第3話

それからアイシャさんに屋敷を案内された。

食堂、大広間、大浴場、トイレに倉庫にetc.

「次案内するのは、旦那様の書斎ね」

「旦那様ですか……」

「すっごい優しい人だよ」

「そう、ですか」

アイシャさんが書斎の扉を開けた。

中はとても綺麗で、整理整頓されている。

窓際にある大きな机と椅子が僕の目に飛び込んできた。

そしてそこに一人の男がいた。男は何かを書いていた手を休めて立ち上がった。



「君が新人さんかな?」

男は僕を見るとそう言った。

「は、はい!よろしくお願いします!」

「そう緊張しなくていい、リラックスさ。僕はワット、覚えておいてくれ」

「……はい」

本当に優しそうな人で少し気が抜けてしまう。

「初めての仕事に必要なことは焦らない事だからね」

「は、はい!」



「では、私達はこれで」

「ああ、頑張ってくれ」

そう言ってアイシャさんは書斎の扉を閉める。



「次はお嬢様の所に行こっか」

アイシャさんと一緒にお嬢様の部屋へと向かう。部屋のドアを軽くノックするが返事は無い。

「いない、という事は訓練場かな」

「訓練場?」

お嬢様とは随分かけ離れたイメージの言葉が出てきて少し困惑する。

「うん、訓練場、お嬢様が剣術や魔法を磨いている場所だよ」

とアイシャさんが説明する。

僕は驚きながらも理解する、アイシャさんに導かれて訓練場へと向かった。



その道中で、アイシャさんはお嬢様の話をした。

「希代の魔術士、お嬢様はそう呼ばれてる」

「希代の魔術士……」

「人の使える魔術の属性は普通一つでしょ、でもお嬢様は違うの。お嬢様は複数の属性を操ることができるんだ」

そうアイシャさんが誇らしげに語る。

(どれくらい珍しい?)

『この世界でもそういない存在です』

「それは、凄いですね」

とりあえず驚いておこう。



「でねでね、しかもあのストバート魔法学園の推薦をこの時期から貰ってるんだよ」

『ストバート魔法学校、貴族や王族、才能ある者だけが入学を許されるこの国でも一番の名門魔法学校です』

「ね、凄いでしょ」

アイシャさんが笑顔でそう言う。

(才能の塊か……)





訓練場にたどり着くと、凄まじい熱気が伝わってきた。

そこいる女の子が何かを口ずさんだ後、的に向かって炎を打ち出す。

「ふう、まだ……」

「お嬢様!」

アイシャさんがそう呼ぶと、その女の子がこちらを見た。

そして僕を見ると驚いたような顔をした。

「アイシャ、その娘は?」

「はい、新しく入った侍女の……」

「コハルです。お嬢様の話は先ほどアイシャさんから伺いました。魔法の天才だと」

とりあえず、愛想よくそして褒めておこう。

「……天才ね、貴方もそういうのね」



小さい声であまりよく聞こえなかったが、いい顔はしていない。

「私はソフィア、用が終わったなら危ないから出て行って」

そう言ってソフィア様は魔法の訓練に戻って行った。

アイシャさんがそう言って頭を下げると、訓練場を後にした。





「これで屋敷の紹介は終わり、雑務は明日から少しづつ覚えていくとして」

「とりあえず、今日は食事の準備を教えるからついてきて!」

「はい!」

そうしてアイシャさんに連れられ食堂にやってくる。

「カトラリーはこの並びで、ナプキンはここ」

「なるほど」

僕はアイシャさんに教えられるがままに仕事をした。

「アイシャ、もう出来上がったから運んでくれ」

「はい!」

厨房のアレツから声をかけられたアイシャさんが料理を運んでいく。

アイシャさんの言われるがまま料理を決まった場所に置く。

「旦那様達が食べてるときは傍で待つ、終わったら下げる。それで良いよ」

そうして料理が全て運ばれると、旦那様達が来て食事を始めた。



「ソフィア、このところずっと修練場にいるじゃない」

「それが?」

「少し頑張りすぎだと思うの、ストバートの入学なんて後10ヶ月以上あるのよ」

「後10ヶ月しか無いの間違いでしょ」

ソフィア様がそう奥様に言った。



「二人とも、今は痴話げんかをする時間じゃないよ」

旦那様がそういうと、二人は口を閉じる。

「ママ、ソフィアのやりたいようにやらせてあげて」

「ソフィア、頑張りすぎは良くない自分を自分でしっかり休ませるんだぞ」

「はい、パパ。でも私は大丈夫だから」

ソフィア様はバツが悪そうな顔でそうゆう。

「……そうね、貴方のやりたい事が一番よね」

そこからは特に何もなく時間が過ぎて行った。





それから旦那様達が食べ終わった後の片づけをした後、アレツさんからご飯をもらい、部屋に戻ってきた。

『お疲れ様です』

「……何とかなりそう」

あの絶望的な状況から何とかこぎつけた。

「ありがと、博識者」

博識者の案がなければ僕は今日、ご飯も食べれず野宿だっただろう。

『私は抽象的な案しか出しておりません』



「まあ、それでも結果オーライだよ」

『だといいのですが』

こうして僕は侍女としての生活が始まった。

(まずは、仕事を覚えないとなあ)

『その意気です』

そんなやり取りをしながら僕はベッドの中に入る。

(ああ、ベッドがフカフカで気持ちいい)



「あ、そうだ一つ提案があるんだ」

『なんでしょうか』

「博識者って呼びにくいし何か名前を付けない?」

『名前ですか』

「うん、いちいち呼ぶのも面倒し」

『ふむ、では試しに呼んでみてください』

「じゃあ、ゼラ。君の名前はゼラだよ」

『ゼラ、良い名前です』

「じゃあ改めてよろしくね、ゼラ」

こうして僕はこの世界での生活の第一歩を踏み出した。

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