第12話

「はぁ、はぁ、はぁ」

「……ソフィア様!」

ソフィア様はその場に倒れてしまう。

『わき腹に傷があります、氷で止血していたようですが気を失ってそれも解けたようです。コハル様、早く治療を』

「うん」

すぐに傷口を氷で塞ぐ。

「ありがと……」

そう言ってソフィア様は気を失った。



「ソフィア様!」

『正しく対処できています。命に別状はありません』

「良かった……」

『ソフィア様を屋敷に運びましょう』

「分かった」

そう言って僕はソフィア様を抱き抱えようとした時。

後ろから突如、パチ、パチと手を叩く音が聞こえた。

「いやあ、良いものが見れたよ」



その声は低く、どこか思いやりを感じるような。

その声は遅く、何かを企んでいるような声でもあった。

『コハル様、逃げて下さい』

ゼラがそう言ってくる。けど、逃げられないと本能的に悟る。

「誰ですか?」



僕は警戒しながら質問する。すると男は笑って言った。

「そうだね、強いて言うなら。黒幕と言っておこう」

「黒幕……どういう」

そう質問すると、ソフィア様に二本の指を指しながら話し始める。

「彼女一人で倒せない悪が彼女の前に立ちふさがった時、どうするのか見たくてね」

男の言っていることが理解不能だった。分かるのはこの男が危険だということだけだ。

『コハル様、こいつに近づいてはダメです』



「バルトラムをこの街の統治者として、計画を実行させようとしたのは私だよ」

男はそう言って肩を竦める。

「何の為に!」

「そうだね、理由と言えるものは二つかな。一つは計画を実行させ大罪の器となる者を呼び出したかった」

「二つ目はその子の雄姿を見たかったから」

「なんでソフィア様を?」



「昔、一度会ったことがるんだ。あれは五年前だったかな。ひどく見惚れたものだよ、その子がその手を血にぬらす事はね」

その言葉を聞いた瞬間、我慢の限界だった。

『駄目ですコハル様!』

ゼラの忠告も無視して僕は男に魔法を放った。



「【欲望の瓶の上に腰かリリスける者】」

だが、僕の攻撃は男の前で止まった。

まるで時が止まったように、そして男が手を払うと魔法が消えた。

『コハル様!』

「良いね、その怒りに満ちた目」

男は僕を見下しながら言う。

「でも、勘違いしないでくれ。君たちに危害を加える気も無いし、計画も白紙にしよう」



「そんな話、誰が信じると……」

「私にとってはこれも余興に過ぎないからね、どうでもいいのさ。まあ信じる信じないは、結果次第だろう」

そう言って男は僕に背を向ける。

僕はそう言うが、男は振り向きもしない。そして最後に一言だけ言い残して消えた。

「君も良いね、好きな目をしてるよ」

そう残して、男は消え去った。



男が去って最初に感じたのは、生き延びた喜びだった。

『コハル様……戻りましょう』

「待って、腰が抜けて……立て、なくて」

『そのようですね、仕方が無いですので少し休みましょう』





ゆっくりと目を開ける。ここは……そう考えているとコハルの顔が見えた。

「起きましたか、ソフィア様」

柔らかい太ももが後頭部にある。

「コハル……私」

「あの後すぐに倒れて、それに……」

そう言って口ごもるコハル。



「そう、ありがとう。もう大丈夫よ」

そう言って体を起こすとコハルが心配そうに見てくる。

「本当に大丈夫ですか?まだ横になっていた方が……」

「大丈夫……バルトラムは殺せたのよね」

「はい、でも……その」

そう言ってコハルが口ごもる。私は起き上がり周りを確認する。



「……あの後どうなったの?」

「後ほど話しますので、傷が酷いですし一度帰りましょう」

「そうね、分かったわ」





その後、ウルさんと合流し屋敷に戻った。

屋敷に戻ると奥様は玄関の扉を開けると同時にソフィア様の姿を見て、泣きながら抱き着いた。

「心配させて!もう!」

「ごめん、なさい」

「本当に、傷だらけじゃないか。心配かけて……」

「ごめん、なさい」

二人はそう言ってソフィア様を抱きしめていた。



「ソフィア様……」

アイシャさんは少し離れた所から、ソフィア様の無事を確認し、ホッとしていた。

「本当に、よかったのじゃ」

「ウル、コハル。ありがとうね」

旦那様が僕達に労いをくれる。



「コハルが居なきゃ私は何も出来てない。今回の御手柄はコハルのものだ」

「そんな」

「称賛は素直に受け取るのじゃ」

セイラさんに釘を刺され、僕は照れながら頷いた。




その後、僕はソフィア様の傷の手当てをしていた。

「これで、大丈夫です」

僕は包帯を巻き終わり、上着を渡す。

「コハル、さっき言い渋ってた事は何?」

「それは……ある男と会いました、低い声でゆっくりな話し方で。ソフィア様と合った事があると」



「……多分そいつはルシュディ」

その名前を呟いた瞬間ソフィア様は顔を曇らせた。

「昔に一度だけ、あの時の恐怖はこびり付いて落ちない」

そう言ってソフィア様は目を伏せる。その姿からは恐怖が伝わってくる。

「何て、言ってたの?」

「計画を立てたのは自分だと、それと……ソフィア様が一人で倒せないような悪と出会った時、どうするのかが見たかったと」

ソフィア様は少し考えるように、顎に手を当てた。そして口を開く。



「はぁ、まんまと踊らされてバカみたいね。でも、コハルのお陰で助かったわ」

「はい、どういたしまして」

僕はそう言って笑った。ソフィア様はそれを見て少し顔が赤くなる。

話しを変えるようにソフィア様は僕に質問する。

「それで、コハルは何者なの?」



「あの魔法、私みたいな多重属性を使えるスキル?配下とか言ってたけど」

「えっと……その【欲望の瓶の上に腰かける者】ってスキルがあるんです」

「これはえっと、配下になった人の力をそのまま得られる物なんですけど」

僕は恐る恐るソフィア様に話した。

「……何それ、無法が過ぎない?」

「その、僕もこれが初めてで」

「そう、まあ良いわ。で、私はコハルの配下になった訳だけど何かデメリットでもあるの?」



そう聞かれ、ゼラに聞いてみる。

『特にございませんが、コハル様の言う事には逆らえません』

「……えっと、僕の言う事に、逆らえなくなるみたいです……」

言葉に詰まりながらなんとか言葉を吐く。

「そう、それだけなのね」

「良かったわ、命が助かったんだから随分と安い物よね」

そう言ってソフィア様は笑った。



「どうにか解除する方法を探してみます」

「必要ないわ」

「はい?」

「このままで良いと言ったのよ」

そう言ってソフィア様は立ち上がった。

「え?あの~」

「一つ、考えてることがあるの。もしするならその後ね」

そう言ってソフィア様は部屋に戻った。

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