第14話



 シュトラウスたちは夕焼けに染まる山を降りていた。

「本当にいいんですか? それだけで」

 フレットは前を歩くシュトラウスに訊ねた。

「ん? あぁ、いーんだよ。倒した証拠がありゃ、銅貨何枚かは貰えんだろ」

 シュトラウスは前を向きながら、あっけらかんと答える。

「それでしたら私たちの物のような、もっとちゃんとした部位を探せばよかったのでは?」

「いい、いい。時間もそんなにねーし。それに、赤い球の破片みたいなのはお前たちが持ってる分しか見つかんなかったろ? ちゃんと任務を出してた召会に持ってった方が良いって」

「それはそうなんですが……あなたの働きに見合ってませんよ」

「気にすんなよ。俺の依頼も済んでることだしよ」

「……さっき拾った眼鏡に関係が?」

「ああ。この間とは別件で、行方不明になった奴を捜してたんだよ。そいつが掛けてた眼鏡がアンデッドの燃えカスから出てきたってことは、そーいうことだろ」

「眼鏡だけ持ってたってことはないのかよ?」

 シュトラウスの隣を歩いていたプローフが話しに入ってきた。麓に着いて視野も良くなってきたので、警戒レベルを下げたからだ。

「いや、ないだろ。生き物しか狙ってなかったからな。わざわざ眼鏡だけ後生大事にしまってはおかんわな」

「その人物のものという……確証は?」

「ユナイダムの眼鏡はそこそこ市場に出回ってるだろ? でも、プレトリットのはオーダーメイド品が多いんだよ。ユナイダムじゃ眼鏡に銀なんて使わないだろ?」

「……使わないな」

 フレットとプローフが判らなそうに顔を見合わせていたので、知っているヤーデンが後ろから答えた。

「まぁ、そーいう訳だから、報酬も名誉もお前たちのもんにしとけよ」

 シュトラウスは軽い調子でそう言うが、陽光の面々は暗い表情をしている。

 アンデッドの炭屑から原形を残して出てきたのは、銀製品ばかりだった。金は無かったから判らないが、おそらく魔力伝導率が高い物質はスライムの酸でも溶けにくかったのだろう、とシュトラウスたちは考えていた。

 そのため、眼鏡が辛うじて原型を留めていることから、フレットたちは自分たちがもう少し早く来ていれば、その人をアンデッドから助けられたかもしれない、と思っていた。

「……んじゃ、一応そいつの名前教えとくから、もしどっかに居たら保護してやってくれ。ハーシー・ウェルスって男だ。どうせもう一回くらいは、ここに来なきゃならないんだろ?」

「そうですね……。おそらくユナイダムに戻って数日後には、また。……その、ハーシーさんの特徴は?」

「お前と同じくらいの背で、線が細い。金髪青眼の典型的なプレトリット人だな。眼鏡が似合う顔……って、そうだな、眼鏡くらいしか特徴っていう特徴ねーな」

 それを聞いて、フレットは困ったように俯く。それだけでは、自分たちが倒しているかどうかも判らない。犠牲となってアンデッドと化したプレトリット人も、何人かいたからだ。

「……分かりました。見つけたら必ず保護します」

「おう、頼むわ。……さて、俺はそろそろプレトリット方面に向かうとしますかね」

「……あなたにこんなこと言うのは失礼かもしれませんが、一人で大丈夫ですか? もし、あれが発生源じゃなかったら……」

「あー、まぁな。あれと同じくらいの化け物が出たら、速攻逃げるから大丈夫だろ」

「この後何も依頼がないなら、俺たちに雇われないか?」

 ゼリエスが最後尾から前に出てきて、シュトラウスに提案した。

 それをきっかけに一団は隊列を崩し、見晴らしの良い草原を前に、シュトラウスを囲むようにして話し始める。

「ありがてぇ話しだが、眼鏡を届けてやりてぇんだわ」

「まだそれがハーシーの物と決まったわけじゃないだろ? なんなら、この辺に拠点でも作って本格的に探そうぜ」

 プローフの発言に、皆が頷いている。

「それに、新種のアンデッドが出たとなると、召会も本腰を入れて調査依頼を出すはずです。そうすればきっと――」

 フレットの言葉を、シュトラウスが片手を上げて制した。

「ハーシーの捜索依頼が出たのは、先週からなんだよ。アンデッドがうろついてる近辺で素人が生きてられるとは思えねぇ。……期待して待たせてる時間は短い方が良い」

「そうなんですね……」

 皆は一様に哀し気な眼をし、口を噤んだ。

「そーいうわけだ。まぁ、俺みたいな腕利きを見つけるのは難しいと思うが、このまま頑張ってガッポガッポ稼いじゃってくれよ」

 シュトラウスは明るくそう言ってゼリエスの方を見ると、彼は深く頷いた。

「んじゃ、お互い夜道に気をつけて帰るとするか! あ……わりぃんだけど、火、残ってねーか? 失くしちまったみてーでよ」

 シュトラウスは腰に括り付けていたランタンを外して、プラプラと振ってみせた。

「……わかった、ちょっと待ってな……。……よし」

 ランタンを受け取ったプローフは、懐からマッチ箱と火つけ石を取り出した。それらを器用に擦り合せて近くの草木に火を熾してから、ランタンの着火剤へと火を移していく。

「珍しい着火剤だな。この紐が切れたらどうするんだ?」

 プローフたちは白い火の灯ったランタンを興味深げに見つめる。外見こそ普通のランタンだが、今ではマジックアイテムに見えるからだ。

「切れたら普通のオイルランプよ。まぁ、魔石を編みこんであるから早々切れねーって言ってたから、奮発して買ったんだがな。実際は分かんね」

 シュトラウスはランタンを皆の顔付近の高さまで持っていき、少し自慢するようにゆーっくりと見せた後、剣の柄頭に吊るした。

「ありがとな。これで帰り道も明るいわ。んじゃ、またな」

「こちらこそ、ありがとうございました! またどこかで会いましょう、必ず!」

 フレットは仲間たちを代表するように、シュトラウスの背中に声をかけた。

 それに応え、シュトラウスは軽く振り返り、左手を上げて笑顔を見せた。

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