第19話
2
シュトラウスは自分が間に合ったことに、内心ホッとしていた。
「話しは聞かせてもらった」
「シュトラウスさん!? どうしてここに!?」
フレットが、いの一番にシュトラウスに駆け寄っていく。
「俺を呼ぶ声がしたからさ。……って、そんなこたぁどーでもいいんだよ。その爆弾を俺によこしな。ゼリエスの役目、引き受けてやるよ」
「……駄目だ。お前を死なせるわけにはいかない」
ゼリエスは後ろからフレットの肩を掴み、そう言った。
「俺もお前を死なせるわけにはいかねぇ。故郷で家族が待ってんだろ? お前らもだ。真っ当な冒険者を減らすわけにゃいかねぇ。な? 誰も待ってない、真っ当じゃない、でもって一番達成確率の高い、俺が適任ってわけだ」
「あなたは真っ当で立派な冒険者です!」
「おいおい、そんなことはいーんだよ。でも、ありがとな。じゃあ、奴さん来てるから……これ貰うぜ」
シュトラウスは皆の注意が一斉にベヒモアゾンビに向かった時、フレットの手から簡易魔法弾をくすねた。
道が合流し、通路が広くなったことによって動きやすくなったベヒモアゾンビは、四肢をフルに使って恐ろしく獰猛な勢いで洞窟を震わせ、突き進んでくる。
その姿に全員が一歩二歩後ずさる。唯一歩み出たのは、シュトラウスだ。
「もうちょっと後ろから援護頼むわ。ドンストン、魔法かけてくれ」
シュトラウスはゆっくりと剣を引き抜くと、ドンストンに切っ先を向けた。
それに応じ、ドンストンはコクコクと頷きながら<<宿りし魔力>>を剣にかける。
「ドンストン! 俺にも――」
「いいって、いいって。お前は皆が巻き添えにならないよう、守ってやれよ」
一緒に戦おうとしたゼリエスを制止し、シュトラウスはベヒモアゾンビの方へ歩いていく。
「待ってくれ! 何故お前は命を賭してまで俺たちを助けてくれるんだ!? あれを前にして恐れはないのか!?」
ゼリエスの叫びにシュトラウスは足を止め、振り返らずに言った。
「……気の迷いだ。真っ当じゃねー俺が、柄にもないことしたくなっちまっただけだよ」
「それだけではないだろう!? お前は――」
そこまでで、ゼリエスの言葉は止まった。
振り返ったシュトラウスの横顔は、覚悟を決めた漢のものだったからだ。その眼に射抜かれて、ゼリエスは言葉を捨てた。
皆に黙って見送られながら、シュトラウスは剣を持ったまま右手の親指を立てる。それを別れの挨拶とし、正面に迫る死地に赴いた。
ベヒモアゾンビの、声だけで相対する者の魂を割らんとする咆哮が炸裂した。
シュトラウスはその煩さに思いっきり顔を歪めがら、剣先をベヒモアゾンビの顔面に向け、突きの構えを取った。
ベヒモアゾンビはシュトラウス目掛けて両腕を振るう。
肩を激しく動かせば、壁に当たり皮膚が削れる。だが、そんなことは毛ほども気にせず、禿げた両肩は前後左右に激しく揺れる。
一撃でも喰らえば終わり。掠めただけでも重傷になりそうな連撃を、シュトラウスは真剣な表情で躱していく。
右に左に、後ろに前に。踊る様に避けるシュトラウスの銀髪が風圧で棚引く。
その頭上を、魔力を帯びた矢が擦過していった。
矢は淡く曳光する軌跡を残しながら、ベヒモアゾンビの顔面に吸い込まれていく。ヤーデンの狙い通り、眼球に向かって。
だがそれは、超反応によって防がれた。
ベヒモアゾンビは頭を振るうだけで、凄腕の剣士の横薙ぎと同等とも思える一閃を片角から繰り出し、矢を叩き斬ってしまう。
「くっ!」
自身の渾身の一撃を難なく迎撃され、唇を噛むヤーデン。
「良い援護だ」
ボソリと呟いたシュトラウスは、軽やかに跳び上がっていた。
そしてそこから、片角の横薙ぎに負けず劣らずの刺突を繰り出す。その切っ先はベヒモアゾンビの左眼を捉え、抉るように切り裂いた。
それに合わせ、宙を舞う松明。シュトラウスの着地の隙を消すために、プローフから投擲されたものだ。
ベヒモアゾンビは怯みこそすれ、一撃必殺の反撃を左腕から繰り出していた。だが、潰された視界に入ってきた松明に注意を惹かれ、そちらにも右手を出してしまう。
その結果、撃墜されてバラバラに砕けたのは松明だけだった。
シュトラウスは着地と同時にバックステップし、間合いを整える。そして、次も突きを繰り出すぞと言わんばかりに姿勢を低くし、剣を水平に構える。
(こいつは生きてる時の方が強いな……)
そう思いながら出方を窺っていると、ベヒモアゾンビは予想外の行動に出た。
突進。狭い通路でただ突っ込むだけ、という単純にして恐ろしい攻撃を仕掛けてきたのだ。
「やべぇ!!」
少なからず残っていた知能と、プローフたちの援護によって、ベヒモアゾンビはその手段を思いついてしまった。
その最も有効な質量攻撃に対し、シュトラウスは避けることしかできない。それも、この狭さでは完全には避けきれない。
剣を盾に、迫りくる肉壁の隙間を潜り抜けるしかないと考え、シュトラウスは前進した。
狙うは脇、腰、膝上。だが、そこにはベヒモアゾンビの容赦のない爪、腕、蹴りが待ち構えている。
そして、お互いが交差する瞬間。
シュトラウスはベヒモアゾンビの爪を研ぐように剣を滑らせ、そのまま巨腕をいなした。しかし、そこで剣は死んだ。だが最後に、腕撃の軌道を逸らして主を護るという役目を見事に果たしていく。
刀身が砕けた剣を投げ捨てたシュトラウスは、空いた右手を使ってベヒモアゾンビの腰の毛を掴み、引き千切る勢いで引っ張る。それと同時にベヒモアゾンビの膝を踏み台にし、組み付くように背後に回った。そこにベヒモアゾンビの蹴りは届かない。
ベヒモアゾンビは腰と膝に衝撃を感じたため、シュトラウスを轢き飛ばしたと考えていた。
なのでそのまま、止まることを知らぬ勢いで入り口に突進してゆく。
邪魔者たちを轢殺し、光と憎しみに溢れる外の広い空間で、生ある全ての光に復讐する。その一念のみだった。だが――
「下がれっ! 後ろを見ろ!!」
「ライテル・テン・カリン<<輝ける陽光>> !!」
洞窟の入り口が突如巨大になり、そこから強烈な日差しが洞窟内を照らしたかのように思える程の眩い光が、ベヒモアゾンビの目の前で炸裂した。
それを一身に浴び、白い世界に阻まれたベヒモアゾンビは思わず動きを止める。
「ゴアアアアッ!!」
怒りとも苦しみとも取れる咆哮が響き渡る。それと共に、巨腕が洞窟を――大地を揺らす。
ベヒモアゾンビは荒れ狂うように、壁や地面を滅多打つ。その衝撃で地面の石は跳ぶように浮き上がり、壁や天井はミシミシと悲鳴を上げて震えている。
嵐の如き暴力の凄まじさに耐えかね、フレットたちが洞窟から退避した、その時。
彼らは確かに見た。洞窟が崩れそうな地響きの中、ベヒモアゾンビの頭部を必死によじ登っている勇ましいシュトラウスの姿を。
そして、破砕音が轟く中で確かに聞いた。
「よくやった! じゃあな!!」
シュトラウスが左手をベヒモアゾンビの頭部に突き立てた、その瞬間。爆裂した閃光の中にシュトラウスたちは消えていった。
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