第6話



 シュトラウスは帰路についていた。

 御者台の明かりが僅かに車内を照らしているが、そこに揺らめく影はシュトラウスとフードの男のものしかない。

 冒険者たちには初めから旦那様一人で逢引していたと説明していた。旦那様は口数の少ない高飛車な貴族という設定にし、深く詮索されないうちにその場を後にした。

「ハーシーはどうしたんだ?」

 冒険者たちの姿が見えなくなった頃、シュトラウスはフードの男に訊ねた。

「……向こう側についていった。それしか言えない」

「なるほどね……。機転を利かして旦那様を助けたにも関わらず、それしか言えねぇか」

「助けられた覚えはない。あれも仕事の範疇だ」

 フードの男の変わらない冷淡な声が返ってくる。

「へぇー。じゃあ、もっとまごついて上手く喋れなかったり、オッサンに対応を任せた方が良かったってことか」

「おい! 俺を出すな!」

 聞き耳を立てていた御者が、すぐさま反応した。

「オッサンは殺気立ってたから、あのまま冒険者たちと殺り合って、お互いに死人でも出た方が良かったかもなぁー。俺たちが上手く死んだら、報酬払わなくて済むもんなぁ。でも、向こうにプレトリット側から怪しい奴らが来てることがバレて――」

「わかった。確かにお前たちの機転のおかげだ。だが、ハーシーについては俺も知らない。向こう側に引き渡すことしか聞いていない」

「アンデッドについては?」

「知らない。そんなものは、お前たち冒険者の方が詳しいんじゃないか?」

「まぁ、な。でも、こっちには依頼出てなかったんだよなぁ。そこそこ危険度高いから、良い稼ぎになるんだが」

 シュトラウスの言葉に、フードの男は反応しなかった。もう話すことはない、といった様子で足を組み、黙り込んでいる。

(まぁいいか。こいつも使いっ走りっぽいからな。……いや、どーなんだろーなぁ。カマかけてみるか)

「んじゃ、こっからはなんもないと思うんで、俺はひと眠りさせてもらおうかな。もし、なんかあったり出たりしたら、声かけてくれ」

 そう言ってシュトラウスは横になった。それに対し、フードの男は何も言わない。

 そして、数時間後。

 馬車はプレトリット王国スペントガルド領内に何事もなく着いた。

(なんもしてこないんかいっ!)

 シュトラウスは寝起きのようなボーっとした顔で、フードの男を見つめた。それでも男は何も言わず、不快そうに足を組みなおすだけだった。

「もう着きそうだな」

 シュトラウスは軽く伸びをして、前方の暗闇に薄っすらと浮かんでいる街の明かりを見ながら、フードの男に話しかけた。

「馬車は街の入り口で停める。報酬は召会から好きな時に受け取ればいい」

 フードの男は懐から封筒を取り出し、それをシュトラウスに渡した。

「これを見せればいいんだよな? 中、確認してもいいか?」

「ああ。……それと」

 シュトラウスが封筒を開け、ハーシーのサインが書かれた契約書に目を通していると、男は腰に手をかけた。そして、ベルトに付いている三つのポシェットのうちの一つを開け、中に指を入れる。そうして、チャリチャリと金属同士が当たる音が聞こえるた後に出てきたのは、二枚の銀貨だった。

「上手く働いてくれた分、追加報酬だ」

「お! マジかよ、サンキュー!」

 シュトラウスが手のひらを出すと、フードの男はそこに銀貨を一枚だけ落とした後、条件を付け加えた。

「お前は今日見たこと、聞いたことを他言しない。覚えていない。いいな?」

「分かってるよ。元々、口は堅い方だ」

 フードの男はその返事に頷き、もう一枚の銀貨をシュトラウスの手のひらに落とした。銀貨同士がぶつかる、チャリンという景気の良い音がシュトラウスの耳をくすぐる。

(召会にアンデッドのこと聞きに行こうかと思ってたが……貰うもん貰っちまったからなぁ。寝てる間も何もしてこなかったし……考え過ぎか)

 シュトラウスは少し考えながら二枚の銀貨を見つめていたが、納得したようにそれを握ってポケットにしまった。

「うし! じゃあ馬車から降りて、召会に金貰ったら馬鹿になるわ!」

 シュトラウスは笑顔でそう宣言した。

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