第7話 姫様の責任

――幕間 前日譚



 伝説の聖剣を破壊して、夕刻を迎える。


 クレア・ル・モアンドヴィルは、校長室に呼ばれた。


「失礼いたします。クレア・ル・モアンドヴィル、参りました」


「ああ、ご苦労さま。あとは、教頭とお話しなさい。私は、失礼するよ」


 校長が教頭に鍵を預け、部屋から出ていく。


 呼んだのは校長だが、用事があるのは教頭の方か。


「なんでしょう、お母様?」


「ここでは、教頭と呼びなさい。【雷帝】のクレア」


 母親のクレイピアが、鼻でため息をつく。母はクレアを心配し、クレアの在学中だけの教頭先生となったのだ。

 なんて過保護な。


 とはいえ、母が天才なのは本当だ。雷属性と水魔法の【ミックス】ができる。

 二つの違う属性をかけ合わせるミックスなんて、クレアですらできない。


 また、魔法製造にも長けている。中でも代表的なのは、【リラックス】の魔法だ。雷属性で対象者に電気ショックを与え、水属性で血流を整える。


【リラックス】の魔法を編み出した母は、緊張しぃの生徒に人気があった。


「聖剣を壊した罰なら、しかと受けます」


「わかっています。だから夕方だというのに、まだ制服を着ているのでしょう?」


 そこまで、わかっていたか。


「聖剣なら直ったわ。見ていらっしゃい」


「まさか!」


 早すぎる。宮廷魔術師でも、一ヶ月はかかると思っていたが。


「でも、付け焼き刃でしょうに。たった半日で聖剣がもとに戻っているなんてもとに戻ってる!?」


 思わず、クレアは泉の岩を二度見した。本当に聖剣が、岩に元通りに突き刺さっているではないか。しかも、完全再現されて。


「幻術なのでは、ないですか?」


「ウソだと思うなら、確かめるといいわ」


「再び抜いても?」


「ええ。どうぞ」


 母クレイピアが、手で剣を指し示す。


 クレアは柄に手をかけて、再び剣を抜いた。


 剣の感触は、破壊したときと変わらない。相変わらずの、駄剣。


「その剣をもう一度、折ってみなさい」


 クレイピアが、信じられないことを言う。


「ほんとうに、よろしくて?」


「いいわよ。好きになさい」


 母の言葉に甘えて、クレアは聖剣を放り投げた。きれいな刀身に、渾身の蹴りを叩き込む。


 十分な手応え。魔力の伝達もスムーズだ。これがエクスカリオテ学園歴代最強と謳われ、【雷帝】の二つ名で呼ばれたクレア王女の――!?


「どうして」


 だが、今度は聖剣が砕けなかった。


「ワタクシの蹴りを受けても、ヒビ一つ入らない!」


 いったい、どういうことだ? さっきは、軽く蹴っただけで一撃で崩壊したのに。


 蹴ったときの質感も、まるで違う。


 最初に抜いたときは、威厳や威圧感などを感じなかった。しかし、この剣からは絶大なオーラを感じる。


 再構成された際に、なにか施された? いや、ありえない。聖剣なら構造も製造過程も複雑なはず。



「ようやく、あなたを聖剣の使い手として認めたようなの」


 母の言葉に、クレアは首を傾げる。


「剣を抜いた時点で、ワタクシに資格ありだと思っていましたが?」


「違うわ。聖剣は……『わざと』壊れたの」


 信じられない言葉を、母がクレアに投げかけた。


「この剣には、二重のセーフティがかかっていたのよ」


 一つは、泉の岩に刺さった状態で、抜けば資格あり。


 もう一つは、使っても壊れないかどうか。


「つまりあなたは、あの時点では剣を抜いただけ。扱いに慣れていないせいで、剣はあえてぶっ壊れちゃったのよ」


「――!?」


 そうだったのか。どうりで脆いと思っていたが。

「あなたは確かに強い。しかし、聖剣を扱うには、少々傲慢が過ぎたみたいね」


 母の言うとおりである。


 ここまでの意思を、武器が持っているとは。この聖剣は、ただの強い剣ではない。持ち主の慢心を、見抜いている。


「ワタクシは、この剣を持つ資格がありませんわ」


 クレアは剣を、泉の岩に刺し直した。謝罪の意味を込めて、祈りを捧げる。


 単に自分は、傲慢だった。

 聖剣の本質を知らず、イタズラに否定して。


「母さんが見ていたわ。この剣を直した人物のことを」


「いったいどんな魔法使いが、聖剣を」


「平民の女子学生よ」


 バカな! 平民が、この剣を直せるはずが。


「ご冗談を! いくら母親といえど、ジョークがすぎるのではなくて?」


「でも、事実よ」


 その子の名前はキャラメ・Fフランベ・ルージュというらしい。


「修理した生徒は、わかっていたわ。聖剣がどんな思いであなたの攻撃によって壊れたのか」


「あの平民の子には、『モノの感情が、わかる』と?」


「そうよ。だから古臭い錬金術師になんて、なろうと思ったんでしょうね」


 文明が発達し、錬金術はほぼオートメーション化している。忘れ去られた技術もあるが、そこまでのオーバーテクノロジーなんて誰も求めていない。


 人々が求めているのは、ブランド性である。

「このメーカーなら、丈夫」「この店は格式が高いから確実」

 そのブランド志向・バイアスこそ、人は信じていた。


 お手軽量産・伝統ブランド志向が両立して当然の時代に、キャラメという少女は剣の声を聞き入れ、古の力を発揮させた。


「その生徒なんだけど、魔王を討伐した勇者パーティにいた、魔女の末裔かも」


 そんな人物が、この魔法学校に通っていたとは。


 キャラメ・Fフランベ・ルージュ。彼女ならあるいは、クリスの願いを叶えてくれるに違いない。

 



「キャラメ・Fフランベ・ルージュさんですわね? ご無事のようでなによりです。さあ、脱出しますよ」


「あ、はい」


 セーフゾーンに向かうクレア姫に、ついていく。


 ボスを倒すと、セーフゾーンはそのままダンジョンの脱出装置になるのだ。


「お水に触れてください。これでダンジョンから出られます」


「はい。その前に、よいしょっと」


 荷物の忘れ物がないか、確認をする。


「ドロップアイテムも、お忘れなく」


「おっと、忘れるところでしたよ」


 アイテムをどっさり、持って帰ろうとした。しかし、埋まりそうにない。


「これは、絶対持って帰るとして」


 リザードのドロップアイテムが、最優先だ。

 武器とか防具とかに使えそうな素材がたっぷり。でも、重すぎる。

 あきらめるしかないか?

 いや、往復すればワンチャン……でもなかった。


 このダンジョンは、一度出るとアイテムの再設定がされるんだったよなあ。


「とんでもないものを、拾い上げましたね」


「ああ、これですか」


 わたしは小さいビー玉を、指でつまむ。透明なフォルムは、爬虫類の目みたい。


「【龍の眼 極小】……レアリティは、Cだって」


 ちょっといい感じのアイテムだね。


『レアリティCだと? 冗談じゃないよ。そんなのは、すぐにノーマルドロップに上書きされるレベルなのに』


 リザードのレアアイテムは、めったに取れないという。普通はノーマルアイテムの、【毒消し草】に上書きされしまうからだとか。


「キャラメさん。あなた、しゃべる剣とお友だちになりましたの?」


 クレア様が、ギョッとした顔になる。かなりかわいいんですけど?


「そうなんです。レベッカちゃんです」


 あと、自分のことはキャルと呼んでくれと頼んだ。


「ご自身で、名前をつけましたのね? それはそうと、キャルさん。そのアイテムは、すぐにお使いなさい」


「いいんですかね?」


「ええ。今のあなたには、絶対必要なアイテムですわ」


 どういった効果が……。



[【龍の眼 極小】

 ドラゴンの腕力が、多少備わるだけ。

 アイテムボックス無限。重量関係なし]



 よし、即採用だ。

「多少」とか「だけ」とかっていっているけど、わたしのようなモヤシ体力には十分すぎる。


「どうすれば?」


「胸に、かざしてみなさい。体内に取り込まれます」


 わたしは、龍の眼を抱きしめるように、胸にかかげた。


「うわ!」


 龍の眼が、小さいネックレスに。しかも、どれだけ動いても邪魔にならない。身体と一体化したかのよう。


「そのネックレスは一生外せません。それでも、よろしくて?」


「よろしくてですわ」


 これで、アイテム容量を心配する必要はなくなった! ドッカンドッカンと詰め込む。


「おまたせしました。帰りましょう」


 セーフゾーンの泉に触れた。


 身体が、光に包まれる。

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