第7話修繕しないという選択
実母が大切にしていたカメオが、義母を模していた。その事実をルーレンは受け入れられずにいるようだ。
ユッカには、ルーレンが動揺する理由が分からない。
男より体力がない女性が、出産や病気で亡くなることは珍しくはない。そして、それは幼い子供であっても同じである。
後継ぎであるルーレンは先妻が命と引き換えに産んでいたが、貴族の家柄である領主としては子供が一人というのは頼りなかったのであろう。すぐに後妻を迎えたとのことである。
妻が亡くなった直後であっても後妻を娶るのは、貴族ではよくある事であった。貴族はなによりも後継ぎを望むのである。それを理由にして、同性愛を厭うほどに。
「独身時代には、私の実母と今の母の不仲は有名だった。互いに父を奪い合う……いわゆる三角関係だったようなんだ」
一人の男を巡って、二人の令嬢が争う。羨ましいような面倒なような、なんとも言えない光景だ。ユッカは頭の中で、女性二人に両腕に捕まれる領主の顔を想像した。なかなかにコミカルな光景である。
「母と義母は仲が悪かったが、私が継母に虐められていたとは思わないでくれ。義母は芯がある人で、忙しい父に代わって私と妹に紳士淑女の何たるかを教えてくれた。あの人自身のことを貴婦人の中の貴婦人だと思って、私は尊敬している」
過去に男を取り合っていたというのに、その息子に辛く当たるということはなかったらしい。その話が本当ならば、義母は確かに立派な人である。
世の中には、義理の子供を虐待する親だっているというのに。
「しかし……、結婚前には、私の義母との間に確執があったのも確かだ。私の実母は、どうして義母に似せたカメオを持っていたのだろうか……」
ルーレンは、途方にくれてしまっていた。亡くなった母の行動と気持ちが、全く理解できなかったのであろう。それは、ユッカも同じであった。
説明がつかないのである。
男を取り合った憎い女の子供であっても、立派に養育をする。これは、義母の人柄が立派であるという理由があるから納得が出来る。
しかし、ルーレンの実母が、憎い相手に似せたカメオを持っていた。この理由が分からないのである。しかも、手垢がつくほどに大事に指先でなぞっていた。普通ならば、これはよほど親しい相手を想ってすることである。
「傷がついたのは偶然とかないかな。ほら、うっかり穴が空いたとか?」
アクセサリーに詳しくないユッカの言葉は、全員を呆れさせた。アリテなど得体を知れない生物でもみるような目で、ユッカを見ている。
「どうやれば、一部だけに穴が開くと思うんですか?それに、穴は深いですよ。さぁ、どうやって穴を開けるのですか」
アリテは、ユッカを意地悪く問いただす。ユッカは、それにたじたじになってしまった。
アリテは楽しそうだ。
どうやら、ユッカを虐めるのが楽しくなってしまったようなのだ。しかし、ルーレンがいることを思い出して話を戻した。
「ひとまず、これはお持ち帰りください。真相がなんであれ、お母様の想いが込められたものですから」
アリテは、ルーレンにカメオを握らせた。ルーレンはカメオに触れながら、愛おしげに目を細める。
「不思議だ……。実のところ実母の記憶はあまりなくて、優しいだけの人だと思っていた。人間味というものを感じていなかったんだ」
ルーレンにとって、母の記憶などないに等しい。どのような人間だったかを屋敷の人間に訪ねてみても、全ての人間が判をおしたかのように「優しい人」「素晴らしい女性」と褒める。
命と引き換えに自分と産んだ人なのだから、たしかに尊敬すべき女性であったのだろう。しかし。ルーレンのなかには人間味のない人形のような母の姿があるだけだった。誰もが褒めたたえる母の姿は、いつも朧気で現実味がない。
なのに、今は違うのだ。
「母は、何か秘密を持っていた。その中身は分からないが、全ての人と同じく隠さなくればならないことがあった」
ルーレンは、自分の胸に手を当てる。そこには、何かがあるようだった。
若くて単純なユッカには、胸の奥に何があるのかは分からない。けれども、もしかしたらそこには人には言えないようなルーレンの秘密があるのかもしれない。
「私の母は、秘密を持っていた……そのことを知っただけなのに、私は母のことを自分と同じ人間だったと思えるようになった。この秘密は息子が知るには野暮というものだろう」
母の秘密は、母のものだ。
ルーレンは、そう言った。
「君に依頼する仕事がなくなったことは、申し訳ない。今度は、誰の秘密も抱えていないものを修理してもらうよ。父にも……そうだな。別の物をお渡しする。女性の秘密が隠されたものを渡すのは、きっと無粋なことだ」
カメオに向かって優しく微笑むルーレンは、記憶にない実母に思いをはせているように見えた。修理しないと決めたのに、実母のカメオはルーレンの宝になったようにユッカには思える。それこそ、誰にも渡せないようなとても大切な宝物に。
「綺麗になったわけでもないのに、もっと大切になるって不思議だな」
ユッカのいらない一言に、万力が飛んできた。重量のある万力が頭に当たったせいで、ユッカの眼の前がチカチカした。万力を投げた犯人は、言うまでもなくアリテである。
「冒険者の触れ合いとは危険だな。死者が出ない内に過激なコミュニケーションは禁止にしよう」
ルーレンの間違った解釈によって、彼の領土では様々な分野のいわゆる『可愛がり』が禁止された。これは、世界初の虐めを禁止した法とされる。
「ちっ……」
アリテは、小さく舌打ちする。
美しい顔は、すっかり悪人のように歪んでいた。
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