第7話 仕方のない殺人 1
これはいつだったか。クライアントの不良警察官と話題というか議題になった話である。普段は脳みその端っこにも存在確認出来ないような想い出なのに、何故か今になってぼくは思い出した。
あとになって思えば。
このタイミングで思い出して良かったのだ。
ぼくは殺人鬼ではあるが。
殺人について。
殺してしまった被害者について。
彼等彼女等への責任の取り方について。
考えるのを辞めずに済んだのだから。
・
「直接正犯としての殺人の場合、この国じゃ直列接続で罰に繋がるわけだが。だからと間接正犯が並列接続かといえばそうでもねえ。殺人に係る以上は全ての関係者が直列接続だ。実行犯なのか指示役なのかの違いだけで殺人犯には違いねえんだしな」
「ある意味で。法による罰を与える行為が直列接続だと比喩出来るわけですね。中にはぼくのような暗部が動いて存在を消し去る罰もあるわけですが」
「それは罰じゃなくて滅だろ。法律は犯罪者を更生させるシステムで消し去るシステムじゃねえ。ま、こっからが大事な話だ。国を護る殺人鬼としての意見を聴きてえ」
「殺人鬼で良いのなら」
あの時。
確か、六本木のちいさな居酒屋で呑んでいたのだ。公安警察の事情を汲んでくれる店が少なくない東京でも、特別に情報の閉鎖が上手い飲食店だった。
カウンター席の奥。
小上りの狭い密室。
不良警察は日本酒を。
ぼくは梅酒を。
呑んでいた。
「ナンセンスな世間一般論ってのは素人意見だからこそ面白い。猟奇的でも狂気的でも良いんだが、世間様の理解に難しいような少年少女が起こす事件は漫画やゲームが原因にされたような時代があったろ?」
「理解不可能な事象に対して解りやすく手の届きやすい原因を作り出したがる大衆心理、でしたか?太古の時代はそれが神様を産んだんでしょうけど」
「こんだけ情報精査と情報解明が可能な今は神様のせいだと言えねえし、神様産むにも労力が必要になるだろうし。まあ、仕方ねえ話なんだ。だからこそ漫画やゲームによる悪影響で子供が犯罪者になるんだ〜って大人は安心しようとした。親世代が躾をサボったからだと言われないように、責任を転嫁した」
「そりゃ、そうか。漫画やゲームが現実に影響を与えるなら社会は正義の味方と勇者で溢れますもんね」
「良い影響だってあるさ。俺だってジーパンに憧れて警察官なってんだし」
「良い影響だけ与えて悪い影響を与えないなんてもんは学校法人ですら不可能っすね」
要は受け手の問題である。
要は遣い手の問題である。
漫画やゲームだけじゃない。
便利な道具だって。
責任を問えば幾らでも問える。
自動車が無くなれば事故も無くなる。
SNSが消えれば誹謗中傷も無くなる。
道具に罪はなく。
罪がないのだから罰もない。
「此処で間接正犯として正しく漫画やゲームが影響した場合を想定すると、だ。俺はジーパンに憧れて警察官を目指した。学生の頃は公務員試験に時間を使い、柔道を極め、法律を学んだ。たまたま俺は努力が実った。警察官になれたんだからな。でもそれで警察になれず、絶望して自殺してしまったとする。この場合はジーパンが影響を与えたのだからジーパンが間接正犯になるって世間は考えるんだが」
「ジーパンは何も悪くありません。ドラマなんかに影響を受けたヤツが悪い。現実とフィクションに影響が無いとは言いませんが、現実とフィクションはリンクなんかしない」
「その通りだ。だが、自殺をした若者の親御さんはジーパンを憎み恨むだろう。お前が居なければ息子は、とな。もしかしたらマカロニのままが良かったとか不良刑事のクセに人気あり過ぎなんだとかの個人的な事情も入るかもしれんが」
「ぼく、松田優作さん世代じゃないんでなんとも。息子さん世代ですよ……?」
言いたい事は解った。
影響を与えた側に。
罪があるのかどうか。
これは影響を与えた側に委ねられる。
罪の意識を持つほどに優しいか。
罰を受け入れるほどに優しいか。
其処に他者が入る余地はない。
「影響を与え、若者が成功したならば美談さ。影響を与え、若者が失敗したならば失敗談だ。しかしな?“影響を与え、若者が終わったならば”責任から逃げることは出来ねえ。法的には兎も角。道的にはな?」
「……。」
プロ野球選手になろうと努力をして。
デッドボールで亡くなったら。
そいつが憧れていたプロ野球選手こそが。
間接正犯なのさ。
漫画やゲームじゃない。
人間だからな。
そう。
クライアントは締め括る。
「殺人に責任逃れは無い」
「そうですね。殺人鬼もそうです」
「だが、仕方ない殺人はそうじゃねえ」
「……正当、防衛……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます