2分40秒小説『正指』

「どうしたんですか?その手」

「ああ、ちょっと怪我してね」

「『ちょっとね』っていうレベルに見えませんけど……大丈夫ですか?」

「まぁ、大丈夫でしょ」

「ほんとですすか?拳全体包帯ぐるぐる巻きじゃないですか?」

「はは、ドラえもんみたいだろ」

「いや、まぁ」

「ほんとに心配いらないから、だって血も止まってるし」

「そうですか……それにしてもどうしちゃったんですか?」

「いやぁうっかり包丁で切っちゃてね。それが傑作なんだよ。聞いてくれよ」


********************


 指を切断したんだ自分で。

 台所でね。

 まな板の上に手を置いてね。

 穴あき包丁で自分の指を切った。

 ズバッという感じではなく――

 トントントンと楽器を奏でるように軽妙に包丁を上下させて。


 僕は考えた。

 (あ、これは夢だ)

 って。ホッとした。でもまてよ――

 おしっこをする夢を見て、起きたら漏らしているという体験――

 子供の頃よくあったんだよね。それと同じことがもし――

 この夢の中で起こってるとしたら僕は――


「起きるのが怖い」


 この夢は、正夢――いや厳密には違うな。「夢遊病の最中に見る歪んだ現実」そんなものなんじゃないかなって思ってね。だとしたら目を覚ましたら、僕の指はすべて切断されてしまっているということになる――洒落にならないよね?

 目覚ましが鳴っているのは分かってた。でもシカトして、確信犯的に夢に居座っていたでも――

 突如頭の上に半透明な電球が浮かんでね。


「そうだ!くっつけちゃえばいいんだ」


 夢の中で起こった事故は夢の中で解決すればいい。名案だ。

 僕は切断され散らばった指を包丁の腹でかき集め、ひとつひとつがどの指だったのかを確かめながら、つないでいった。

 断面に断面を近づけると指は、磁石のようにぴったりと元通りにくっ付いていったよ。ふふふ。

 で、僕はまな板を流しで洗って、飛び散った血もキッチンペーパーで綺麗に拭いて、ベッド戻った。


「これで大丈夫だ。寝よう」


 横になって枕を抱えて眠ろうとしたわけなんだが、あれれ?って思ってね。

 今、自分は夢の中で寝ようとしてるけど、でもさっきまで目覚ましに急かされて起きようとしていたわけで、どうすればいいのか――眠ればいいのか起きればいいのか分からなくなったんだよ。

 で、「どっちだよ!」って叫んだら、目が覚めて――


********************


「結局夢だったわけ」

「なんだぁ夢の話なんですね、しかし怖い夢ですねぇ」

「いや、怖いのは現実の方だよ」

「現実?」

「そう、だってさ、夢ではつっくいたはずなのに1本もくっついてないんだもの。参ったよ」


 




え?

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