2分50秒小説『あべ氏』

「お前はもう死んでいる」


 と胸に七つの傷を持つ男に言われた。私は愕然として、火炎放射器を地面に落としてしまった。


(私は死んでいる?)


 私の顔が苦痛に歪む。


「確かに……アナタの言う通りかもしれません」


3


「思えば私は、ずいぶんと酷い事をしてきました……いや酷いなんて表現じゃ生ぬるいですね、悪逆非道……そう……今まで私がとってきた行動と言えば、悪逆非道そのものでした。時は正に世紀末、淀んだ街角で私は、私が生きるために、ただそれだけのために多くの、女、子供、老人、自分よりも弱いものすべてを虐げ……時に命さえも奪って生きてきました。そして私は、自分より強いものに出会うと、恥も外聞もなく、媚びへつらい、その靴さえも舐めるほどのゲスっぷりをいかんなく発揮して、今日まで生き抜いてきました。そんな私の人生……肉体は生きても、心はとうに死んでいたのかもしれません……あなたに死んでいると言われても、私には反論の余地はありません……」


2


「しかし、少し言い訳させてください。たぶんこんな世の中で、最も弱い者は、実は私のようなはぐれ者ではないでしょうか?強者にはおのずと従うものが集います。そして弱者は、集団となり支え合って生活をします。しかし私は……私のようなはぐれ者はどうでしょうか?人を従えるだけの力を持たず、群れ集う友も知人もいない……支配者に身を寄せればコキ使われ、群衆に身を投じれば爪弾きにされる……教えてください!一体私はどうすればかったのでしょうか?こんな私に……生きていくために、一体他に何ができたというのでしょうか?媚びることと強がる事の他に……すいません……いつの間にか、言い訳というよりも、ただの愚痴になってしまいましたね……」


1


「でも愚痴を言うのはここまでです。今あなたに、死んでいると言われたことは、私にとってきっと大きな転機になるでしょう。つい先ほどまで調子に乗って『汚物は消毒だー』などとはしゃいでいた自分の常軌を逸した行動を思い返すに、自責の念を禁じえません……そう、貴方に言われたとおりです。私は死んでいるのです。とっくの昔に死んでいるのです。そう考えれば何だってできます。お礼を言わせてください。貴方の鋭い指摘によって、私は生まれ変わる事が出来そうです。そして、あなたが突いたと言われる経絡秘孔というものが何なのか、私には見当すらつきませんが、少なくともあなたは、私の抱えている苦悩、そしてこの無価値な生の現状の問題点を的確に突かれたと思います……もう武器は拾いません……今拾ったこの命、私の新しい人生の門出に武器は不要です。もう誰も傷つけたくないのです。そしてこの手できっと新しい命をつかn」


あべし

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