第29話ここが居場所
アリテの告白を遮るように、エアテールがやってきた。
突然の来客に、ユッカとアリテも驚く。そして、エアテールはもっと驚いた。
「アリテ、その怪我はどうしたんだ!まさか、あいつらにやられたのか!!」
エアテールの口ぶりに、アリテは眉を寄せる。
あいつらと言われて、思い浮ぶ人物がいたからである。
「まさかとは思うんですが……ファル。……いいえ、大柄な男性がご迷惑を」
アリテが言いきらない内に、エアテールは頷いた。アリテが悲しそうな顔をする。かつての友人が、何をやったのかを何となく察したのだろう。
「あいつらは町の人間に喧嘩を売ったり、女にちょっかいをかけてやがる。ギルドの所長の権限で注意はしていたが、あいつはS級だからな。たくさんの特権を持っているから、俺が出来るのは注意ぐらいだ」
S級というのは、時に国の要請を受けて戦うことすらある。そのため、他の冒険者と違って特権を持っていた。もっとも、その特権を享受するようなS級冒険者は少ない。
S級冒険は、自分を律しているような人間が多いからだ。そうしなければ、大きな力を持っている自分たちが他者に迷惑をかけると知っている。
他者に迷惑をかけたりして何かしらの罪に繋がってしまえば、犯罪者として転がり落ちる可能性も高くなる。
S級冒険者が罪を犯すということは、人生の再起は不可能だという事だ。それぐらいに厳しく処罰されるのである。
だと言うのに、ファルは自分の力をひけらかして町の住人に迷惑をかけているらしい。そして、アリテの名前を出している。アリテが町に居辛くするためであろう。だからこそ、エアテールもアリテの店にやってきたのだ。
「すみません。ファルは、私の古い知り合いです。私が町を出ていけば済む話なので……」
アリテは立ち上がろうとするが、それをエアテールは止めた。
「おまえは、まずは痣を冷やせ。そして、ちょっと落ち着け」
エアテールは、静かな口調でアリテに語り掛けた。
「お前は、町の住人の一人だ。出ていくなんて、他人行儀なことを言うな。俺がここに来たのは他の人間から話を聞いたら、お前が出ていくと言うと思ったからだ」
アリテのことを引き止めたい。
そう思ったからこそ、この場にエアテールはやってきたのであった。
「町の人間も、俺も、お前が良い人間だって知っている。お前の腕は、町の人間の生活を豊かにするためのものだ。そう簡単に逃がすものか」
冗談めかして言うエアテールにつられるようにして、アリテは力なく笑った。ユッカは、エアテールの言葉通りだと思う。
明日からアリテがいなくなると言われても、そんな生活は耐えきれない。それが、アリテの本心でないならば尚更に。
「お前は、この町にいろ。これは、俺だけじゃない。お前の知り合い全員の願いだ」
エアテールの言葉に、アリテは自分の服の胸元をぎゅっと握りしめる。ユッカには、それが涙をこらえているようにも思えた。
「そんな顔するな。ファルは、ただの知り合いなんだろ。身内でもない人間の不始末をしようなんて考えなくていい。それに、冒険者の不始末を何とかするのは俺の仕事でもある」
エアテールは、すでにファルについて色々と調べたらしい。
ファルについて書かれたメモを持っており、それをユッカやアリテにも見せてくれた。そこには、町に着くまでに寄ったと思われる場所で起こした迷惑行為について書かれている。
「ここまで鮮明に調べられているということは……」
アリテは、不安そうな顔をする。
エアテールは真剣な顔で説明を始めた。
「ああ、ファルは元より素行が悪くて冒険者ギルドに目を付けられていた。だから、最初から町のギルドにも連絡が入ってきたいたんだ。要注意人物としてな」
ファルは素行の悪さは、全国にある冒険者ギルド内では有名になっていたらしい。
ファルはかつて王都を中心に活動していた冒険者であったが、揉め事を起こしすぎたせいで流れの冒険者となったようである。彼の悪名が全国に知れ渡ってしまったのは、そのせいもあるようでだった
アリテは、ファルが流れの冒険者になったとは知らなかった。ならば、ファルはアリテがいなくなってから流れの冒険者になったということであろう。
「ちょっと調べただけでも、ファルの評判は酷いな。仕事はしっかりするが横暴で、妹以外の言うことは聞かないらしい。その妹も気弱で、兄にはしっかり進言できないみたいだし」
手の付けようがない厄介者になっている、とエアテールは言った。このままでは、S級冒険者としての称号を剥奪されてしまうのも時間の問題であるかもしれない。
そうなれば、ファルは極悪人の指名手配犯として扱われる。逮捕後までの扱いはユッカにも分からないが、軽い罪ですむわけがないであろう。
「すみません。前は、そこまでだとは思わなかったんですけど。財産が手に入るかもしれないと思って気が大きくなっているのかも……」
エアテールは「財産とはなんだ?」とアリテに尋ねる。
アリテは全て話しても良いものかと考えたが、話さなければならないという判断をくだした。
「ファルは、私の恋人が残した財産を自分のモノだと主張しているんです。恋人が死ぬ前に、使い切ったと何度も言っているのですけど」
アリテの言葉に、エアテールは「ふむ」と考えた。
そして、アリテに尋ねる。
「その恋人は、財産を何に使ったんだ?財産が残っていると思われるほどのしっかり者ならば、日常生活のなかで使ったとは思えない。なにか大きな買い物をした……とかじゃないのか。そして、それは恋人に対するプレゼントとか」
アリテの手が、自分の胸元に伸びる。
その動きだけで、エアテールは確信した。
ファルが財産は残っていると確信するほど、アリテの恋人の生活は清貧であった。ならば、生活の中で財産を使い切ったとは考えにくい。そして、財産を恋人のために使うというのはあり得る話であった。
「エアテールさんは、勘がいいですね。ユッカとは格が違う」
さりげなく馬鹿にされたユッカは頬を膨らますが、アリテの言う通りだ。ユッカは、アリテの誤魔化しに気がつかなかった。
アリテは最初から「恋人は財産を使いきった」としか言っていない。何に使ったとは言っていないのである。
そして、死んだ恋人からの贈り物ならば必要に隠すのも納得だ。
「もしかして、病弱の姉の治療費っていうのは……」
姉の存在自体が嘘で、ファルが姉の治療費で全ての財産が消えたと勘違いしてくれたことを祈ったのではないかとユッカは考えた。
「そうです。……病弱の姉がいる。彼女の存在が、私の唯一の嘘です」
アリテは、首元からチェーンが付けられた金色の知恵の輪を取り出す。その姿は、アリテから聞いたことがある形状だった。
「ギメルリングだ……」
恋人の浮気を咎める指輪。
アリテはチェーンを外し、慣れた手つきで一つの指輪を組み立てる。そして、自分の薬指にはめて見せた。亡くなった恋人の執着の指輪は、あまりにも美しかった。そして、それと同時にアリテを未だに縛ってもいる。
「恋人が金を購入して、私が作ったんです。まぁ……作れと言われたのですが。あの人は、変なところで自分に自信がなかったから。自分のものだという証拠が欲しかったのだと言っていました」
恋人は、金の購入に財産を使い切った。
アリテの言葉には、一つも嘘はない。
「こんなものは慣れたらすぐに組み上がるんです。でも、人の気持ちを繋ぎとめるために足掻いた証でもある。馬鹿ですよね」
コレを守るために、アリテは全てを捨てたのだ。
ユッカは、アリテの鍛冶師としての腕を知っている。もしかしたら、前の居場所では有名な人間だったのかもしれない。だが、アリテは仕事も住処も全てを捨てたのだ。
死んだ恋人の指輪をファルから守るために、自分の人生を全て捨ててまで町にやってきたのである。それは、死んだ恋人への愛のためだったのだろう。
ユッカは、アリテがこんなにも人に執着するのだと知らなかった。自分の全てを捨て、死んだ恋人の指輪を守ろうとするなんて——やはり、アリテは今でも恋人を強く愛しているのである。
誰も敵わないぐらいに。
「話は分かった」
エアテールは、大きく頷いた。
「そんな価値のあるものを他人に渡すわけにはいかないな。妻帯者としても、アリテが持っている指輪の価値は分かる。俺も若い頃には妻に指輪を送ったものだ」
エアテールの妻という言葉に、アリテは少し苦しそうな顔をする。ユッカには、その意味が分からない。アリテが恋人を殺した犯人を見つけた方法と同じぐらいに分からない。
「アリテ、これは俺からの提案だ。ファルの奴に、全部話すぞ。恋人が金を購入して、お前に指輪をプレゼントした。これが事実で、指輪になった遺産はお前のものだって。ごねたりしたら、ギルドの所長として俺が本部に連絡する。力にものを言わせて、ファルが他人の財産を取ろうとしているって報告をする」
そのような報告をすれば、S級の冒険者であれども資格は剥奪されるであろう。ファルは身の破滅は約束されたようなものである。
「それは……その。私なんかを好きになった恋人の名誉を守るためにも、私はフォルに真実を話したくはないです。今はあんなふうになってしまいましたが、恋人は彼を信頼していた。フォルだって、私の恋人が死んだときに怒った。あの怒りは本物でした。だからこそ、傷つけたくはないんです」
「アリテ!」
エアテールの怒鳴り声が響く。
「いい加減にしろ。お前は何を隠しているんだ!その秘密を話してくれ!!話して、フォルを解放してやれ。下手に財産を手に入れられると思っているから、あいつだってここまで暴走してしまうんだ。真実を話して、全ての関係者を……お前自身も解放してやれ」
エアテールは、苦しげな顔を告げる。
愛する妻を持つ身として、恋人が死んだと言う事実をエアテールは重く受け入れていた。そして、重く受け入れているからこそ言うのだ。
「お前の恋人は死んだ。だから……その謎の正解を教えてくれ。それが、全員のためだ。そして、お前の恋人だったら——お前が思い出に縛られることを望まないであろう」
誰もが、思い出の修繕を望まない。
思い出は思い出のままに、少しずつ消え去っていくことを望まれている。
アリテは、ユッカを見た。
その瞳は、助けを求めている。
ユッカは、精一杯の笑顔で答えた。それが、今のユッカに出来る唯一のことだったからである。
「どんな真実だっていいじゃないか。……俺はアリテの事が好きだし、町の皆だってそうだ。真実を知って、アリテを軽蔑する人間なんていない。アリテは、自分が思うより好かれている。俺は、それを知っている」
だから、謎から解放されて欲しいのだ。
修復を望まれない傷をふさがず、徐々に忘れ去って欲しいのである。
「——……分かりました。ファルを連れて来てください。ここで、全てを話しましょう」
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