ですの。申し訳ございません」


 クレアさんが、わたしに深々と頭を下げた。


 恐縮ですってば! もし、わたしが姫様にお辞儀なんてさせている場面なんて、他の生徒に見られたらぁ! 殺されちゃう!


「いえいえ! おかげさまで、いい魔剣に出会いました。これもケガの功名。不幸中の幸いというものですよ」


「そうでした。あなたの連れている魔剣を、見せていただけますか?」


「どうぞどうぞ」


 食べる作業をやめて、わたしはレベッカちゃんを見せる。



「レーヴァテイン・レプリカの、レベッカちゃんです」


 レベッカちゃんも、『よろしくな』とあいさつをした。一国の姫君が相手だとしても、レベッカちゃんはブレない。


「ウソでしょ、レーヴァテインですって!?」


 やけに、クレア嬢が驚いていた。


「姫様?」


「まさか。伝説のレーヴァテインが、レプリカとはいえ、この世界に顕現するなんて」


「どういう意味でしょう?」


「炎の剣の最上級アイテム【レーヴァテイン】は、この世界とは別の神話に登場するはずの剣ですわ。本の中に出てくる、創作上の逸品であるとしか」


 マジかよ。


 つまりレベッカちゃんは、この世界のアイテムではないってわけだ。


 炎の巨人の武器で、巨人はこの剣を振るって、世界を破壊し尽くしたとされている。その後に創造神によって倒されて、巨人は肉体ごと大陸にされたと伝承に残っているそうだ。


 噴火をモチーフにしていて、世界を創造した場面を、神話として語り継いでいるという説も。


 わたしは、そっちの話の方が好きかな。リアリティがあって。


「ですが、それはこことは別の世界線での話だとされています。なのに、本物のレーヴァテインがこの世界に現れるなんて」


 誰しもレーヴァテインなんて、『想像上の産物だろう』と、信じて疑わなかったそうだ。


「レベッカちゃんって、すごい魔剣だったんだね? おとぎ話の世界から、飛び出してきたなんて」


『自分でも、出自に驚いているよ。おおかた、伝記でしか語られていないレーヴァテインを、どっかの研究者が再現しようとしたんだろうね』


 六〇〇〇本以上も魔剣を作る人だから、レベッカちゃんの生みの親は、かなりの変人な可能性がある。


「だったら、レベッカちゃんの扱い、どうしよう?」


 そんな立派な魔剣をガッションガッションと持ち歩いていたら、めちゃ注目されるかも。


「ご心配なく。髪留めになさったら?」


「おお。そうでした」


 イマドキの冒険者は、装備を小さく圧縮して携行する。デカい武器やヨロイを堂々と身につけ、町中を歩きはしない。「常時、臨戦態勢なのか?」と、役場の人に思われちゃうからだ。

 実力を隠す意味も込められる。


 よく考えたら、レベッカちゃんもむき身のままだった。抜いてそれっきりだったのを、忘れていたよ。


「拾ってきたファイアリザードの皮を使って、柄を錬成! っと。からのぉ」


 わたしは、レベッカちゃんを縮小した。ボブカットの髪に、髪留めとして収める。


「ごちそうさまでした、クレアさん。ここまでしていただけるなんて、どうやってお返しをすればいいのやら」


「お返しは、ちゃんといただきますわ」


 おっ。お姫様から、お願いをいただけるとは。なんだろう? 平民のわたしでも、できることかな? 抱いてとか、いわないよね? わたし、そんな性的な知識はないんだけど?



「キャルさん。ワタクシに、魔剣を作ってくださいまし」



 おおおお。シチューの代償は、デカかったーっ。

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