8. 聖剣の放つ光のタワー

「遅い遅い……」


 シアンはニヤッと笑うと、前脚を巧みに動かしながら遠くにある描きかけの魔法陣に、次々と別のルーン文字を書き加えていった。直後、暴発を起こしていく魔法陣たち。


 グハァ! ぐわぁぁぁ!


 王国最高レベルの魔力を込められた魔法陣が次々と暴発する。それはまるで地上で打ち上げ花火が爆発してしまったように、色鮮やかな閃光が四方八方に飛び散る凄惨な事態を引き起こした。


 目の前で大爆発する魔法陣など避けようがない。魔導士は次々と自爆して倒れていった。


「おぉぉぉ……、シアンいいね、いいね!」


 澪はポップコーンを頬張り、ポロポロこぼしながら上機嫌でサムアップ。


 シアンも前脚を高く掲げて、ウニャァ! と嬉しそうにひと鳴きした。


「うわぁぁぁ……。な、何だコイツ……」


 王子は真っ青になって後ずさる。


 ここにきて王子は配下をすべて失い、一対一になってしまったことに背筋に冷たいものが流れた。


 王家の威信をかけて乗り込んだ武勲ハイガーディアンゲームズ。ここでネコに負けるようなことがあったら王家創設始まって以来の不祥事となってしまう。王家は常に最強でなければならない。最強だからこそ今まで国の頂点として君臨してきたのだ。それがネコに負けたとあっては国民は王家の統治に納得しなくなるだろう。もみ消そうにも数万人の国民が固唾をのんで一部始終を見守っているのだ。もはや勝つ以外ない。


 王子の額にタラリと冷汗が流れた。


 貴賓席もまるで水を打ったように静まり返った。王家以外の貴族の代表はすでに負けてしまっており、シャーウッド男爵への領土の割譲は確定している。満を持して送り込んだ闘士が実力を発揮する前にぶざまに敗れ去ったことにはらわたが煮えくり返る思いだが、今はそれよりも王子の戦いが気になっていた。


 もし、これで王子が負けるようであれば貴族間の力関係が一気に流動化する。侯爵家がこれを機に権力抗争をしかけて王家が揺らぐシナリオすら出てきてしまう。貴族たちはチラチラと一段高くなっている貴賓席の国王へ視線をやった。


 国王は頭の王冠を少し手で直したが、その手はかすかにふるえていた。シャーウッド男爵を皆で袋叩きにしてあっさり終わらせる、という計画だから王子を出したのに、今や取り巻きは全滅、王子一人に王家の威信がかかってしまっている。それは考えうる限り最悪のシナリオだった。


 くぅぅぅぅ……。


 国王はギリッと奥歯を鳴らす。


「あなた? これはどういうことですの?」


 隣の王妃が険しい目つきで国王をにらんだ。派手な紅の載った唇はピクッピクッと震えている。


「ま、まだ決着はついてない。あいつの装備は伝説の国宝、そう簡単には負けん!」


「もし……、負けたら……?」


「し、知らん! そんなシナリオは検討もしておらん」


「はぁ~っ! あの子の醜態を見てしまった者には……消えてもらうしかないわね……」


「き、消えてって……観客は何万人もいるんじゃぞ!」


「それが……?」


 王妃は肝の据わった瞳で国王をにらんだ。その瞳には邪悪な炎が揺れていた。



        ◇



 シアンは最後の敵、王子に向かってトコトコと歩き出す。


「シアーン! あと一人よー! がんばってぇ!」


 澪はポップコーンをむしゃむしゃと頬張りながら腕を突き上げ、気楽な声援を送った。


 シアンはピタッと止まると、くるっと振り返ってニコッと笑うと『にゃあ』と一声鳴いた。


 近づいてくるシアンに王子は手が震えた。前衛も魔導班も訳わからない技で瞬殺した前代未聞の不気味な黒猫。その不可解な強さにはいまだに感じたことの無い底知れない深みすら感じてしまう。


 しかし、自分の装備は伝説級なのだ。各種アーティファクトも装備している。『そう簡単に負けるはずがない』王子は自分に言い聞かせるように小声でつぶやくと、フンッ! と、気合を入れ、聖剣を高く掲げた。


 黄金色に輝く聖剣は激しい光を放ち、天に向かって光のタワーを形作る。


 ウォォォォォォォォォ!


 伝説に謳われる神話級の聖剣がその神々しい力を解き放ったことに、観客は大歓声で喜んだ。いよいよ神話の武器の活躍が見られるのだ。観客たちはその瞬間への期待から目をキラキラさせながら聖剣の輝きに見惚れた。


「はーっはっはは! こざかしいネコめ! 成敗してくれる!」


 王子は金の縁取りの施された兜の金属のマスクをガチャリと下ろし、臨戦態勢に入る。腕に付けた真紅のブレスレットの覇気アーティファクトを発動し、全身から爆発的に赤い閃光を放つと、全身を赤いオーラで包み込んだ。


 シアンはその覇気に一瞬威圧されたものの、負けじと『うにゃぁ!』と叫び、全身を鮮やかな青いオーラで包んだ。


 いよいよ始まる最終戦。数万の観衆たちは伝説となるであろうこの戦いを、一瞬も見逃すまいと固唾をのんで見守った。

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