2分50秒小説『トサカの錬金術師』

 或る処におでん屋を営んでいるおじいさんが居ました。

 おじいさんは庭で鳥を飼っていました。鶏でした。

 おじいさんは毎朝、鶏の産む卵を楽しみにしていました。

「これで美味しい美味しいおでんができるぞ」

 ほわほわと湯気の立つ産みたて卵に愛おしそうに頬ずりして、早速おでん鍋に沈めます。


くつくつ


くつくつ


 おでん鍋は出汁をじっくりと加熱して、小さな囁きを繰り返しています。

「さぁ、出来たぞ」

 おでんが出来上がりました。

 朝採れたての鶏の卵は出汁を吸ってそれはそれは素敵なおでん種になっていました。

 小さなお店の中にいい香りが充満します。

 でも、お客さんは一人も来ません・・・

 来る日も来る日も。

 お爺さんはおでんを仕込みます。

 でもおじいさんのお店にはお客さんは来ません。

 おじいさんは途方にくれてしまいました。


「一体どうしたもんだろう?困った困った」


 鶏はおじいさんの困った様子を見て、何とかしてあげたいと思いました。


「よし、おじいさんのために黄金の卵を産もう」


 鶏は頑張りました。

 試行錯誤を繰り返しました。

 鶏は朝食に食べたトウモロコシの粉を、腸の中で砂金に換え、胎内で卵の形に成形しようと奮闘しました。

 でもそれは無理でした。


 錬成陣が無かったからです。

 

 でも鶏は頑張ります。

 来る日も来る日も……

 おじいさんの生活をなんとか楽にしてあげたい!

 その一心で鶏は毎朝必死にいきみました。

 そしてその思いは遂に奇跡を起こします。

 おじいさんを思う鶏の気持ちは等価交換の法則に照らしてみても、十分に黄金の価値があったのです。


 こけっ


 おじいさんは魂消ました。

「これはどうしたことだ?黄金の卵が出てきたではないか?」

 鶏は誇らしげに鳴きました。こけこけと鳴きました。

 これでお爺さんの暮らしも楽になる。そう思って鶏は安心しました。

 でもおじいさんは首を横に振ると悲しそうに言いました。

「こんな卵では、おいしいおでん種は作れない。こんな硬い殻の卵、いくら煮込んでも出汁が染み込まない」


 鶏は愕然としました。

 そうか……おじいさんはそんなにもおでんのことを……


 あくる朝。


 鶏は卵を産みます。

 それは昨日のような金ピカな卵ではありません。

 でもその卵は黄金です。

 鶏がおじいさんの気持ちに応えようとして精一杯栄養を詰め込んだ卵なのですから。


 午後には鶏、小屋の中で体を休めています。鶏小屋に差し込む午後の日差しは柔らかな毛布。鶏は黄金の毛布に包まれてこっくりとこっくりと眠ります。


 愛を錬成しながら…… 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る