第7話 相違の世界

次の日、僕は〝ムラサキ〟の本社前に立って居た。

昨夜まで悩んでいたが、朝日を見たら何故か冷静になった自分が居た。


《今のありのままの自分で居ればいいんだ。

怯える事も、歯向かう事もしなくていい。

ただ、来いと言われたから行くだけだ。》


穏やかな気持ちで正面玄関を行くと、綺麗な女性が僕の腕を掴んだ。

「海は?

何処に居るか知ってるんでしょ?

教えなさい!」

迫り狂う顔を近くで見て僕は気付いた。

女性は彼と高級車に乗り込んだ会長の娘だった。

すかさずスーツの男がやって来て、僕から遠ざけながら、

「君はエレベーターで一番上の階まで行きたまえ。」

そう告げた。

僕は男の言う通りにエレベーターで最上階へと向かった。


扉が開くと、そこには会長が待ち構えてい、僕を見るなり葉巻を投げ捨てた。

「良く来たな。

恐れをなして来ないと思ったんだがな。」

「会長、御用は何でしょうか?」

平然と僕が答えたのが面白くないのか苛ついている様子だった。

「お前はあれか、〝海〟の仲間なのか?

ヤツは約束を破り逃げ出して行きやがった!

とんでも無いヤツだ!

何処に居るか、お前知っているのか?」

「いいえ。知りません。」

会長は更に苛つき、辺りをウロウロし始めた。


どうやら彼はココからも消えたらしい。

彼に対しての〝憧れ〟はこの時にもう無くなってしまった。

彼は、鴉の様に欲しいモノは奪い、そして攻撃して来る奴らからは逃げたのだ。

僕が憧れていた彼はそんな醜い姿はして居なかったから、彼に冷めてしまったのだ。


「会長、もう御用が無いのなら、僕は失礼させて頂きます。」

「待て!!

お前にはヤツの代わりに娘の相手をして貰う!!」

怒りに満ちた会長の顔は今にも爆発しそうな程、真っ赤になっていた。

「何故、僕が彼の代わりをしなくてはいけないのですか?

僕は僕で、彼の代わりにはなれません。

なりたくも無いです。」

無感情に話す僕を見て、会長は大声で笑い出した。

「お前は、この私が怖くないのか!?」

「怖く無いです。」

「変わったヤツだな。

誰もが私に恐怖を感じ媚びているのに、自由に好き勝手女達を転がしていた〝海〟ですら、私を恐れ逃げ出したのだぞ。

何故だ?

何でそんなに淡々として居られる?」


「会長と僕とは違う世界を生きています。

お互いに自分を犠牲にしながら、周りの沼にハマらないように自分が居る世界で前だけを見て歩いています。

だから、違う世界の会長に恐怖は感じません。

それだけです。」

キッパリ言い放った僕を見て、会長は言葉を失っていた。


僕は夜の世界に入って、彼と出会い、色々な人間模様を見て来て、普通の感情を失ってしまっていた。

だからと言って嘆く事は無く、何も後悔はしていない。

今の僕も、僕なのだから。


ジッと僕を見ていた会長は

「気に入った!!

堂々たる態度で怯まない。

お前、私の世界で一緒にやる気は無いか?」

そう言い出した。

「僕は、違う世界に行く気はありません。」

「私とこの世界に居れば、何でも思うままに出来るんだぞ!?」

引き止める会長に背を向け、僕は部屋から出て行った。


僕にはもう憧れ(目標)は無い。

彼の様になりたいと思っていたが、彼も本当は普通の人間である事に変わり無いと気付いてしまった。


僕は普通の人間が持てない強い心を持ち夜の世界で生き続けたい。


例え他人から批判されたとしても、自分が目指す其のむこうに何があるかをこれから確かめに行く事にした。

誰かを傷つけても、僕が壊れても…




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其のむこう 桜 奈美 @namishi

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