第16話



 ネクシンは主の下に赴いていた。

 主の住まう城の二階には、執務室まで続く長い廊下がある。右手側の大窓から差し込む星明りに照らされた赤いカーペットは、昼間以上に高級で厳かな雰囲気を醸し出している。

 その雰囲気にそぐわず、ネクシンはそこを早足で音を立てずに歩き、執務室まで急ぐ。

(俺を通したということは、表の仕事は終わっているはず。それでも、用心するに越したことはないか)

 ネクシンは衛兵たちに怪しまれぬよう上下黒の礼服を着て、身なりを整えてきていた。それだけでなく、入城する際の身分も下級貴族と偽っている。

 執務室前の発光石の灯りがネクシンの目に入った頃。ネクシンは自分の姿を今一度確認し、執務室周辺に誰か居ないか何度か行き来して探り、室内にも聞き耳を立てた。

 誰の話し声も、息遣いも聞こえない、正真正銘の静寂。これで入室の準備は整った。

「ヴィオローデ様、ネクシンめが参りました。ご入室の許可を頂きたく存じます」

「入れ」

 室内から威厳に満ちた声が返ってきた。

「失礼します」

 ネクシンは恭しく扉を開け、静かに入室した。

「もう情報を手に入れてきたのか?」

 ヴィオローデは飾り気はないが高級感漂う漆黒の椅子に座りながら、部屋の入り口に立って待つネクシンに声をかけた。

「少なからずのものを入手致しました。ですが、その件につきましてご判断を仰ぎたい事がございます」

「よかろう、話せ」

 ヴィオローデは電球色に似た淡い黄色のマジックランプに照らされた、艶やかな木製のデスクの上に読んでいた書類を放った。

「はっ! ありがとうございます」

 ネクシンは滑るように静かな足取りで、部屋中央に置かれたソファと長机を通り過ぎ、ヴィオローデのデスクの前に馳せ参じた。

「まず、召会がスイームの情報を持っていることは明らかです。物的証拠も恐らく保有していると思われます。どうやらスイームはユナイダムの冒険者に倒され、その一部がプレトリットの冒険者によって召会に持ち込まれたようなのです。何故それを隠し、証拠も非公開にしているのかは調査中です」

「その情報の確度は?」

 ヴィオローデの眼力ある鋭い視線が、ネクシンに刺さる。

「申し訳ございません、かなり正確としか言えません。そこで更なる情報を得るため、主のご判断を仰ぎたいのです」

 ネクシンは間髪入れずに、早口で簡潔にシュトラウスとのやり取りを話した。

「ほう、なるほど……。その男の情報が正しいのならば、価値はありそうだな」

 ヴィオローデはテーブルに肘をつき、口の前で手を組んだ。

「私の探りでは、どうやら上の方にはあまり情報が入っていないようだった。アンデッドが出現したことは理解していたが……。下の者が意図的に伝えていないのか、知らぬふりをしていたか……。召会の考え……おそらく、事実を伏せておきたいのだろう。新種のアンデッドがいるとなると、冒険者が依頼を受けなくなる可能性がある。それでは人海戦術が使えなくなってしまう。召会側はなるべく早く、安く駆逐したいだろうからな。多少の犠牲を伴おうとも」

「おぉ……流石は主、ご賢察です」

「ピンポーン。その通り!」

 ネクシンの感嘆と共に、薄暗い部屋に明るい声が響いた。

「!? なっ!?」

 ネクシンは身体に電流が走ったかのように、驚いて振り返った。

「何故お前が!?」

「知り合いか……?」

 平静を装ったヴィオローデが、ネクシンに問いかける。

「またしても当たりです、城主ヴィオローデ様」

 その男はヴィオローデの問いに少し茶化したような口調で答えた後、ドアに寄りかかるのをやめて明るみに歩み出てきた。

「まさに今、報告させていただいた冒険者です……! 貴様、どうしてここにっ!」

「いやぁ、不用心にも城門どころか鍵まで開いていたもので――」

「嘘をつけ! 俺をつけてきたのかっ!?」

 その時、リィンと透き通るベルの音が部屋中に響く。

 ヴィオローデがいつの間にか手に持っていた、赤いハンドベルが鳴った音だ。

「構わん、私が話す」

 そう言ってヴィオローデは悠然と立ち上がり、鷹揚と話しだした。

「話しには聞いている、シュトラウス・ガイガー。有能な冒険者だそうじゃないか」

「よせよ、照れるじゃねーか」

 シュトラウスは窓から星明りが差す長机の近くまで歩み出て、ネクシンを見ながら止まる。

「さて、その有能な冒険者が不法侵入までして、領主たる私に何の用かな?」

「表にも裏にも顔が効く、偉大なる領主様にお仕事を頂きたく参上しました……って言えたらよかったんだけどな」

「……どういう意味だ?」

 ヴィオローデの表情が険しいものに変わる。それに合わせ、ネクシンは殺気を放つ。

「スイームって、あれだろ? アンデッドの塊。魔力核で動いて、グネグネした触手出す泥団子みてーな奴」

「そんなものは知らないな。会話を盗み聞きしていたようだが、全て私たちの憶測だ。その域を出ないから調べていた。それだけのことだ」

「お、良ーいしらばっくれ方だな。俺しか聞いてないのをいいことに」

「人聞きの悪い事を言う。立場、というものが解っていないようだ」

 ヴィオローデは合図と言わんばかりにハンドベルをもう一度鳴らす。

「奴を捕らえろ」

 その指示を聞き終える前にネクシンは行動を開始し、部屋の暗闇に紛れて気配を消した。

 シュトラウスが自分を捜すために動けば、時間を稼げて良し。主に向かえば背後から首を切る。ネクシンは暗闇の中でそう考えていた。

 そして、主を護るよう正面から戦ったとしても勝機はある。

 いくらシュトラウスが手練れの冒険者といえど、自分の攻撃を無傷で回避することはできない。そして奴は毒を喰らう。

 ナイフに塗られた、酸毒、病毒、麻痺毒。治療薬や耐性を持っていたとしても、これら全てを回復させることなど、できるはずもない。メイン装備ではないためナイフの数に不安はあるが、相手は一人。

 しかも話し合えると思っていたのか、シュトラウスは丸腰だ。仮に武器を隠していたとしても、リーチの差がなければどうとでもなる。

(調子に乗った盗人まがいの冒険者が! 身の程を知れっ!)

 呑気に窓際――ヴィオローデのデスクの方へと移動しているシュトラウスの足元を狙って、ネクシンは酸毒が染み込んだナイフを投擲した。その形状は、外科手術に用いるメスの様に細く鋭い。

 両足を狙うように、床ギリギリを滑空する二本の毒ナイフ。速度に加え、見えずらい形状のそれは、明るみに出てからでは躱せない攻撃だ。

 機動力を奪うために投擲された、常人には決して回避不可能なナイフ。それをシュトラウスは軽々とジャンプして避ける。

 だが、それでいい。

 ネクシンは暗がりを這うように移動し、シュトラウスの背後に迫っていた。

 気配を消し、音も立てずにネクシンは麻痺毒ナイフを振るう。

 その凶刃はたとえ防がれようとも、シュトラウスの身体のどこかを傷つける。そうなれば、たちまち神経が麻痺しはじめ、立っていられずに膝を屈することとなる……はずだった。

「なっ……!?」

 届かなかった。

 あと一歩の間合いで、ネクシンの足は止まってしまった。そのせいでナイフは空を切った。

「ほら、そんなとこにいないで。こっちに来ないと見えないだろ?」

 シュトラウスに軽く腕を引っ張られただけで、ネクシンは床に転がった。

 滑る。立っていられない。まるで氷の上を歩いているような感覚だ。

「う……あ……なんだこれはっ!?」

 凍っている。床が、じゃない。自分の靴が。

 ネクシンがそれに気づいた時、手足をつけた床も凍り始めた。そうしてネクシンは瞬く間に手足を床に張りつけられ、四つん這いの姿勢で身動きが取れなくなってしまう。

「無理に剝がそうとすると砕けちまうから、気をつけなー」

 青白い左手に凍気を纏ったシュトラウスは、ちょっとした注意をするような口調で告げた。

「貴様……本当に冒険者か……!?」

 ヴィオローデは文字通り手も足も出ないネクシンと、紅い眼を輝かせたシュトラウスの異様な姿を見て、ハンドベルを持ったまま後ずさっていく。

「何言ってんだ? ちゃんと着けてるだろぉ、冒険者証。あ、それとそのベル鳴らしても誰も来ねーから」

「なに……!?」

 赤いハンドベルが衛兵を呼ぶ為の物とバレている。ヴィオローデはハンドベルが鳴らぬよう、震える右手を左手で抑えた。

「ヴィオローデ様、お逃げくださいっ!」

ネクシンはヴィオローデの方に首だけを上げて叫んだ。

「どこへ逃げろと言うのだ! ……衛兵を……この城の者を全て殺したというのか? 誰にも気づかれずに?」

「殺したというと語弊があります。ちょっと眠ってもらっただけです。ですが、流石! また当たりましたね。やっぱ、プレゼンテーションが効きましたかねぇ」

 シュトラウスは笑いながらネクシンを見下している。

「……貴様の目的は何だ? 金、ではないのだろう?」

「これまた正解! 冴えてますねぇ、領主様。ですが、その質問に答える前に、先にこっちの質問に答えてもらいたいんですがね? それによって答えが変わるんで」

「質問……? ……私はアンデッドについて詳しくはない。ネクシン、答えるんだ」

 ヴィオローデは伏し目がちにネクシンに命じた。

「……はい。……お前の言う通り、スイームは私たちが創り出した新種のアンデッドだ」

「何から創った?」

 シュトラウスは壁際に落ちていた二本のナイフを拾い上げながら訊いた。

「人間だ。何人使ったかは……、……最低でも十人は使った」

「どこで、何人で創った? ヴィオローデが金や材料を出してんのは解ってる」

「場所は……ボルダ山の実験場だ。創ったのは……私を含めて……三人。三人いる……」

「……ていうことは、俺がついてった依頼は研究所に人を送るためのカモフラージュ、ってことか」

「そうだ……。正直に話したから、この氷を解いてくれ……!」

「正直、ねぇ……」

 シュトラウスは手元でナイフを軽く弄んだ後、それをヴィオローデに向かってダーツを投げるように構えた。

「どうですか? ご主人様。ネクシン君、正直に話してますかね?」

「……ネクシン、正直に話せ」

 主にそう言われ、ネクシンは顔を伏せた。

「……全部……一人で、研究しています」

「おーぉ、そりゃ凄ぇ。お手伝いもなく?」

「そうだ……。俺の研究も、成果物もお前にやる。だから、主と俺を助けてくれ……!」

「んじゃ、これから言う質問に全部答えられたら助けてやる」

 その言葉を聞いた時、ネクシンとヴィオローデの瞳に期待と不安が入り混じった。ヴィオローデには期待の色が多く、ネクシンには不安の色が多い。

「お前が研究で犠牲にした人間の名前と性別。どんな人生を送ってきたか。とりあえず十人でいいや。あ、俺と一緒に行った男からにしようか。良かったなぁ、一番思い出しやすいじゃあねーか。男って判ってるし」

 ネクシンは沈黙した。

 関係のない人間なら、でっち上げればバレないと思っていた。だが、一番最初に嘘と見破れる人間を持ってこられると、何も言えない。

(正直に答えた方が良い……。さっきも嘘が見破られた。これ以上重ねては、ますます状況を悪化させてしまう。しかし……)

「答えらんねーのか?」

「……らない」

 嫌な予感がしていたネクシンは、小声で答えるしかなかった。

「あ? なんだって? 大きい声ではっきりと――」

「知らない。覚えていないんだ。確かに名前は聞いたが、そもそも聞いていないことも多かった。それに、あの時はお前の印象が強く――」

「印象なら、あったよな? 特徴が、顔に」

「顔……? 目つきが……悪かった気が……細面で……」

「もういい。残念でした」

「がぁっ!?」

 ネクシンが悲鳴を上げる。

 シュトラウスによって、まるでゴミでも捨てるかのように放られた二本のナイフが、背中の中央に深々と突き刺さったからだ。

 更には口を氷結され、最初の一声以外の断末魔も禁じられた。

「さ、これで五月蠅くならねぇ」

 シュトラウスはそう言うと、ズカズカとヴィオローデの方に歩み寄る。

 声のトーンも態度も、ナイフを刺した前と後で変わらない。それ故に感じる圧と恐怖に押され、ヴィオローデはじりじりと後退し、窓横の壁際まで追いやられた。

「ネクシン君への用は済んだから、次はお前だな」

 シュトラウスはデスクに腰かけると、悠然とした態度で話し出す。

「頭の回るお前はもう気づいてると思うが……俺はお前たちの実験材料の家族から雇われて、ここに来たんだ」

「分かっている……。その家族全員に賠償金を払おう。一生、何不自由なく暮らせるだけの額を! この城下町に住む権利も!」

「全員って……何人いるのか知ってんのか? その家族の居場所も? どーせ、何も知らねぇんだろ? 俺が調べんのか?」

「……私が責任を持って調べる」

「いいって、いいって。その場限りの責任感なんか出されても困るんだよ。だーいじょうぶ、こっから俺の要求に応えてくれたら助けてやるから」

 ヴィオローデが何度も使い、裏切ってきた言葉がその身に刺さる。

 だからこそ上手く立ち回らなくては、とヴィオローデは強く思いながら頷いた。

「じゃあ……あ、やっぱ金の方が解りやすいか。わりぃな、金じゃない、ってカッコつけちまって」

「い、いや! いや……構わないとも。寧ろ、こちらとしては有り難い申し出だよ。もちろん払わせてもらおう」

 思いがけない要求を受け、ヴィオローデは活力を取り戻した声で応えた。

「金貨一千万」

「……は?」

「遥か遠くにある神の国に、蘇生魔法っていうおとぎ話に出てきそうな魔法があるんだとよ。そこまで行って、使ってもらえるように頼む費用。おとぎ話の代物を金で買えるなら、安いもんだろ」

 ヴィオローデは沈黙した。

 確かに、蘇生魔法を金で買えるなら買いたいという権力者はごまんといる。だが、提示された金額は安いなんてものではない。国が一つや二つ買えると言っていい程の値段だった。

「金貨……一千万枚……」

 ヴィオローデは呟くように復唱し、その間に必死に思考を巡らせていた。部下の二の舞にならぬように。

「払えんのか? ……まぁ、無理だよなぁ」

「ま、待て! 待ってくれ! 私が懇意にしている国の大臣や神官に掛け合えば、何か情報をくれるかもしれんし、金さえ積めば蘇生魔法の使い手を紹介してくれるかもしれん! 何せあの国は――」

「神の国、エルフォーマだから。だろ? 無理無理」

「……何故、分かった? ……何故、判る?」

「あの胡散臭い宗教国家にそんな力はない。仮にあったら、その力で神やら救世主やらでっち上げてるだろ。それに近いパフォーマンスはしてるっぽいけどな。んで、そんなとこと連むのはお前みたいな奴ばっか、ってことだよ」

「……そのエルフォーマの神官長と私は取引をしている。秘密裏に、国家間の。そんな私に手を出せば……お前なら解るな?」

 額に脂汗を、顔面に醜悪な表情を浮かべているヴィオローデに対し、シュトラウスはこれ見よがしに白い溜め息を吐いた。

「もちろん、解っちゃいるよ。解っちゃいるけど……」

 まだ解っていないヴィオローデは、固唾を飲んで聞いている。

「止めらんないんだよなぁ。お前も、そうだったんだろ?」

「い……いや、わかった! 解りました! 改心しました! その結果を表す為の時間を下さい! これからは、もっと人の為に生きます!」

「何が解ったんだ? 具体的に言ってみろよ」

「……私は今まで多くの人を不幸にし、犯罪に加担してしまいました。その罪の重さがようやく解りました。なので、私はこれから私財を擲って贖罪します」

「はぁ……。お前さ、多くの人を不幸にするどころか、命まで奪う犯罪をお前の命令でしてたんだろ? それはやっちゃいけないことだ、ってお前みたいな立場の人間なら、ちょっと考えりゃ充分解ることだろ? 命は金より重いってのは時と場合によるが、今回は命の方が――」

「私は! 私は金が命より重いと教えられ、ここまで生きてきました!」

「あぁ……言い方をマズったな。解った。シンプルにいこう。……てめぇが死ぬ覚悟もねえくせに、金で買えない人様の命奪ってんじゃねーよ」

「っ! ……、……ま、待て、どこに……。!? あ! 足がっ!!」

 シュトラウスの冷えた表情と眼を見たヴィオローデは絶望した。次に、自身の足が凍りついていることに気づき、恐怖する。

 その間にシュトラウスはネクシンに近づき、そこに散らばっていたナイフを吟味していた。

「たっ! 頼むっ!! 命だけは!!」

 シュトラウスを追った目線の先で、ぐにゃりと床に突っ伏して無様に動かなくなっていたネクシンを目にし、ヴィオローデは気が動転しはじめた。

 自分もそうなるかもしれない。想像もできなかった「死」が、すぐそこまで迫ってきていることを、まざまざと実感したからだった。そのことに気づいた途端、肉が腐ったかのような死の臭いが鼻腔にへばりついてきた。

「ああなりたくはないっ! ……! そうだっ! ネクシン! いや! エルフォーマの計画には、まだ続きがあるんだっ!」

「は? 何だって?」

 シュトラウスはナイフを二、三本拾った後、ヴィオローデに近づいていく。

「おま……君が知っているのはスイームだけだろう? もう一体! 重要な個体がいると聞いている!」

「……知ってる」

 シュトラウスは、さも興味なさげに言った。

「待ってくれ! 全てを知っているわけではないだろう!? 全て話す! 私の知っていることをっ! だから命だけは……!」

 ヴィオローデは眼を血走らせながら懇願する。

「そこまで言うなら氷漬けはやめてやる。でも、嘘ついてたり、嘘ついてんだろーなーって思ったら、こいつを一本ずつ刺してく。解ったな?」

「わ、解った! ……ベヒモア型は、エルフォーマに依頼されてネクシンが創り出したアンデッドだ。元の個体が安く、手間なく手に入ったから、と聞いている」

「……ふぅん。それで?」

 シュトラウスは口元に手を当てながら相槌を打つ。

「それを使って試験運用を行う予定だった。人類にとって、どれ程の脅威と成りえて、どれ程の冒険者に倒されるか。それを知りたがっていた。今後の計画に向けての下準備なのだろう」

「……ネクシンの見立てじゃ、何て言ってた? スイームより……元の奴より強いって言ってたか?」

「スイームよりも脅威になるだろう、と……。その分、支配下に置くのも時間がかかる、と。

元の個体より強いかは……運用してみないと判らないと言っていた」

「場所は? ボルダ山の実験場とやらで創ってたのか?」

「……案内する。一緒に連れてってくれ」

「は!? あー、そーいうことね」

 シュトラウスは目にも止まらぬ速さで、ヴィオローデの左足を切りつけた。

「ひっ! ぎゃあああ!! あ!! 足がぁ!!」

 傷口からは、まるで強酸をかけられたかのように、薄い煙が立っている。

「ムカついたり、ウゼぇって感じても切ることにしたわ。んで、どこで創ってたって?」

「く……うぅ……山頂に向かう……切り立った岩壁の麓に……森と岩で隠した洞窟……と、聞いています」

 ヴィオローデは目に涙を浮かべながら、ゆっくりと答えていく。

「……分かった。他には?」

「他には……エルフォーマは……様々な方法で……人類の統一を狙って……」

「それは追々、何とかするわ。他は? 現在進行形の計画は?」

「……私が知っている……関わっている計画は……全て話しました。……どうか……何卒、命だけは……」

「本当に?」

 シュトラウスはヴィオローデの顔面近くでナイフを回す。

「ほ、本当です……! これ以上は何も……! だから……命だけは……!!」

「わかった。ダメだ」

 殊勝に振舞うヴィオローデを切り捨てるように、シュトラウスは強く言い放った。

「お前はそうやって命乞いする人間を裏切って、何人殺してきた? 今度はお前がその報いを受ける番だ。馬鹿は死んでも治らないって言うが、俺はそうは思わない。もし、次があったとしたら、自分と他人の命に覚悟を持った生き方をしろ。どう生きても構わねぇから。……難しいこと言ってるかもしれねぇが、解れば変われるからよ。……じゃあな」

 シュトラウスはヴィオローデの怯えた目を見ながら、諭すように話した。

「い……いやだ……まっ――」

 その瞬間、味わったことも、想像したこともない苦痛がヴィオローデの首を襲った。

 熱さにも似た、耐え難い痛みから逃れようと両手が動く。だが、首に深く刺さったナイフは抜けない。ナイフの刃を触ってできた痛みも感じない。

 脳が飛び出んばかりの激痛が頭に駆け巡る。

 赤黒くなっていく視界に映る、去っていくシュトラウスの背。

 最期にヴィオローデは、ガラス瓶が割れる音を遠くに聞いた。

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