第8話金貨はヒント


「アリテ、飯だぞ。めしぃ!」


 ユッカは、飯屋の女将さんからオニギリという不思議な携帯食を買ってきた。米を蒸かしたものを丸めたもので、なかに具が入っているらしい。つまりは、サンドイッチのようなものでる。


 本当ならば鶏肉のサンドイッチが食べたかったのだが、女将さんに無理やり買わされてしまった品である。目新しいすぎる料理故に、売れなかったらしい。


 ユッカはドレスの修復を続けていたアリテに声をかけ、同時にルーレンに預かっていることを告げなかったドレスも一緒に見た。ドレスの修繕は、ほとんど完成している。


 元はボロボロで古ぼけていたドレスだというのに、今となっては面影がないほどに立派な姿になっていた。痛んだ布は鮮やかな色を取り戻しており、胸のコサージュは毛皮を利用しているので元よりボリュームが増して豪華な作りになっている。


 ユッカはドレスの流行などさっぱりであるが、元のドレスよりも豪華で魅力的なドレスに思えた。


「今日は女将さんが、オニギリっていう料理を試食してくれって言ってたらか買って来た。麦じゃなくて、リゾットに使う米を使っているらしいけど……。美味しいのかな?」


 飯屋の女将は、珍しいものと新しいものが大好きだ。旅人や商人に知らない調理方法や材料を買ってたり聞いたりしたら、常連で試すのであった。


 ユッカなど常連のなかでは一番若いので「たくさん食べな」と言って、たくさん買わされる。その分だけオマケもしてくれるのだが、口に合わないものもあるので何とも微妙なオマケなのだ。


「オニギリということは、東洋の料理ですね。あちらは、麦はあまり作らない地方ですから。それも、パンではなくて麺を作るために栽培しているとか」


 ユッカは驚いた。自分たちに主食であるパンを食べない民族がいることが衝撃的だったのである。この世には、知らない文化があるものだ。世界は広いとはこういうことなのだろうなとユッカは思った。


「パンって美味しいのに……かわいそう」


 ユッカは、美味しいパンを食べられない人々のために祈った。米しか食べられない人生なんて御免である。


「そういえば、アリテって色々と詳しいよな。修繕師って、そんなに色々と知らないといけない職業なのか?東洋のメシ事情なんて、普通は知らないだろ」


 アリテは、物知りだ。彼が知らないからと言ったところを見たことがないし、想像もできない。もしかしたら、この世の全てのことを知っているのかもしれないと思わされるほどだ。無論、そんなことはないと知っているのだけれども。


「私は日々注意深く生きて、知らないことを他人から聞いていただけです。私ごときで、物知りだと思わないでくだい。程度がしれますよ」


 ルーレンに色々と言われたせいのだろうか。アリテからの暴力は、額を指先で弾くだけで終わった。


「いやっ。今回は、俺は悪いことはしてないし!」


 意外と痛かったユッカは、涙目で酷いと嘆く。しかし、アリテはどこ吹く風であった。ユッカが買ってきたオニギリをマイペースに齧って、もぐもぐと口を動かしている。


「焼いたサーモンが入っていますね。塩味で美味しい方だとは思いますが」


 アリテは、真剣な顔でオニギリを食べる。釈然としないものを感じながらも、ユッカはアリテに続いた。


 未知の食べ物であっても人が食べた後ならば、挑戦するハードルが下がる。これが人とのご飯を一緒に食べる時の利点なのかもしれない。


「このオニギリの米って、なんか食感が変。あと、鮭以外に入れるものないのかな?サンドイッチとかなら、いっぱい具をいれられるのに」


 オニギリは、ユッカの口には合わなかったらしい。サンドイッチが食べたいとうるさいほど騒いだが、食べ盛りということもあって肝心のオニギリはペロリと平らげた。なんなら、アリテの分として買ってきた二個目のオニギリまで食べて悶絶していた。中身が梅干しだったからである。


「あー、酷い目であった」


 これほど酸っぱいものを食べたのは、初めてのことだった。酢とも違った酸味の梅干しは、ユッカの苦手の食べ物の一位に輝く。これに比べれば、焼いたサーモンを入れたオニギリはまだ美味しい方だった。


「そう言えば、領主様のカメオのことなんだけども……。アリテは、カメオの真相が分かっているんじゃないのか?」


 ユッカは、そんなことを言い出した。


 ルーレンが帰ってから、ユッカなりに色々と考えたのだ。そして、アリテの言動から彼は全てを悟っているのではないかと思ったのである。


「お客様の思い出は探らない方がいいものです。私は、思い出は修繕したくないんです。思い出を修繕すれば、別の解釈が産まれる可能性がありますから」


 アリテは、そう言ってユッカを睨んだ。ユッカはたじろぐが、それでも答えが知りたいという気持ちがある。


 ユッカの様子に、アリテは「はぁ」と大きなため息をわざとらしくついて見せた。


「他人のうちの事情に出歯亀してどうするんですか。そして、故人であっても触れられたくない思い出はあるというものですよ」


 やっぱり分かっているんじゃん、とユッカは頬を膨らませた。その顔は、好奇心を満足させられない子供のそれである。


 アリテは、子供としか言えないユッカの表情を見てくすりと笑った。そして、どこか憂いを帯びた瞳でユッカを見つめる。


「……言い過ぎました。あなたみたいな人間は苦手です。人間が全て善良だと信じてしまいそうになる」


 ユッテは、アリテの過去を知らない。王都にいたという事は知っているが、小さな町にやってきた理由をアリテは明かさなかった。


 明かさないということは、知られたくはないということだ。誰とも共有できない秘密の思い出が、そこにはあるのである。しかし、アリテの気持ちに反して、ユッカは知りたいと思ってしまうのだ。


 ユッカは、アリテに自分の剣を作って欲しい。だが、それに以上にアリテのことを知りたいとも思っていた。


「他人を知るっていうのは、大切なことだろ。せっかく、知り合ったんだし。俺は、人の秘密を知るっていうのも悪くないと思う」


 秘密を共有すれば仲良くなれる。


 ユッカは、そのように言った


「……秘密っていうのは、ケーキの焦げた部分です。塗っているクリームが剥がれたら、苦くて醜い部分が顔を出す」


 アリテは、ユッカに向かって手を伸ばした。痛い目にあうとユッカは体を硬直させたが、やってきたのは頭を被う手のぬくもりだ。


「その苦い部分が、人の目に触れたときが怖い。秘密は……秘密を作った弱い人のためにあるんです」


 ユッカは、首を横に振った。


 アリテの言葉は、アリテ自身のための言葉だと思ったからである。


「アリテは、弱くないよ。色々と投げるから腕力あるし。そこら辺の強盗よりは強いと思っている」


 ユッカの声色は真剣だった。


 ユッカは、アリテに殴られた。


 ふざけたと思われたらしいが、これはユッカの偽らざる気持ちである。アリテは弱くはない。心だって、弱くないはずだ。


「……まずは、ドレスの金貨について考えてみてください。それで、大体が分かりますよ」


 アリテは、ヒントを教えてくれた。


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