第11話
四節
1
シュトラウスは馬車から降りた。
「助かったぜ、ありがとーよ」
シュトラウスは黒い客車に手を伸ばし、身なりの整った黒い礼服の男と握手を交わした。よく見れば判るが、車体には金の装飾も施されている。
「こちらこそ。楽しい時間を過ごせて何よりだったよ。よければ、もう少しお喋りを楽しまないか? 護衛として、報酬も出せるが?」
「悪ぃな。格安で受けてやりたいところなんだが、あっちの美人さんの先約があるんでな」
シュトラウスは親指で後ろを指した。その先には、広大な草原の中に聳え、陽の光を後光の様に受けたボルダ山の威容があった。
「そうだったな。あのスレンダーな美しさに、私などでは勝てん」
貴族の男は少し残念そうに、おどけたように言った。
「そういうこった。じゃ、またな」
そう別れを告げて、シュトラウスは馬車から離れる。貴族の男も笑みを残して客車の扉を閉めた。
それを合図に、軽装騎士の様な装備の御者は一礼し、華麗な手綱さばきで二頭の黒馬を操って、ユナイダム方面の街道へと駆けてゆく。
「さて、来てみたはいいものの、どうするかねぇ」
行き当たりばったりのような雰囲気を出しながら、気怠くシュトラウスは身体を伸ばした。
一応ここに来る前、あの時一緒に雇われていた御者を捜していたのだが、予想通りの結果に終わってしまっていた。その直後、先程の貴族と知り合った運びだ。
(あいつを雇えてたら、行き帰りが楽になったんだが……。まぁ、行きが楽になっただけでもラッキーか)
だだっ広い草原を遠くまで見通せる昼過ぎの時間帯なので、シュトラウスは何も気にせず不用心に獣道へと踏み入る。
(このまま山に入ったとして、手がかりが見つかるかどうか……。それに、アンデッドがどうなったか気になる。発生源も含めてな)
遥か前方に聳えるボルダ山を眩し気に見つめながら、シュトラウスは歩を進めた。
(ここ数ヶ月で同じような依頼は二、三件しか出てないって言ってたが……こっちにアンデッドの情報がない以上、照らし合わせることもできねぇし……かといって、ユナイダムに行って調べるのは手間だし時間かかるし……)
シュトラウスの思考の波に合わせるように、柄頭に付けたままのランタンがゆらゆらと揺れている。
(……考えるだけ無駄か。とりあえず納得いくまで捜して、何も出なかったらそれまでってことで。……フェインたちには気の毒だがな……)
懐かしむように目を細め、空を仰ぐ。雲一つない澄み渡った広い青空だったが、シュトラウスの気持ちは晴れなかった。
そうして、シュトラウスが汗をかきながら黙々と歩き、しばらく後。
「ふーっ……さて、そろそろ気合入れて捜してみっか」
長い息を吐いた後、そう口に出して意気込んだシュトラウスは、本格的に探索を開始した。
といっても、シュトラウスに探索能力や、そういった技術はない。なので足を使い、五感六感に頼った捜索となる。
ボルダ山は山頂に近づくにつれ、切り立った岩壁が多くなる険しい岩峰だ。
そこから流れる川はボルダ山と同様に、まるで国境の様にユナイダム連合王国とプレトリット王国を二分している。事実、ここはどちらの領土でもない緩衝地帯とされていた。
(それで戦争にならねぇのは良いこったが、目が届かねぇ分、アンデッドやら人身売買やら魔法実験やらの面倒事が起きると対処が遅れるよなぁ。……まだ起きたとは決まってねーけど)
その証拠があるかどうかを中心に、シュトラウスは探索していくつもりだった。
まずは川からだ。いくら夜目が利くといっても、暗闇の中で水辺を調べるのは骨が折れる。なので、川下から上り、上流の調査が終わってから山中を探索する予定を立てていた。
下流の水深は浅く、深い場所でもシュトラウスの鳩尾くらいまでしかない。それが五メートルから十メートルの間で幅を変えながら、更に下流にある谷へと流れていく。
シュトラウスは河原の砂利を踏みしめ、自分の身長より高い岩によって影が掛かっている川岸でしゃがんだ。そして川の水を手で掬い、臭いを嗅いだり、じっと見つめたりしている。
(アンデッドは水を嫌うし……大丈夫だな)
そう判断したシュトラウスは、今度は川の水を両手で掬って何度か顔を洗った。
(はぁー……気持ちぃー……!)
水の涼しさを浴び、気持ち良さそうに顔を振った後は、ナップザックから水筒を取り出し、蓋の部分を使って水を掬い、勢いよく飲んだ。
「ふぅー、……美味いな。入れてくか」
アンザスで補充したコルヒー(コルヒーの実を挽いて作る、黒色の飲料水)は、既に飲み干していた。なのでシュトラウスは、水筒を川に突っ込んで水を調達する。
「よしっ、行くか!」
少し休憩して気合が入ったシュトラウスは、ナップザックを担いで立ち上がると、川周辺を見つめながら上流へと歩いて行く。
「なんか流れてきてねーかなー」
シュトラウスは川の中間に足場となりそうな岩を見つける度、軽々とそこに跳び乗っては水底や川縁を見つめ、探索を進めていった。
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