第7話

三節




 少年は、やっと辿り着いた。

 父の行方を捜して街中の知り合いを尋ね、父が立ち寄りそうな場所で聞き込みをし、七日かけてようやく手がかりを得た。

 少年は今、黒い無骨な建物――冒険者召会の前にいる。

 父の話しには一度も出てこなかった場所だし、暴力が苦手な優しい父親とは無縁の場所に思える。

 それに少年の家は、冒険者召会があるイスアンデルのはずれ――プレトリット王国スペントガルド領の内側にあるので、モンスターやら冒険者などとは全くと言っていいほど関係がない平和な生活を送ってきた。

(こんなところに父さんが……。でも、もうここしか残ってない)

 少年は父を捜すという使命感から勇気を奮い起こし、モンスターの口の様に見える黒くて大きなアーチを恐る恐るくぐっていく。

 光が当たる先、ぱっと明るく開けた中は、思った以上に綺麗で眩しかった。

 天井から降り注ぐ日光と魔法の灯りが黒い壁を照らしているので、圧迫感が和らいでいる。それのおかげか、酒場の様にテーブルやイスが並んでいても、清潔感に溢れている。こういうところ特有の、濁った空気のような臭いもしない。

 だが、そこに座っている大人たちは怖い。行き交う人たちも怖い。様々な武具を所持しているからではない。男女問わず、そこいらの大人とは違う物々しさや厳しさをもち、思わず緊張してしまうくらいの張りつめた雰囲気を感じる。

 少年はそれらを敏感に感じ取り、入り口で足が竦んでしまっていた。そこに、紺色のズボンを穿いた女性が近寄って来た。

「どうしましたか? 何か頼みたいことでもありますか?」

「ち……違い……ます」

「それじゃあ……どなたか捜してますか? それとも待ち合わせ?」

「さ、捜してます! お父さんがいなくなっちゃって!」

 召会員はそういう意味で訊いたのではなかったので、目を丸くした。

 だが、モンスター絡みでいなくなってしまったのかもしれないと思い、少年の話しをちゃんと聞くことにした。

「分かりました。じゃあ、ちょっとこっちに座ってお話しを聞かせてください」

 周囲にクエストを受注しそうな冒険者がいないことを確認して……というよりも、召会内に疎らにいる冒険者たちも、突然現れた珍客に興味があるようだった。

 少年は大人たちに見られながら木のイスに登り、緊張で汗を掻きながらもポツリポツリと事情を話し始める。

「……お父さんが、一週間前からいなくなっちゃって……それで、僕がずっと捜してて……。ここでお父さんを見たって人を見つけて……ここなら、お父さんがどこに行っちゃったか分かると思って……来ました」

「そうだったのね……。お父さんの特徴を教えてくれませんか?」

「優しくて、何しても怒らなそうな顔してます。だから、ちょっと弱そうに見える。あと、普通の人よりちょっと背が高いです」

「えっと……他には?」

「あ! メガネっていう珍しい物を顔に付けてます!」

 少年は慌てて付け足した。それにピンと来たのか、召会員は「ちょっと待っててね」と言って立ち上がった。

 召会員は受付カウンターの内側に入り、今月分の依頼書が保管されている棚を調べ始めた。依頼書は週、月、年単位で保管されており、丁度一週間前から遡って探し始めた彼女は、依頼書の束を何枚か捲ったところで、すぐに目当ての依頼書を発見した。

 元々怪しい依頼だと思っていたので、記憶にも残っている。しかも確認すると、受注者はまだ報酬金の銀貨三枚を受け取りに来ていない。

 召会員はその依頼書を束から外し、少し険しい表情で少年の許に戻ってきた。

「お父さんの名前を聞いてもいい?」

「はい……ハーシー・ウェルス……です」

 少年は不安気に召会員の顔を見上げながら答えた。

「あ、違うのよ? 魔物の被害に遭ったとかじゃなくて、依頼人として来ていたの。……そうね、冒険者の人にお仕事を頼みに来てたの」

 屈んだ召会員が慌ててそう言うと、少年は目を輝かせ、早口で捲し立てるように質問する。

「どんな仕事をしてたのか分かりますか!? その冒険者の人は!? いつ頃頼みに来たんですか!?」

「落ち着いて! ……お父さんが頼んだのは護衛って言って、冒険者さんに自分のことを守って下さいっていうお願いだったわ。来たのはちょうど一週間前ね。その仕事を頼んだ冒険者の名前は、シュトラウス・ガイガーさんよ」

「シュトラウス・ガイガー……」

 少年は手がかりになる人物の名前を忘れないよう、口に出して覚えようとしている。

「こっちに来て」

 召会員は立ち上がると、少年を手招きした。

 少年は言われるがままイスから降り、召会員についていく。

 召会員は受付カウンター近くの丸椅子に少年を座らせた後、カウンターの奥から水の入った木製のコップを持ってきた。

「依頼を受けたガイガーさん、まだお金を受け取りに来てないんだ。だから、ここで待ってれば会えると思うよ」

 召会員は微笑みながら、コップを少年に渡した。

「ありがとうございます……!」

 少年も笑顔でお礼を言った。

 召会員はその無垢な笑顔を見て、少し心が痛くなった。

(この子のお父さんが、ガイガーさんと帰ってきてほしい。ちょっと仕事が手間取っちゃっただけだ、って。でも……)

 召会員は少年に見えないよう、依頼書に目を落としながら顔を背けた。

 護衛依頼で冒険者を雇う事はよくある。だが、報酬金が手渡しではなく召会を通すことや、この金額の高さはおかしい。しかも、内容や対象がほとんど明記されていないとなると、どうにも怪しく思えてしまう。

 通常の護衛依頼ならば、報酬は依頼達成時に全額手渡しで、依頼の前後に分けて支払うことなどしない。装備を整えて依頼に臨んでほしい、という場合以外。

 しかも、前後合わせて銀貨五枚だったら、交渉次第では銀等級冒険者も雇えてしまう。銅等級に依頼するなら銀貨一枚で充分だ。

(もし、ガイガーさんも帰ってこなかったら、この子は……)

 依頼書を読めば読むほど不安になる召会員をよそに、ウェルス少年は父の行方を知る冒険者を期待しながら待っていた。

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