第10話 クレア姫のファッションチェック

「姫……クレアさん。どうして?」


「キャルさん。お昼のパーティに、ご出席されていませんでしたから」


 あっ、もうお昼すぎか。


 そういえば卒業式の直後も、なんかイベントがあったんだっけ。


 でもなー。貴族のパーティなんて気後れしちゃうんだよねえ。


『昼メシも食わずに、没頭していたねぇ』


 卒業のあれやこれやで、胃があまり食事を受け付けないのであった。

 錬成中にお菓子をバリバリ食べていたので、お腹はあまり空いていない。

 早く姫に差し上げる魔剣の素材を集めるため、街を出ることを最優先にしていたからね。


「もう、行ってしまわれるのですか?」


「はい」


 昼の間に準備をして、夕方には出ていく予定だ。


「夕刻には、ダンスも立食もありますのに」


「結構です。みなさんで楽しんでください」


 わたしのような平民は、クールに去るぜ。


「ならば、ワタクシも出発いたします」


 ええ……。大丈夫なのか? お姫様じゃん。勝手に出歩いて、いいのかよ?


「あなたに、魔剣を作っていただかなくては」


 やはり、昨日話してきたお願いは、まだ生きているのかー。


「作って、お届けするというわけには」


「参りません。自分で素材を集めて、直接手で触れて、肌触りを実感しなくては。それが、聖剣・魔剣を愛好するというもの」


 ホントたくましいな、クレアさんって。


「本物の剣士は、手を汚すものです。人に全部任せて自分の所有物ヅラなんて、できるわけないですわ」


「たしかに、もう旅支度をなさっていますね」


 クレアさんは、気が早い。言っているそばから、もう支度ができている。貴族とのイベントなんて、まったく興味がないんだな。


「家督は、一番上の兄が継承なさいます。両親や兄弟姉妹に、あいさつも済ませて参りました。みな、快く送ってくださいましたわ」


 王家といえど、末娘は融通は効くみたい。


「よく、承諾してくださいましたね。国王様」


 本来なら、泣いて引き止めるところなんだろうけど。


「ワタクシは、末っ子ですから。それにロクな花嫁修業もしない穀潰しは、必要ないのですよ。ヘタに政治に関与されるより、放逐してしまった方が国としても都合がよいのですわ」


 国の言う通りにならないなら追放しちまえとか、マフィアみたいな考えだなぁ。


『ふーむ。「国の守り神である聖剣を叩き壊すような女は、家においておけない」ってのが、本音なんだろうね』


 レベッカちゃんが、えらいことを言う。それは思っていても、はばかられちゃうよ。


「ウフフ。よろしくてよ。事実だから」


 クリスさんも、自身の状況を把握しているらしい。


「それにしても、そのお洋服は?」


「自分で作ってみました。どうでしょう?」


 わたしは、くるりんと回ってみせた。


「ファイアリザードの皮を鉄のヨロイと融合させて、ジャケットにして――」


「そうではなく! 今の格好を話しているのです」


 やけに圧が強めで、クレアさんがつっかかってくる。


「あなたまさか、学校指定のジャージ姿で旅をなさるおつもり!?」


 今のわたしの服装を見て、クレアさんが驚愕していた。


 ジャージは最強の部屋着であり、トレーニングウェアであり、外着だ。冒険に行くんだから、別に服装なんてどうでもいいじゃないかと。


「いけませんかねえ? この服、身体に馴染んで落ち着くんですよ」


「いらっしゃい!」


「わわ!?」


 わたしは、クレアさんに手を引かれる。


「どうしたんです? クレアさん!」


「ワタクシの行きつけの仕立て屋さんへ、ご案内しますわ!」


 ツカツカと、わたしの手を引きながら石畳の街を歩いた。


 周りの人は、わたしの横にいる人がクレア姫だとわかっていないようである。おそらくクレアさんが、認識阻害の魔法でもかけているのだろう。


「どうしてあなたは、平然とジャージで街を動き回れますの? 理解できません」


「さて、どうしてでしょう?」


 わたしが出歩くとしても、特に誰もいない早朝だもんね。早寝早起きで街へ行けば、人と会うこともないし。


「今後は、人に慣れる必要がございます。ひとまず、わたくしの行きつけにどうぞ!」


 有無を言わせぬ様子で、クリスさんはわたしの手を引っ張り続けた。


「到着しましたわ」


 ものの五分で、仕立て屋とやらにたどり着く。


「いらっしゃいませ。おお、クレア姫様」


 女性店員さんが声をかけるより早く、クレアさんが呼びかけた。


「この子の寸法を、測ってくださいまし! できるだけ細かく!」


 店員さんに、クレアさんがわたしを差し出す。


「か、かしこまりました」


 仕立て屋さんが、わたしのサイズをメジャーで測りだした。


「バスト九二ですか、実にうらやましい限りですわ。ほかはムチムチですわね」


「衣装の作り甲斐が、あるというものです」


 クレアさんが店員さんと、わたしの胸をマジマジと見る。


 まずクレアさんは、街で着る衣服を用意してくれた。


 白ブラウスと、赤いミニのプリーツスカートである。服の下に、一分丈のショートスパッツを履くタイプだ。


 全体的に、魔法学校の制服に近い。


「では、この子が作った錬成品に合いそうな衣装を、見繕ってくださいませ」


 この服の上からつけられる装備を、作ってもらえるそうだ。


 わたしも、作った錬成品を店員さんに差し出す。


「承知しました。装備品として仕立てなくても?」


「装備品を装飾するアイテムは、この子がご自身で用意していますわ。あとは、そちらで加工なさって!」


「はい!」


「あと、お食事してまいります。お腹周りは、なるべく余裕をもたせてちょうだい」


「かしこまりました。お気をつけて」


 装備の加工一式を仕立て屋さんに任せて、昼食に向かう。


「キャルさん。あとは、完成品をお待ちなさい」


「ありがとうございます。あの、お金まで出してもらって、よろしいので?」


「お構いなく。ダンジョンにモンスターを大量発生させた、迷惑料です。取っておきなさいませ」


 じゃあ、受け取っておこうかな。


「でも、錬成ならわたしが」


「あなたは人の為なら腕は確かなのですが、自分のこととなると美的センスが壊滅なさっています。それは、あまりよろしくないですわ」


「お世話になります。じゃあ、お昼はごちそうさせてください」


「ありがとう。いただきます」


 わたしはクレアさんを連れて、小さな酒場に向かった。


「ここが、旅人の集う酒場ですか?」


「はい。カウンターで注文をしてきますね。同じものでいいですか?」


「お願いします」


 酒場で、米粉でできたラーメンをいただく。服にかからないよう、いつもよりおとなしめに食べる。

 ちなみに、二人ともお酒は飲まない。甘い炭酸水をもらう。


「モチモチで、すごくおいしいですわ! こういった料理、初めて食べましたわ。食べる機会がありませんでしたの」


「わたしと一緒に旅をするなら、ずっとこんな料理ばかりになりますよ」


 景観が汚くても美味しい場所を探すなら、わたしにお任せあれ。


「それは、楽しそうですわ!」


 クレアさんの様子なら、大丈夫そうだ。


 米粉のラーメンを食べ終わり、装備のチェックを行う。


「うわあ。女子力の高さがハンパない」


 わたしだったら、的確なパーツに装具を取り付けるくらいしか、思いつかなかったよ。

 ちょっとアイテムの位置をずらすだけ、ちょっとアクセサリの角度を変えるだけで、乙女度が格段に上がっている。

 

「ファイアリザードの皮って、こんな感じに仕上げるとかっこよくなるんだぁ」


 垢抜けたデザインの装備品なんて、わたしには絶対に似合わないと思っていた。しかし装備してみると、毎日身に着けていたかのようなフィット感がある。


 これが、最高級の仕立て屋さんのお仕事なんだなあ。


「装備品のリストです。ここでご説明差し上げてもよろしいのですが、実際にお使いなさってからのほうがよろしいかと」


 習うより慣れよ、だ。その方がいい。こちらとしては、早く街を出たいからね。


「ありがとうございます」


「ワタクシからも、お礼をいたします」


 夕食も、外で食べる。卒業パーティも出席しない。


 馬車を手配して、今度こそ街を出る。


「キャルさん。晴れて冒険者になったわけですが、これからどこへ向かいますの?」


「ツテがあります。そこまで旅をしようかと」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る