第17話大人たちの恋愛
アリテを家に送って行くというのに、エアテールは途中から違う道を行こうとする。てっきりアリテの家に行くと思ったのに、エアテールが目指す場所は違うらしい。
「なぁ、アリテの家はあっちだぞ?」
ユッカは、アリテの家の方向を指差す。ちなみに、アリテはユッカに背負われてぐったりしていた。
「俺は、アナを逃がす。このままだとアナが殺されるかもしれないからな」
エアテールの言葉に、アナは目を丸くした。
町の冒険者を敵に回しておいて、無事でいられるはずがない。冒険者たちの気性や常識といったものがないあたり、アナは本当に商人なのだろう。ユッカは冒険者を代表する気持ちで、アナが置かれた立場を説明した。
「アナ。お前がやったことは、剣を盗んだ泥棒扱いして町の冒険者を馬鹿にしたような事なんだ。冒険者は横のつながりが強いから、あれだけの数をコケにしたというのならば町全ての冒険者を敵にしたと思わなくちゃならない。しかも、冒険者っていうのは荒くれ者ぞろいだから……私刑なんてことをされるかもしれるんだ」
アナは、ようやく自分がやったことに気がついたらしい。今更ながらに青くなっている。ちなみに、アリテの顔色も未だに青かった。
「まぁ、アナも被害者だ。今回のことは頼まれてやったことらしいからな」
エアテールは「アナをあまり責めてやるな」とユッカに言った。
「さっき、アリテに言われたんだ。こんなことをアナに依頼したのは、飯屋の旦那だとな」
意外な人間の登場に、ユッカは驚いた。
なにせ、今回のことに飯屋の旦那は関わっていない。完全なる蚊帳の外だった。彼がやっていた事といえば、自分の店でおろおろとしていたことぐらいである。
「女将さんが、外から来た旅人と浮気していると旦那は疑っていたんだよ。本当に浮気していかどうかは、俺にはさっぱり分からないがな。俺が説明できるのは、ここまでだ。後は、アリテから説明してもらうしかないな」
エアテールは、アリテに視線をやった。
アリテは、大きなため息をつく。余り話したくはない様子だった。行きつけの飯屋の旦那が、自分の妻の浮気を疑った故の事件の説明など実害がなくとも嫌だったのだろう。
「飯屋の奥さんは、外から来た相手の話を聞くのが好きです。それこそ、サービスして話を強請るぐらいに。それが、旦那さんには面白くなかったわけです」
飯屋の夫婦は、恋愛結婚の末に結ばれたおしどり夫婦だ。だから、というわけではないが夫は今でも妻に対して焼餅をやいていたらしい。それだけならば、可愛らしい話だ。
「でも、そのうちに旦那さんは自分の奥さんが『サービスをするのは、旅人と浮気するためじゃないか』と疑うようになったんです。もしかしたら、旅人に二人っきりなるような機会があったりしたとか怪しい行動があったのかもしれません。あるいは、本当に浮気をしていたか。……まぁ、それは個人的にはないとは思うんですが」
話を興味深く聞くのは、妻が旅人を気に入って関係を持つため。
そのように考えた飯屋の旦那は、きっと狂う程の嫉妬心を燃やしたことであろう。そうでなければ、アナという無関係な第三者を巻き込もうとは思わないはずだ。
「商人のアナに、冒険者のフリをして剣がなくなった芝居をしてくれと頼んだわけです。奥さんが外からやってきたアナを口説くようならば、浮気をしていたことは確定です。アナには、なんらかのサプライズパーティーをするためとか伝えたんじゃないんですか?剣を皆に探してもらって、プレゼントを見つけてもらう予定だとか」
アリテの説明に、ユッカはちょっとばかり複雑な気持ちになった。
自分の妻の不貞を疑うあまり、アナは餌にされたのである。もしも、飯屋の女将がアナを誘うようならば浮気をしていたのは確定だ。しかし、旦那の様子からってアナが女将に誘われるようなことはなかったらしい。
アナも必死に「俺は、あんなおばさんを相手にしない!」と言っている。
「飯屋の旦那さんにとっては、これからが作戦の本領発揮です。アナが剣紛失で騒いで、冒険者たちに喧嘩を売る。その果てに、アナが冒険者に殺されてしまった。これによって出来上がるのは、浮気相手を殺されて傷つく奥さんです」
思いもよらないところに着地して、その場にいた人間は唖然とした。
「ちょっとまて、俺は飯屋の女将が傷つけるためだけに殺される予定だったのかよ」
浮気相手が死んだのならば自分の留飲は下がるし、妻への意趣返しになる。なにより、これを機に妻は浮気を辞めるかもしれない。浮気相手が翌日死ぬというのは、それぐらいに衝撃的な事だと思ったのだ。
「そんな理由の殺され方なんて納得いくか!いや、どんな理由でも納得はいかないけど」
ユッカは、アナに同情した。
ありもしなかった浮気のために、アナは殺されかけたのである。しかも、その結果として残るのも『女将が浮気相手を殺されて傷ついた』ということのみである。それも飯屋の旦那の妄想の中で残るだけの話だ。むなしすぎる。
「アナが殺された時に、得をするのは飯屋の旦那さんだけです。たとえ、アナが冒険者に殺されそうになって命乞いをしても……怒り狂った彼らは話を聞いてくれないでしょう」
アリテに言われて、その光景をユッカはありありと想像できた。アナが『飯屋の旦那に頼まれた』と真実を言ったとしても冒険者は聞き入れないだろう。なにせ、アナでさえ飯屋の旦那の本当の目的を知らなかったのだから。
「というわけで、今のうちに逃げるぞ。念の為に、俺が近くの村まで護衛する」
エアテールは、アナの肩を叩いた。
そして後の事は俺に任せておけとばかりに、エアテールは自分の胸も叩く。
「冒険者の取りまとめとして、あいつらに殺しをさせるわけにはいかないからな。後のことは、上手くやるさ」
そこら辺は、エアテールの腕前の見せ所だろう。冒険者ギルドの所長として、アナの事件の落とし所を見つけてくれるはずだ。しかし、それまで冷静になれない冒険者もいるかもしれないので、何よりも優先してアナの事を逃がすことにしたのである。
「わっ……わるかったな」
アナは頭を下げた。
「こんなに大事になるとは思わなくて……。ちょとした冗談のつもりだったし、そんなふうに言われていたんだ。俺は演劇を勉強していた時期もあったから、調子に乗っていたというか……。自分の演技力をためしてみたいと言う気持ちがあったというか」
アナの方にも、色々と事情があったらしい。
否。
事情のない人間などいないのだ。
「あんたがいなかったら、大変なことになったかもしれない。それにしても、ギメルリングなんて珍しいものをよく知っていたな。修繕師の仕事で、そんなものが持ち込まれたことがあったのか?」
商人であるアナでも知らない指輪の名を知っていたことが、アナは気になっているようだった。アリテは、青い顔のままで笑う。
「昔……浮気をするなと言われた相手がいまして。まぁ、大昔の話です。大人だったら経験があるでしょう」
アリテが自分の昔の恋愛をほのめかし、それに対してユッカ以外の大人が笑った。ユッカとしてみれば、どこに笑いどころがあったのか分からない。その恋人がユッカの隣にいないという事は、二人は何らかの理由があり別れてしまったということではないか。
それは、とても悲しいことだ。
「昔の恋愛だからって、笑ったらダメだろ」
ユッカの言葉に、アリテは言葉を失っていた。
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