第4話 真黒の世界

それから暫くして彼は夜の街から姿を消した。


前日まで、彼らしくワガママ放題で女性達を困らせ楽しんでいた。

何の前触れも無く、いつもと変わらなかったのに。

電話で彼から一方的に辞めると告げられた店側は、突然の事態にアタフタしていた。


僕は二人で話した夜から、その内に彼が言ってた様に居なくなるとは覚悟していた。

そして、僕はずっと〝これからの自分〟を考えていた。


彼が居なくなってもマダムは店に来ていた。

誰かを指名する訳でも無く、ただ店の様子を伺っていた。


「こんばんわマダム。

今日も彼が戻るのを待っているんですね?」

僕はマダムが彼を探している気がした。

「良くわかったわね~

流石、海の見込んだコだわ。」 

マダムは少し嬉しそうに答えた。

「海さん、戻って来ますかね?」

「わからないわ…

海は、自由なコでワガママで、正直根っからの夜の男よ。

そんな彼の欲を叶えてあげられる女は、私以外居ないと思うけど…

いつも海は自分の事は話さない。

何度聞いても軽く流してしまう、そんな男だからね…」

マダムは淋しげにグラスのお酒を飲み干すと帰って行った。


マダムの様に、彼がひょっこり戻ってるんじゃないかと来るお客さんは跡を絶たなかった。

やはり誰も指名する事無く来ては確認して帰ってまった。 


彼の呪縛みたいな〝女性の心を虜にし離さない〟そんな魔力を見せ付けられた気がした。


この時僕は、彼みたいな〝誰にも真似できない1人〟になりたくなった。

〝自分の代わりは誰も居ない〟そんな男になると決心した僕は黒い闇に心を預けた。


言葉を巧みに使い、女性達を操り、自分の虜にする嘘だらけの日々が始まった。

彼とは違うが、僕なりのやり方でやってみると、自然と僕を求めやって来る女性が増えだした。


ある夜、たまたま人手が足りず久しぶりにマダムの席に着く事になった。僕を見るなりマダムは目を丸くして驚いていた。

「坊や、イイ顔になったわね…

海が居なくなって何か変わったのかしら?」

「マダム、ありがとうございます。」

僕はサッと横に座りお酒を注いだ。

「あらあら、隣に座るなんて始めてね。

海以外はお断りっと言いたいけど…

まあ、いいわ。

今夜は久しぶりに楽しめそうね。」

マダムは機嫌良く僕を舐めるように見ていた。

それからは僕のお客さんとなり、毎日通って来る女性の1人になった。


そして1年半過ぎた頃、偶然同伴で行った店で彼の噂を耳にした。


彼は、とある富豪の男と1人の女性を落とせるか賭けをし負けて、この街から去ったと言う。

その富豪の男は傲慢で有名らしい。

彼は目をつけられハメられたと言う。


僕は信じなかった。

彼に落とせない女性がいるなんて思えなかったからだ。 

狙った女性は必ず自分のモノにしていた彼には有り得ない話だったから、僕は呆れながら聞き流していた。

それに、そんな賭けに乗るほど素直で単純な彼では無い。

きっと彼が突然消えたから、〝奴らは面白可笑しく話を作って楽しんでいるんだろう〟と僕は馬鹿にしていた。


未だに、爪痕を残し続けている彼は本当は何なんだろう。

女性達を手の平で操り、要らなくなったらポイっと捨てる。

僕の知っている彼はそのままの人間だったんだろうか?

この世界で生きて行くと決めた僕には、もう彼を気にする事なんか必要ないのに、何処か引っ掛かって取れない棘みたいに刺さって抜けきれないでいた。

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