灰かぶりの白雪

夜瀬凪

White poppy

 昔々のことです。

 とある東の小国に白雪という名の第三公女がおりました。艷やかな黒髪に真っ白な肌、林檎のように赤い唇、つぶらな瞳とまるで人形のような美しさでした。

 しかし、困ったことに白雪は兄姉と母が違いました。またその母も死んでしまっていたので、愛人の子である白雪は、継母である王妃と姉にいじめられていました。一番上の兄は王位と金と女くらいにしか興味のない男なので、王妃と妹達が何をやっていようとお構いなしでした。現王____父もまた、政治と酒と新しい側室に夢中だったので、白雪に関心を向けることはありませんでした。そんな夫と息子なので王妃の不満は余計に溜まります。


「白雪!アンタはこの部屋の掃除をしておきな!あたしたちは隣国のパーティに出席してくるけど、サボるんじゃあないよ」

「埃ひとつないようにしなさいね。そうじゃなかったらどうなるか、わかってるでしょう?」

「まさか、白雪のくせに城を抜け出そうなんて考えないことね」


 白雪は公女という立場ですが、使用人同然の扱いを受けていました。お城から出ることさえできませんでした。お城の人達も王妃を怒らせると怖いので何も言えませんでした。

「はい。王妃様、紅藤様、清華様。いってらっしゃいませ」

 黄色、赤、青と、色鮮やかなドレスを身にまとって高いヒールを鳴らしながら、三人は馬車へと乗り込んでいきます。襤褸をまとった白雪はそれを眺めるだけです。

 どんなに惨めな気持ちだろうと、三人が戻って来る前に終わらせなければ、また扇子を投げられて折檻されてしまうので、掃除をしなくてはなりません。

 白雪はいつも襤褸を着ていて少し埃っぽかったので、『灰かぶり』と呼ばれていました。


 掃除を終えた白雪の元に一人の男が軽快にあらわれました。

「やあ、灰かぶり!今日も寂しくお留守番かい?」

「ええ、生憎ね。狩人さんは今日もお暇なの?」

 この男は城で雇われている狩人でした。白雪と旧知の仲で狩人は暇さえあれば、こうして白雪の元を訪ねていました。

「ははっ、国王様が最近狩りに出かけないからね。食料調達くらいしかやることがないんだ。国王様の同伴があればいいんだけど」

「で、今日は何の用で来たの。狩人さん?」

「素敵な素敵なダンスパーティへのご招待さ、白雪。華やかなドレスを着て、ダンスを踊りたいとは思わないか?」

「そんな素敵なことが出来るんだったらね。そんなこと聞かないでくれる?余計惨めになるじゃない」

「出来るから言っているのさ!白雪、一週間後に西の隣国の第三王子様の主催でパーティが開かれるのは知っているだろう。そこに潜り込めばいい。何、あの国は大きいからね、こんな小国の事情なんて知ったこっちゃないんだ。堂々と入れると思うけど」

 狩人は楽しそうに続けます。

「その日は、姉君達に何も言いつけられないように手を回しておくよ。ああ、ドレスや馬車なんかも心配しなくていい。素敵な協力者がいるからね」

「素敵な協力者って?」

「当日のお楽しみさ!気が乗ったら一週間後、日が暮れた頃に裏庭においで。それだけでいい」

「なんでこんなことしてくれるの?貴方に何の利益も無いと思うけど」

「だって面白そうじゃないか!王妃と姉君の顔が楽しみだよ!君だって見たいだろう?そして、パーティにも行ける。素敵な話じゃないか」

 狩人は好奇心の塊でした。白雪は少し考えて

「そうね、楽しみにしてるわ。ありがとう」

と笑いました。それを聞くと、狩人は来たときと同じ様に軽快な足取りで闇夜に消えていきました。


 一週間がたちパーティの日が来ました。どうやら姉たちも今日のパーティに参加するようです。姉達はパーティの準備に忙しく、白雪のことなんてすっかり忘れているようでした。廊下を歩いていると、衣装部屋から話し声が聞こえてきました。白雪は思わず立ち止まり、三人の話を聞こうとしました。継母が清華という二番目の姉のほうに王子に取り入るように言っていたのでした。化粧やドレスもいつもより張り切っているらしくメイドたちがものを取りに、行ったり来たりを繰り返しています。

『王子様にお近づきになるのよ。なんとしてでも、うまくやりなさい。我が王家の繁栄に関わるわ』

『ええ、もちろんよ。お母様。王子様は何色がお好きなのかしら。このドレスはどう思う?紅藤姉様?』

『……もう少し落ち着いたものにしたらどうかしら』

 そう答えたたもう一人の上の姉はあまり乗り気ではない様子でした。ここからさらに東の国の皇太子さまとの結婚が決まっていると先日聞いた気がします。最近少し疲れた様子だったので白雪は心配でした。白雪は自分を虐げる姉達でも決して嫌いにはなれませんでした。


 白雪は狩人に言われたとおり日がくれた頃、裏庭にいました。

(あの狩人、いったいどんなつもりかしら)

狩人はいっこうに姿を見せません。白雪がしびれを切らし始めた頃、どこからか、しわくちゃの老婆があらわれました。大きなとんがり帽子に黒のローブ、そして木で作られたらしい杖と白雪が今まで見たこともない怪しげな風貌をしていました。いかにも、といった雰囲気です。

「美しいお嬢さん、お前さんが白雪かね」

「あなたは、誰。あなたが狩人の言っていた“素敵な協力者”なの?」

「魔女、さ。素敵かは知らんが、協力者なのは間違いじゃあない。狩人に頼まれたのもな」

 にい、と魔女は妖しく笑いました。

「とびきり美しくしてやろう。何、任せておけ。こんなに面白いことも中々ないからのう」


 なにやら魔女は呪文を唱えだし、あたりが光で満ちました。

「パーティに相応しくお前さんに似合いのドレス」

 その言葉で、白雪の襤褸が美しいドレスへと変わりました。白雪の白い肌をさらに際立てる黒の生地に金銀の刺繍があしらわれた品の良いデザインでした。さらに魔女は杖を振り、言葉を紡ぎます。

「落とさない靴に、紫紺の首飾り、金のリボン」

 その度に、光の中からあらわれるそれらが白雪を飾り立てていきました。呪文と共に魔女が杖を一振りすると、たちまち馬車が中庭に出現しました。

「これで最後だよ。黒髪に映える花飾りを」

 白雪の綺麗な黒髪にぱっ、と白の花飾りが咲きました。花を模した陶器の髪飾りのようでした。おそらくこれはポピーという名の花で、白雪の記憶が確かであれば、今は亡き母が好んで家に飾っていたように思います。魔女がそれを知っていたかはわかりませんが、魔女なのできっと大抵のことはどうにかなるのでしょう、と白雪は深く考えることをやめました。

「さあさあ、馬車にお乗り。今宵は素敵なダンスパーティ。西の王子様もその美貌に惚れ込むだろうよ。白雪姫」

「白雪、姫?」

「姫だろう?何がおかしい?れっきとした第三公女だろう、お前さんは。さあ、行っておいで。美しき白雪姫」

 白雪は花が咲いた様に笑いました。

「ありがとう。素敵な魔女さん!」

 白雪が乗り込んた馬車は西のお城へと向かっていきました。

 魔女はいつのまにか裏庭から姿を消して、あたりは暗闇に包まれています。



 そうして、ダンスパーティの幕があがりました。狩人の言ったとおり、白雪は誰にも疑われることなく会場へと入ることが出来ました。白雪の目の前には華やかな社交界が広がっていました。色とりどりのドレスを着た女性たち、正装をして張り切っている男性たち、今までに見たことのない華やかな世界でした。白雪は思い切って一歩踏み出してみました。なんとなく楽しくなってこつ、こつ、とヒールを鳴らす様に歩いていきました。ホールの真ん中には一等豪華な服を来た男の人がいました。白雪はきっとあの人が魔女の言っていた『西の王子様』なんだろうなと思いました。そう、白雪の感は当たっていました。その人はパーティを主催している、この国の第三王子殿下でした。彼の周りは他よりも一層きらきらとしているように白雪にはみえました。花のような女性たちに囲まれていてにこやかな彼は、自分とは違った世界の人なのだと突きつけられた気がして、白雪は少し惨めな気分になりました。いくら着飾っても灰かぶりは所詮灰かぶりなのだと。

 しばらくそっと見つめていると、清華が王子様に、近づいていきました。何か話しかけているようでした。

「すまないね。派手な女は嫌いなんだよ」

 すまない、とはまったく思っていなさそうな上流階級特有の冷たい笑顔で断られています。白雪は身を震わせました。こっそり王子様をみると口元は笑っているのに、その目だけがとても冷ややかでした。清華は愕然とその場に立ちつくしています。


 その一方、清華の傍にいた紅藤はだからもっと落ち着いたドレスにしたらと言ったのに、とこっそりため息をつきました。



 すると突然ぱち、と白雪と王子様の目があいました。王子様はす、と猫のように目を細めて笑いかけてきました。白雪は胸が高鳴りました。そのあいだに、王子様はこちらへと歩いてきました。

「見ない顔だね。名前は?どこの国から?」

「東の国の、白雪、です」

 王子様はふ、と柔らかく笑いました。

「そう、白雪。いい名だ」

「…ありがとう、ございます」

 今までそんなことを言われたことはなかったので、白雪は照れました。そこにちょうど明るい音楽が流れだしました。

「では、白雪。一曲お付き合いいただいても?」

「……はい、殿下」

 白雪は幸せな気分になりました。王子様と踊ることをずっと夢見ていたわけではありませんが、夢のような出来事にふわふわした心地がしました。

 白雪はダンスを踊ったことはなかったのですが、王子様のエスコートがとてもうまかったので、躓いたりすることはありませんでした。白雪は初めてとは思えないほど軽やかにステップを踏み、王子様と踊りました。楽しい時間ほどあっという間にすぎるものです。一曲はすぐに終わってしまいました。


「ありがとう。白雪。素敵な時間だった。また、会えるといいね」

「いえ、こちらこそ、とても貴重な時間でした、殿下。ありがとうございました」

 王子様が去って、あたりを見渡すと遠くから姉達がこちらを睨みつけながら何かを話していました。

「なんで、白雪がここにいるのよ!?それに、なんでアタシがフラレて白雪なんかが踊れるのよ。おかしいわ」

「まったく、あの女に似たのね。泥棒猫。忌まわしいったらありゃしない」

「身分をわきまえなさい、といつもあれほど言っているのに。城を抜け出そうなんて、“灰かぶり”のくせに」

(……でも誰があんなドレスを用意した?誰が城からここまで連れ出してきた?白雪一人では無理なはず、協力者がいるはずなのです)紅藤は一人考えていました。残りの二人は怒りをあらわにして、白雪をまだ睨み続けていました。

 白雪は居心地の悪さを感じました。やはり、姉達がいるところで楽しむのは難しいようでした。出口へと向かい、会場を一人出ていきました。姉達はそれをみてあざ笑っていました。紅藤は、浮かない顔をしたままでした。

 白雪は城を出ると、花飾りが無くなっていることに気が付きました。

「どこかで落としてきてしまったかしら。困ったわ。魔女さんに頂いたものなのに」

 白雪はそもそもこのドレス一式をどうしたらいいものかと頭を抱えました。今日のことを姉達に聞かれるでしょう。ドレスは部屋に置いておけません。魔女はどこにいるかもわからないので、返すというわけにもいきません。

 売るのには少々気が引けたので、迷ったあげく、狩人に預けることにしました。彼のことを完璧に信じているわけではありませんが、まあ、姉たちに奪われるよりはずっと良いので。


**


 それはとある夜のことでした。

 白雪は狩人を捕まえて挨拶もなしに切り出しました。

「ねえ、私ここから逃げなきゃ。手伝ってよ。暇なんでしょ?狩人さん。私、殺されそうだわ」

 白雪は姉の清華のほうが白雪に殺意を向けていて、狙われているような気がしてならなかったのでした。普段は鈍い白雪ですが、命の危機に関しては違うようでした。実際、清華の命で兵が動いているのは事実でした。

「……君をパーティに連れ出したのは僕だしね。僕にも責任がある。君は、後悔してる?城を出たこと」

「いいえ。とっても楽しかった。後悔なんてしてない。感謝してるわ。いろいろ手伝ってくれてありがとう」

「お安い御用さ。灰かぶりの白雪」

 部屋を飛び出し、あの日抜け出したように、秘密の道を通って裏口から城を出ました。脱出はあっけないほど簡単でした。そして、狩人がよく狩りをするという森に案内されました。鬱蒼としげる森の中に、小さな家が見えました。

「白雪、あそこで当面の間暮らすといい。安全だからさ」

 正直、白雪は抜け出したあとのことは考えていなかったので、ものすごく助かりました。

「あら、あんなに素敵なとこに住んでいいの?」

「ああ、向こうが気づくまでの間だけど。“みんな”とも仲良くやるんだよ」

「……“みんな”?」

 狩人はミステリアスにくすりと笑いました。

「行ったら、わかるさ。僕は仕事が残っているので、これで失礼するよ。ああ、今度はドレスも持って来るよ」

「そう、ありがとう。狩人さん。本当に何から何まで」


 狩人は城の方角へ軽やかに走っていきました。白雪は狩人の言う“みんな”がわからず、ただ狩人が安全と言うなら大丈夫だろう、と恐る恐るその家のほうへと歩みを進めていきました。

 森は鬱蒼としていました。いつまでも森の中に突っ立っていたら、姉達が来る前に獣に襲われてしまえば、それこそ一巻の終わりです。白雪は覚悟を決めて、扉をノックしました。“みんな”とやらが誰かはわかりませんが、礼儀正しいのが白雪の美点でした。すると、少年のような高くて可愛らしさのある声が、いくつか返ってきました。

「だれー?」

「いつもの狩人だったら、ノックなんてしないよね!」

「狩人の言ってた女のコじゃない?」

「うんうん、ちょっと待ってね。開けるから!」


 白雪に返事をさせる暇を与えず、木製の扉ががちゃりと開きました。誰もいない、とあたりを見回すと、「こっちだって!下!」と声がしたので、そのとおり視線を落とすと、小さなヒトがいました。御伽話とかで登場するような小人とかいうのにそっくりです。小人たちは色違いのベストと三角帽をそれぞれ身につけていました。

 赤い小人が「君、東の国の白雪、であってる?」と尋ね、白雪は驚いたままええ、と答えました。


「君、今日からここに住むんだよね!狩人からきいてるよ。よろしく!」

 まだ、白雪は何も言っていないのに、よろしくと言われて困惑しました。

「……いいの?皆は私がここにいて」

「もちろん。狩人には世話になってるしね!」

 奥にいる髪の長い紫の小人も言いました。

「女のコをこんな森の中で放っておくわけにもいかないわ。何でも聞いてね。白雪ちゃん」

「…ありがとう。しばらく、お世話になります」

 小人たちは笑って白雪に言いました。

「今は出かけているのもいるけど、僕らは全員で七人いるんだ」

「ようこそ、白雪。僕らは君を歓迎するよ」

 白雪は感動して、涙が溢れそうでした。なんて、おとぎ話のように都合がいいんでしょう。

 ほんの少し疑いつつも、白雪は高い順応力ですぐに小人たちと仲良くなりました。一緒にご飯を食べたり、木の実やきのこを取りに出かけたり、皆でダンスを踊ったり楽しく暮らしていました。


 ある日の昼下りのことでした。

 扉がコンコンと叩かれました。小人はノックなどしないので、客人でしょうか。

「誰だろう?白雪、扉開けてくれる?」

「はい、どちら様ですか?」

 白雪が扉を開けると、あの日パーティで出会った西の王子様がいました。正確には、王子様とその側近らしき人物、計三名がいました。

「…殿下、どうしてこんなところに?」

「君を探していたんだ。東の国の白雪」

 王子様は白雪に花飾りを差し出しました。

「この花飾りは、君のだろう?白雪姫」

 差し出された白の美しい花飾りは、確かにあのパーティの日に白雪が身につけていたものでした。どこかで落としたと思っていたそれは、運良く王子様が拾ってくれていたようです。あの時はもう城を出ていて、探せるような状態ではなかったので諦めていました。そもそも魔女が魔法で出してくれた物なので、白雪自身も白雪の物かもよくわかっていないのでした。

 白雪はこのまま受け取っていいものか、と迷っていました。すると王子様は白雪の髪に花飾りを滑らかな手付きで挿して声をかけました。

「とりあえず、雨が降りそうだから中に入れてもらってもいいかな?」

「あっ、はい。失礼しました。どうぞお入りください。」

 王子様は小人たちに大して驚くこともせず、笑っていました。側近二人は扉の左右にそれぞれ立っていました。まるで壁のようで動く気はないようでした。

「手土産にアップルパイを持って来たんだ。甘いものは好きかな?」

「はい。とても!わざわざありがとうございます。殿下。今お茶、お入れしますね」

「君たちもいるかい?可愛い小人さん方」

「いいや。僕たちはいらないよ。気分じゃない」

「あ、お茶は飲みたいなー。白雪入れてくれる?」

「はぁい」


 小人たちはいらないと口を揃えて言ったので、白雪はお茶を入れてそれから、美味しそうなアップルパイを自分の皿にのせました。

 白雪が席に着いて、アップルパイを口にしたのを見て、王子は言いました。


「ねえ、白雪。一目見て分かったんだ。これは、運命だと」

「……え?」

 何かとてつもない違和感を感じました。なぜか王子の美貌が恐ろしく見えるのです。

「君は知らないだろうけど、君の奥底には強い呪いがかかっているんだ」

 白雪には王子が何を言っているのかわかりませんでした。そんなこと知りません。

「白雪姫、君は僕らにはない力を持っている。そして、僕には君のその力が必要なんだ」


 なぜか、とても苦しくて、力が入らないのでした。息もうまく出来ません。


「だから、僕の為に眠ってくれ。美しい白雪姫」


 カタン、と白雪の手からフォークがこぼれ落ちます。

 王子が何を言っているか理解できぬまま力がぬけていきました。誰も助けてはくれないようでした。白雪が最後に見たのは、王子のパーティで見せたそれとは違う毒々しく、それでいて美しい微笑みでした。

 白雪は机にかたん、と倒れ込みました。



 硝子の棺に、白雪は寝かされていました。起きる気配はありませんでした。どこにも、起こしてくれる“王子様”はいませんでした。硝子の棺は森の奥深くにそっと宝物のように置かれていました。周りには白百合が咲き乱れていました。

 その横で、小人たちが白雪を、眺めていました。


「あーあ。寝ちゃった。折角楽しかったのに」

「毒入りアップルパイなんて食べるからだね!」

「久々に面白い遊び相手だったのにねぇ」

「まあまあ、きっと面白いものが見られるわ」

「そうだね。お礼は十分もらったし」

「こんなものかって気もするけど、仕方ないか」

「そうそう、人間と僕らの価値観は違うからね」


 小人というのは純粋で、それ故に残酷な生き物なのです。

「あれ、そういや王子サマは?」

「棺を運ぶ準備してくるからしばらく白雪のこと見てて欲しい、って言ってどっか行ったわ」

「そっかぁ」

 好奇心の強い青と緑の小人が、いつのまにか木の上にいた狩人に尋ねました。

「ねえ、狩人。白雪に呪いがかかってるのはわかってたけど、」

「アレは何の呪い?読めなさすぎる」

「昔々の呪いだよ。白雪の先祖に、魔女がかけたんだ。強大な呪いは今も残って、白雪の身に引き継がれたんだろう」

「だとしても、あの王子が白雪の呪いをどう扱うのさ。ただのヒトに何ができるっていうの?」

 狩人は首を少し傾け、ため息を付きました。

「王宮には魔術を扱うような者もいるだろう。おおかた、眠らせた白雪からその呪いを、いや正確にはその呪いの力、魔力とでもいうのか。それだけを取り出すのではないかな。憶測だけどね」

「ふうん」

 小人は興味なんてなさそうに相槌を打ちました。王子が考えていることもよくわかりません。王子はその力を使って何をする気なのでしょうか。小人には関係ないし、なんかどうでも良くなってしまいました。赤が木の下から狩人に訪ねました。

「ねえ、狩人。君は何者?」

 狩人は木から降りて、小人の方を一度だけ見ました。

「狩人は狩人さ。それだけだろう」

 狩人は苦笑いをしてから、小人たちに背を向け、また来るよ、とだけ言って城の方角へ歩いていきました。


 狩人は誰もいない森の中、口を開きました。


「ああ、可哀想な白雪。願いは一つだって叶わない。世界はなんて残酷なんだろう」


 狩人の呟きだけが、濃密な呪いの気配と静寂につつまれたその空間にぽつりとこぼされては、静かに消えていきました。

 

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