第2話


「ここが屋敷……」

『そのようですね』

あれから僕は馬車で揺られること半日、ようやく目的地にたどり着いた。

確かにそこは貴族が住むにふさわしい大きさと豪華さを兼ね備えていた。

「すみませーん、ギルドの紹介で来たんですけどー」

僕は大きな声でそう叫びながら門を叩いた。

すると、門はゆっくりと開いていった。

僕は門が開ききるのを待ってからそう言った。

勢いよく扉が開き、中から人が走って来た。



その人は僕の前で止まると、僕の体を上から下までじっくり見た後口を開いた。

「可愛い~!ねえ君、名前なんていうの?」

その人はそう言いながら僕の腕を掴む。

「アイシャ、新人が困ってるぞ」

奥から一人の男性がやって来ると、アイシャと呼ばれたその女性の頭を軽く叩いた。

「あ、そうだった!ごめんね」

そう言って僕から離れると謝ってきた。

「いえ、大丈夫ですけど……」

僕は彼女の勢いに押されながらそう返した。

「私は侍女のアイシャよろしくね!」

アイシャは僕に手を差し出してきた。

僕もそれに応じて手を握った。

「はい!よろしくお願いします!」



「俺は料理長のアレツだ。話は伺ってるぜ、まあ、頑張りな」

アレツさんは僕の頭を軽く撫でると屋敷に戻っていった。

「それじゃ奥様に会いにいこっか、きっと喜ぶよ」

「はい!」





「貴方が今日から入ってくる侍女ね」

奥様は僕を頭の先から足の先まで見ると、そう口を開いた。

「あ、はい。よろしくお願いします!」

「こちらこそよろしくね。そう言えば名前はなんて言うの?」

「名前ですか?えっと……コハルです」

「私はリゼット、コハル……可愛い名前ね、気に入ったわ」

「もう一度聞くけど、ここで働くのね?」

「はい!」

「そう、なら……」

「なら?」

少しの沈黙の後、奥様は急に僕の方に飛び上がる。

座っていたソファが蹴られて、床に倒れる。



奥様は間にあった机を超えて僕に飛び掛かってきた。

「ああもう、可愛いわ~!」

そう言って奥様は僕にほおずりをしてきた。

僕は奥様の勢いに負けて、押し倒されてしまった。

「でたね、恒例の」

「ああ、いつものだ」

後ろでアレツさんとアイシャさんがそう言っているのが聞こえた。

「あ、ごめんなさいね。こんなにも可愛い子がうちに来て興奮しちゃったわ」

奥様は僕の上からどくと、手を差し出してきた。

「それに僕っ子サキュバスメイド……最高ね」

何か言葉が漏れている気がするが僕はとりあえずその手をとって起き上がった。



「それで、これが契約書よ」

奥様は僕に向けて一枚の紙を渡してきた。

そこには給料や勤務時間など、雇用に関する事が書いてあった。

僕はこの世界の字は分からないから逐一【博識者】が翻訳してくれた。

『住む場所から食事まで、随分手厚い福利厚生ですね』

(へーそーなんだ、ならとっととサインしちゃお)

僕は契約書の一番下にサインをして、マダムに渡した。

『ですが気になる一文が』

(え、何?)

『簡単に言えば月に一度この方の着せ替え人形になれ、と』

(ええ……)

『どうしますか?』



(まあ、これくらいなら何とかなるかな。とりあえず仕事を始めようよ)

「それじゃコハルちゃん。とりあえずアイシャの所で仕事を教えてもらってね」

「分かりました」

「じゃあアイシャ、コハルちゃんをお願いね」

「はい!」

そうして僕はアイシャさんと一緒に仕事場に向かった。





「ここが君の部屋になるから自由に使っていいよ、それじゃあ仕事の説明するね!」

そう言って案内された部屋はベッドと机がある簡素だけど綺麗な部屋だった。

「とりあえず、その服装でいるわけにいかないし。これに着替えてね」

そう言ってアイシャさんが取り出したのはメイド服だ。ロングスカートの。

『先に言っておきますが、これは着れます』

(うん、だろうね)



「ん?待って下着は?」

「……持って無いです」

「……分かった。サイズもあんまり変わらないし私の貸すから待ってて」

「え」

アイシャさんはそう言うと部屋から出て行った。



『良かったですね』

「いや、よく無いよ……」

しばらく待つと、アイシャさんが部屋に戻ってきた。

その手には下着が握られている。

「お待たせ!一応持ってきたよ」

(ああ、もうどうにでもなれ)

僕はアイシャさんから下着を受け取り、着替える事にした。

でも一つ言わせて下さい、あの女神今度会ったら殴ります。




僕は渡されたメイド服に着替えると部屋の外で待っていたアイシャさんに声をかけた。

するとすぐにドアが開き、アイシャさんが入って来た。

「うん!やっぱり可愛いね!」

「あ、ありがとうございます」

僕はスカートの裾を抑えながらそう返した。

『よくお似合いですよ』

(そうゆうの良いよ)

僕はそう言って自分の格好を改めて見る。



何と言うか、うんさっきよりマシだ。

僕は何とも言えない気持ちで頷いた。

「それじゃあ、他の皆を紹介するからついてきて!」

そう言ってアイシャさんは歩き出した。

僕もその後を追って歩く。

しばらく歩くと大きな扉の前でアイシャさんが止まった。

「他の侍女がこの大部屋にいるから、まずは挨拶からね!」



そう言ってアイシャさんは扉を開いた。

中には大きな机に沢山の椅子があり、そこに二人の女性が座っている。

「セイラ、ウル、新しい侍女の子連れてきたよ」

「のじゃ」「あ?」

そこに居たのは随分と小さい女の子と、随分と大きな猫耳の女性だった。

『小人族と獣人族の女性です』



「お前が新しい侍女か?」

「え、あはい」

「ワシはセイラじゃ、よろしくのう」

そう言ってセイラさんは握手を求めてくる。

(のじゃろりメイド……)

僕はセイラさんの手を取りながら、そんな感想を抱いた。



「おいセイラ、あんまりそいつを私に近づけるな鼻が曲がる!」

「うっさいのう。ほら、お主も自己紹介せい」

セイラさんはウルさんを睨みながらそう言った。

ウルさんの方は舌打ちをすると、渋々といった様子でこっちに歩いてくる。

そして僕の目の前でスンスンと鼻をならした。

「……淫魔の匂いがしない。女の乱れた匂いがしない」

「お前、ほんとに淫魔か?」



(そりゃ僕だって違うと言えるならそう言いたいよ)

僕はそう心の中で思ったが、口に出すのは止めておいた。

「一応」

「まあいい。私はウル、得意は家事全般、苦手は頭を使うこと」

「そして自慢は無限の体力!」

そう言ってウルさんは満足そうに椅子に腰かける。

「わしは庭仕事がおもじゃ、よろしくのう」

「得意をいう流れ?なら私は掃除かな」

そう言って間に入ってくるアイシャさん。



「まあ、自己紹介も終わった事だし。早速仕事を始めるかの」

「アイシャ、今日はコハルに屋敷の案内と仕事の流れを一通り叩き込むのじゃ」

「はいは~い!」

アイシャさんはそう言うと、僕を連れて部屋を出て行った。

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