第2話 世話になりました

「どうして帰しちゃったんだよ」

「しかたないでしょ。買い物から帰ったらベンツっていうの? 高級車が止っていて挨拶もなしに行っちゃったんだもの」

「荷物も置いて行ったの?」

「また取りに来るつもりでしょ」


 玄関先に小さなカバンとミルクやおむつの入った袋が置いてあった。


「母さん、ぼくがあの子の父親になってやると言ったからホッとしただろう」

「そりゃあ、人がいいのもたいがいにしてとは思ったけど」

「でも、女手ひとつで子どもを育てる苦労は、母さんが一番よくわかっているじゃないか」

「だからって良雄が背負いこむことないじゃない。それに赤ん坊の父親が迎えに来たんだから、それが一番いいことでしょ」


 良雄は一呼吸おいた。


「赤ん坊の父親だとどうしてわかった?」

「最初は幸子さんの父親かと思ったけど、幸子さんが抱きついていったの。その様子が何だか男女の仲という気がして」



 ミオが夜勤明けの日だった。

 2階の寝室でウツラウツラしていると玄関のチャイムで起こされた。


 玄関の扉を開けると黒いスーツを着た、良雄と同じ年くらいの青年が立っていた。


「世話になりました」


 とぶっきらぼうに言って茶封筒を差し出した。

 中身を確認すると札束が入っていた。


「こんなものいただけません」


 青年は困惑顔で立ち尽くしていた。


「あっ、1万円だけいただくわ」


 そう言って幸子のカバンと先日買って来たばかりの粉ミルクの缶とオムツを渡した。


「哺乳瓶もあるけど持って行きます?」

「いや、いらないっす」


 青年は慌てて車に乗り込み発進させた。


 ちょうど向かいの奥さんが玄関先で宅配便を受け取っているところで、幸子が家に来たときに赤ん坊の泣き声がするので、「良雄ちゃんが結婚したのかと思った」と言っていたので、あるていどのことは話しをしてあるので知っていた。


 向かいの奥さんは頬に指先で切り傷を作ってみせた。

 ミオは無言で頷いた。

 やっぱりそう見えたのね。

 幸子を迎えに来た男性も見るからにその関係の人に思えた。


 早く縁が切れて良かった。

 安堵したミオは布団に潜り込んだが、なかなか寝付けなかった。



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