第4話
2
シュトラウスはきな臭さを感じていた。
道中までの護衛として、前金で銀貨二枚。依頼達成時に更に銀貨三枚。銅等級の冒険者に支払われる報酬としては、破格の金額といっていい。同様の依頼だったら、銀貨一枚出るかどうかだ。
なので、多少の事には目を瞑ろうと思って受けたが、道中がこんなに長いとは聞かされていない。もちろん、プレトリット王国外に出るということも。更には護衛対象も、何をもって成功というのかさえ聞いていない。
(仲介人のこいつすら知らねぇ、ときたもんだからな。御者も行き先までしか知らねぇだろうし、フード男は喋らねぇし……。めんどくせぇことに巻き込まれてなきゃいいけどなぁ)
考えても仕方のないことだと思ったシュトラウスが、暇すぎるのでひと眠りでもしようとした、その矢先。馬車がスピードを落とし始めた。
「そろそろ着きますが、どの辺りまで行きゃあいいでしょうか?」
御者のしわがれた大声が前方から聞こえる。外見通りの濁声だが通る声だな、とシュトラウスは思った。
「もう少し先、川が見えてくるところまでだ」
フードの男は、淡々と返事をした。
(こいつは逆に若すぎるくらいの声なんだよな。俺……は置いといて、ハーシーよりも若いんじゃねぇか?)
シュトラウスは横目でフードの男の口元を見た後、再び前を向いた。
「ボルダ山か。そんなに強ぇモンスターは居ないな」
皆に聞こえるよう独り言を言う。どうせ何か訊いても答えないだろうと思ったからだ。
「そうなんですね。それは良かった」
代わりにハーシーが不安気な声で答えた。
(こいつは俺にもフード男にも気を遣ってんだよな。でも、フード男が雇い主って感じでもねぇし……。上役か、上流階級か……?)
ハーシーが誰に雇われているのか、シュトラウスに興味はない。ただ、仲介人を挟んでくる人間は、裏の顔を持つ権力者が多い。そのことが少し引っかかっていた。
「じゃあ、そろそろ本当のことを教えてもらおうか。ただの護衛として雇ったわけじゃあねぇんだろ?」
シュトラウスはフードの男に向かって、そう言った。
「……本当に護衛だけだ。この馬車のな」
「は?」シュトラウスの目が丸くなる。
「目的地に着いたら、俺とハーシーで依頼人の下に向かう。お前は俺たちが帰って来るまで、この馬車の護衛をする。それが仕事内容だ」
「マジかよ? こんな大して危なくもねぇ草っぱらで? 俺もそっちについてった方がいいんじゃねぇか?」
「そうしたら、誰が馬車を守るんだ? 何度も言わせるな」
シュトラウスは眉間に皺を寄せ、何か言おうとしたが、やめた。
クエスト内容を詮索して慎重に事を進めるタイプではないし、機嫌を損ねると金払いが悪くなる可能性もある。
フードの男の冷淡な声が、それを物語っている気がした。
(まぁ、言質は取ったし、誰にも見られたくない取引とかがあるんだろ……たぶん)
そう話しているうちに馬車はどんどん減速し、御者台から川が見えてきた辺りで停車した。
「行くぞ」
フードの男はスッと立ち上がり、ハーシーに短く声をかけてから下車した。
「は、はい」
ハーシーは少し慌てて、その後を追っていった。
「……本当に行っちまいやがった」
シュトラウスは馬車の昇降部で足をぶらつかせながら、二人を見送っていた。
行き先は、だだっ広い緑の草原を越えた先にある、とんがった頂が夕焼けを刺せそうな山影が特徴的な、ボルダ山の麓のようだ。
(フードの方は、そこそこできそうな感じだったから大丈夫だと思うが……。こっちもそうだし……)
シュトラウスはのけぞって、御者の後ろ姿を逆さまに見た。
ただ背中を丸めて御者台に座っているだけじゃない。しっかりと周囲を警戒しつつ、こっちのことも警戒している。それになにより、御者台に敷いてある布の下に剣を隠している。
おそらく元冒険者か、長年裏稼業に勤めている者だろうとシュトラウスは予想していた。
「なぁ、喉乾いたし、あそこの川岸まで移動しねぇか?」
シュトラウスが御者台に身を乗り出し、顎で川岸をしゃくりながら話しかける。
御者はそれに対し、ギロリとシュトラウスを睨むだけだった。
「だーいじょうぶだって。俺が変な気起こすと思うか? こんな楽な仕事で銀五も貰えてんだぞ? 単純に待ってるだけってのが暇なんだよ。おたくの仕事の邪魔はしねぇって」
「……。そうか、分かった」
御者はシュトラウスをジッと見つめた後、そう返事をして馬車を動かした。
「おー、話しが分かるねぇ。馬も喜んでるぜ」
シュトラウスは笑顔で御者の肩をポンポン叩きながら、上流に聳えるボルダ山を横目で見ていた。
(さて……このまま楽な仕事で終わってくれるかどうか……)
シュトラウスの懸念を乗せたまま、馬車はゴトゴトと川岸まで進んでいった。
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