第6話 彷徨う世界

噂で、会長は毎週月曜の昼は外食をしていると聞き、僕は〝ムラサキ〟本社の近くで会長の様子を伺っていた。


突然、肩を引っ張られ振り向くと彼が怒った顔をして立っていた。

「何してる!

お前は、ココにいるべき奴じゃない!」

そう言われ、僕は遠くまで引きずられた。

「海さん、元気にしていたんですね。良かった。」

「元気?

そう見えるお前は、さては昨日の酒が抜けて無いのか?…」

彼は呆れながら周りを気にしていた。

「海さん、一体何があったんですか?」

「明日、14時に俺のマンションに来い。

その時、話してやるから、今日は帰んな…」

彼は言い捨て、逃げる様にその場を去って行った。


次の日、彼のマンションに行くと彼は居なかった。

全ての家財が無くなった部屋の窓際に手紙がポツンとあるのに気付き、僕はそれを手にした。

手紙は彼が残して行ったものだった。


〜准へ

この世には、入っては行けない闇の扉がある。

それを俺は勢いで入ってしまった。

そして、自由を失った。

俺は自分を過信していた。

甘く見ていた。

准、お前は近付くな!

俺と同じ後悔はして欲しくない。

じゃな。〜


僕は、彼がズル賢く上手く世の中を渡れる人間だと勝手に思っていた。

今まで見てきた輝かしい彼の姿が粉々に崩れていった、その時


〝彼も皆と変わり無い、弱い心を持っていたんだ。〟


目指すモノを失った虚しさを感じ、何もかもがどうでも良く思えてきた。

僕は霧の掛かった日々を流れる様に過ごしていた。


ある夜、店に〝ムラサキ〟の会長が女性を連れやって来た。

会長のオーラは店全体を包み込み、いつもと違う店へと変化させていた。

その光景に僕の心は震えていた。

恐怖では無く、僕の意欲をかきたたせる輝きだった。

まるで彼と初めて会った時の様に…


店長は困惑しながら、媚びながら接客をし始めていた。

会長は不機嫌な顔して店を見渡し、目が合った僕に手招きをした。


「お前は、何でこの仕事を選んだんだ?」

席に着くなり、僕に問いかけてきた。

「僕は初めは興味だけで入りました。」

素直に答えた僕に少し驚きながら

「…で、

今は何を目指している?」

一緒に来た女性は含み笑いをしながらワインを飲んでいた。

「僕は目指すモノは無いです。

ただ、ココには僕を求めて来てくれる女性が居るから、僕はココに居る。

それだけです。」

会長は僕をマジマジと見ながら、手を叩き笑い出した。

「お前は本気でそんな綺麗事を言っているのか?」

「はい。」

躊躇い無く答えた僕を見て、会長は立ち上がり

「帰る!

お前…

その気持ちが本気なら、明日私に会いに来い。」

そう言い帰って行った。


会長が帰ると、緊迫していた空気が変わり、いつもの賑やかな店へと落ち着いた。

奥で静かにしていた店長がやって来て、ため息を漏らし

「何でウチに来んだろう?

他で獲物探せばいいのに…」

ブツブツ言いながらテーブルを片付けていた。

「准、会長とモメるなよ!」

僕の肩を叩き奥へと戻って行った。


僕は迷っていた。

会長に会いに行くべきか?

行けば、会長の思惑に乗せられてしまうかもしれない。

それとも、聞き流すべきか?

行かなければ、怖じ気付いたと喜ばす事になる。

僕は分岐点に立って居た。

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