第12話
2
フレットは内心、心底嫌だった。
アンデッド捜索――しかも遭遇した場合は討伐――なんていう最悪な依頼は、本当は受けたくなかった。
それは他の冒険者も同じで、報酬が同額か多少低い依頼が出ているのなら、皆がそちらの依頼を受けるだろう。
理由としては、アンデッドというモンスターそのものが嫌われているという面もあるが、やはり不確定要素が多いという面が大きい。
自然発生したのか、人為的に発生したのかにより戦闘力が変わり、数も不明。その上、発生した種類によって有効打が変わるという、厄介な相手だ。
しかも、早急に処理しないと数がみるみる増加する。つまり、先発隊の責任が大きいとも言える。
(こいつらが乗り気にならなければ、私も辞退しようと思ってたのに……)
フレットは周囲を歩く四人の仲間たちをチラリと睨む。
フレットがリーダーを務める冒険者チーム「陽光」も、他の冒険者たちと同様に依頼をやんわり断ろうとしていた。それなのに、目を離した隙にメンバーのうち二人が召会員に乗せられてしまった。片方は色仕掛けで、もう片方は名誉だ。前者は無視するとしても、後者の名誉は確かに魅力的な提案ではあった。
陽光は銅等級冒険者になって久しい。順調なチームなら銀等級になっていてもおかしくはない年月が過ぎている。だが、陽光は依頼に恵まれず燻っていた。
実力的には、銀等級のモンスターに通用するかしないか判らないところではあるが、チーム全員は通用すると自負している。
だから、最終的にはこうして依頼を受けてしまった。
依頼を受ける前に、慎重な意見を出したのはフレットだけだ。多数決で四対一となり、どうあがいても覆せない状況だった。
リーダーの独断で断ることも可能ではあったが、断る理由が不確定要素の多さ以外に明確なものがない以上、チーム内に軋轢が生じてしまう。それは避けたかった。
(昇級が確約されていない上に歩合だなんて……労力に見合ってないって)
今のところの戦果は、前回の捜索で発見した人型二体のみだった。このままだと徒労とは言わずとも、ハイリスク・ローリターンな仕事を受けただけになってしまう。
フレットがネガティブな感情を抱えながら森の中を歩いていると、後ろから声がかかる。
「そろそろ探索地点に着くが、陣形はこのままで行くのか?」
「え? ええ。引き続き前方は私たちが警戒しますので、後方をお願いします」
「了解した」
そう言うと、ザルド人の彼は仲間二人に指示を出している。
(彼がこの依頼の唯一の救いだよ。常に冷静だし、よく周りを見てくれているし、状況判断力も高いし。……彼がリーダーとして動いてくれたらなぁ)
ザルド人の彼――ゼリエスは、陽光が依頼を引き受けた時に協力を申し出てくれた唯一の冒険者で、同じ銅等級だ。聞けば、依頼を終えて故郷に帰るところだったのだが、それを取り止めてクエストに参加してくれたらしい。
(他の二人から頼まれたらしいが、あの二人は冒険者ではなく剣術家……だったか? ゼリエスさんとは同門らしいが……どういった経緯でアンデッド捜索なんかに参加したかったんだろう? ……修業の一環か?)
そんなことを考えながら、フレットは前を向いた。
ゼリエスに言った通り、前方の警戒をしてはいるが、ボルダ山は元々危険なモンスターなど生息していないので、警戒度は低くなりがちだった。
それでも山頂の方は切り立った岩壁などが目立つため、落石などに気を付けなければならない。それ以外は特筆すべき箇所のない、自然豊かで穏やかな山だ。
そんな時、不意にチームの斥候役であるプローフの右手が上がった。一団の先頭を歩く彼からの「止まれ」の合図だ。
「右前方に一体。距離は五ヘーテル(五十メートル)あるかないか。この臭いは……当たりだと思うぜ」
「ああ。こちらも確認した」
プローフの嫌そうな報告を受け、最後方のゼリエスも頷いた。
「分かりました。まずは一体だけか確認しましょう。射線が通るところは……あそこの広い場所にしましょう」
フレットの提案に皆は頷き、彼が指し示した場所付近まで移動した。その先には、木々や背の高い植物が生えていない、平坦な空間が広がっている。
「私がこれを投げておびき寄せるので、ゼリエスさんたちは引き続き周囲の警戒をお願いします。ヤーデン、なるべく引き付けてから射ってくれ」
「了解!」
抑えめだがハッキリと返答した陽光の弓兵、ヤーデンはロングボウに矢を番える。
フレットは皆に目配せしつつ、赤い液体の入った細いガラス瓶の栓を今一度きつく閉めた。
「いきますよ!」
フレットは掛け声と共に、前方の広い空間のちょうど真ん中、土が見える場所目掛けて瓶を投げる。瓶は勢いよく宙を飛び、目標の地面に着弾した。
パリィンッと甲高い破砕音と共に、飛散する赤い液体。それに一番機敏に反応したのは、フレットたちから四十五メートル離れた地点にいるものだった。
赤い液体から漂う鉄のような臭いに誘われて、茂みを揺らしながらヨタヨタと現れたのは、人型のアンデッドだ。
姿こそ人間種の男性だが、着ている服どころか皮膚は所々破け、完全に血の気の引いた青白い肌と肉が見えている。その顔も人としての理性を失っており、半濁した黄色い瞳の視線は定まらず、半開きになった口からは微かな濁音が漏れていた。そして、既に臓物が腐っているのか、腐臭とも死臭とも言える臭いが全身から立ち込めている。
皆は死体が負の魔力を帯びて動いている様を視認し、眉を顰めた。その中で、ヤーデンだけは無表情で弓を構えた。
アンデッドは骨が見える腕で奇妙なバランスを取りながら、どんどん近寄ってくる。
そして、茂みから広い空間に一歩目を踏み出した瞬間。
ドスッ! という鈍い音と共に、アンデッドのふらつく頭に矢が突き刺さった。
その一矢により、アンデッドは壊れた人形の様に地に倒れ伏し、動かなくなる。
「よしっ!」
ヤーデンをはじめ、陽光の面々の口角が上がる。
「次だ! 後方に三! 骨一、人二! こっちは俺たちが仕留める。周辺警戒を頼む!」
ゼリエスが声を轟かせ、後方のアンデッド集団に向かう。
「来たぞっ! 獣型二体だ!」
周囲を見渡していたプローフが声を張り上げた。
フレットたちはすぐさま彼の指し示す方向を確認する。そこに姿は見えないが、不規則、不自然に茂みが大きく揺れている。
「プローフ、下がって周辺警戒を! 私とヤーデンで右をやる! ウェリアとドンストンは左を頼む!」
「了解!」
陽光の皆の声が重なると、各員はそれぞれに陣形を組み、即座にアンデッドを迎え撃つ態勢を整えた。
その直後「ゴロロロロッ!」と声帯に空気が巻き付いたような唸り声を上げ、獣型アンデッドがフレットの前方に飛び出してくる。
元はイヌかオオカミかと思われる四足歩行の中型獣で、疎らに赤黒い毛並みをしている。しかし、双眸と口元だけは新鮮な赤い血で濡れていた。
(あと何体いるか判らない以上、早めに仕留める!)
フレットは追い立てるように、ロングソードを大振りに振るう。
獣型はそれを避けるべく、単調にバックステップをして距離を取った。
アンデッドの強みは、痛覚がないことだ。それにより、茂みや木々、岩にぶつかることを躊躇わない。それは、こちらの攻撃に対しても言える。なので、相打ち上等のカウンターや、思いがけない行動による回避などに注意しなければならない。
それらに気を付けながらフレットは何度か攻防を繰り返し、獣型に学習能力がないと判断した。その瞬間、ヤーデンが図ったかのように矢を放った。だが、先程のように頭部に命中して一撃とはいかず、胴体に突き刺さって動きを鈍らせるのみに留まってしまう。
しかし、フレットにはそれだけで充分だった。
獣型に矢が命中した瞬間。一気に距離を詰めたフレットは、先程の大振りが嘘のような鋭い剣閃で、獣型の首を断ち切った。
獣型の頭と身体が動かなくなり、再び死んだことを確認したフレットは、仲間たちの戦況を窺う。
ゼリエスたちも、ウェリアとドンストンもアンデッドを無傷で仕留め、こちらに近寄ってきていた。
フレットはそこまで心配してはいなかったが、自分の予想通りの結果に胸をなでおろした。
「お疲れ様です。他には……」
フレットは自身でも確認しながら、プローフに視線を送る。
「ああ、近くには居ない」
「まだ居そうですか?」
フレットはプローフの含みのある言い方が気になった。
「……なんとなくイヤな気配がする」
「それには同意だ。違う臭いが混じっている気がする」
ゼリエスの険しい目つきを見て、フレットたちの顔も緊張で強張っていく。
「アンデッドを一体見たら、その十倍はいると思え」とある冒険者が遺した格言が、フレットの脳裡を過ぎった。
「上だっ!」
突如、ゼリエスの吠えるような声が飛ぶ。
皆が弾けるように空を見上げた。そこには、木々の間からこちらに向かって飛んできている二体の人型の姿があった。
「避けろぉ!」
そうフレットは叫んだが、皆は言われるまでもなく一目散にその場から逃げている。
「飛行能力のある人型アンデッドなんて、聞いたことないぞ!」
プローフが悲鳴混じりに、そう叫んだ。
「よく見ろっ! 落ちてきてるんだ!」
ヤーデンの言う通りだった。まるで高いところからジャンプしてきているのか、はたまた投げ飛ばされてきているのか。アンデッドたちは勢いよく飛来し、着地もままならず地面に激突し、肉片を飛散させている。
「もう一体来るぞ!」
ゼリエスの掛け声に即座に反応し、各々が回避行動を取ろうとする。だが、今回飛んできた人型は不幸にも木の枝に当たり、下方に大きく軌道修正したまま茂みに突っ込んだ。
それをいち早く察知していたゼリエスは、素早く茂みに近寄り大剣を抜いている。無骨に見えるが良く手入れされた鋭く太い刀身は、茂みから這い出てきた人型の首を難なく落とした。
「うわぁぁっ!!」
「ウェリア!」
次の落下に備え、皆が上に気を取られていた、その時。
ゼリエスに次ぐ大柄な体躯のウェリアが、軽々と宙に浮かび上がった。
その光景を見たフレットたちは、何が起きているのか解らず、頭が追いつかない。
まるで吊り上げ式くくり罠に引っ掛かった様に、ウェリアは片足を何かに引っ張られて宙に吊られ、それに引き寄せられている。
問題はウェリアを釣り上げるように引っ張っている、その「何か」だった。
ヘドロを塗り固めて作った植物の蔓の様なものが、ウェリアの筋肉質で太い脚にしっかりと巻き付いている。
ウェリアは何とか体勢を整え、斧でそれを斬りつけようとする。だが、その度にそれが鞭をしならせるように動き、ウェリアは態勢を崩される。
「くっ、くそっ! あっ! ああああ!!」
宙に浮いたまま暴れるウェリアが、勢いよく蔓の根本の方へと引き付けてられていく。まるで、釣り上げた魚を手元に回収するように。
その後をすぐに追ったプローフは、茂みを抜けた先の光景を見て、絶句した。
「な……んだよ……あれ」
ヘドロの塊の様な、汚泥の煮凝りの様な、黒茶色のスライム状の塊。見ても嗅いでも吐き気を催す物体がそこにいた。
その半径二メートル程の大きさの濁った粘液の中で、一際目立つ目玉の様な赤黒い球体がグネグネと蠢いている。プローフはそれと目が合った気がして、鳥肌が立った。
「ぅあっ……嫌だ! 助けてくれぇ!!」
斧をがむしゃらに振るうウェリアの悲鳴を聞き、金縛りにあったかのように引きつって動けなかったプローフの身体が、ビクッと動く。
だが、プローフをはじめ、駆けつけたフレットたちには間に合わなかった。
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