7. ポップコーン

「それでは闘技開始スタート!」


 ウォォォォォォォォォ!


 司会の声がスタジアムに響き渡り、大歓声が巻き起こる。


 予想通り、闘士たちは王子を大将としたフォーメーションを取り、一斉に澪に目を向けた。


「いいか、お前ら。今日、ここでシャーウッド男爵家を潰し、領土は山分けだ。娘は性奴隷にしてみんなで楽しく遊んでやろうじゃないか。くふふふ……」


 王子は楽しそうにハッパをかける。


「敵は小娘一人、さっさとやってしまいましょう」「楽しくなってきましたな」「ぐふふふ……」


 闘士たちもいやらしい笑みを浮かべながら澪を見た。


 シアンは面倒くさそうにぴょんと澪から飛び降りると、黄金色に輝く魔法陣に澪を乗せ、上空へと高く逃がした。同時に澪の周りには大きな雪の結晶のような透明な六角形のシールドを無数張り巡らし、防御とする。


 どういう攻撃をしてくるのかと思ったら、ネコを置いて上空へと逃げてしまった澪を闘士たちは忌々しそうに見上げた。


「こざかしい小娘め!」


 闘士の一人が魔法を唱え、炎槍フレイムジャベリンを澪に向けて放つ。まばゆい光を放ちながら炎の槍がシールドに直撃し、大爆発を起こす。


 おぉぉぉぉ!


 いきなりの大技に観客たちはどよめいたが、シールドはびくともせず、中の澪も平然としている。それどころか、澪は魔法陣の上にどっこいしょと座り、何やらポケットからお菓子を取り出してポリポリと食べ始めた。


「はぁっ!?」「な、何だあいつは!?」「バ、バカにしやがって!」


 闘士たちはすっかり観戦モードに入ってしまった澪に、激しい怒りで色めき立つ。


 その間に、シアンは上空にもう一つ緑色の魔法陣を浮かべた。そして、魔法陣から垂れさがってくる緑色のロープ……。


「ネ、ネコが何かしかけてくるぞ!」「ネコを殺れ!」


 前衛の闘士たちは剣を振りかざし、シアンめがけてダッシュしたが、シアンは垂れてきた緑のロープをくわえたままピョンピョンとすばしっこく走り回る。振り降ろされる剣を巧みに避け、股の下を抜け、辺りを縦横無尽にクルクルと走り回った。


 闘士たちは対人戦闘の準備しかしていない、足元をチョコチョコと走り回るネコなど想定外であり、困惑しながら無様にネコに振り回される。


「くぅ、なんだこいつは!」「おい、何やってんだ!」


 混乱する闘士たち。脚にはロープが絡みつく。


 満足げに最初のところへ戻ってきたシアンは、緑のロープを魔法陣から垂れさがるところへくっつけた。そしてニヤッと笑うと魔法陣を上空へと動かしていく――――。


 最初何をやっているのか分からなかった闘士たちだったが、足元のロープがずるずると引っ張られ出して初めてシアンの狙いに気がついた。


「おい! ヤバいぞ! ロープから足を抜け!」


 慌てて闘士たちはロープから逃げようとしたが、縦横無尽に床に張り巡らされたロープはどこに足を置けばいいのか全く分からない。絡みつくロープを手で解こうとしても手甲が邪魔をして指が上手く動かない。


「クワーーッ!」「い、急げーー!」


 大混乱になる闘士たち。


 焦って剣で切ろうとする者もいたが、緑のロープはいくら刃先を押し付けてもゴムのように柔軟に変形するだけで全然切れなかった。


 そうこうしているうちにも魔法陣は緑のロープを引っ張りながらどんどんと上空へと舞い上がっていく。ロープはまるで網のように闘士の脚に絡みつき、ずるずると引っ張られる間にきつく縛られていった。


「うひぃ!」「うぎゃぁ!」「や、止めろー!」


 ロープに足を引っ張られていく闘士たちは、ついには次々と無様に足から吊り下げられていく。


 え……? はぁ……? どう、なってんの……?


 ざわめく観客席。たくましく、豪奢な装備に身を包んだ闘士が間抜けにも戦うこともできずに宙づりにされていく様を見て、数万の観衆は、呆然として言葉を失った。


 吊り下げられた闘士たちはそのまま観客席上空を超え、スタジアムの外へと消えていく。


 自分の闘士があっさりと何もできずに消えていった子爵は、貴賓席で脂汗を浮かべ、わなわなと震えていた。フェイはそんな間抜けな脂ぎった顔をチラッと見るとにんまりとし、男爵と目を合わせた。


 上空から高みの見物をしている澪は、ポップコーンをポリポリとかじりながら、あっという間に闘士たちを排除したシアンの賢さに満足げに笑う。


「おぉ、シアン、いいねいいねぇ。後は魔導士と王子だぞ! ぐふふふふ」


 王子はそんな楽しそうな澪に聖剣を向け、激怒して怒鳴った。


「うぬぬぬぬ……。卑怯だぞ! 正々堂々戦え!」


 しかし、澪はなんだかその滑稽な真っ赤な顔につい吹き出してしまう。


「そんな必死にならなくても……王子様にはもっとドーンとしていて欲しいですねぇ。ふふふ……」


 王子はギリッと奥歯を鳴らすと叫んだ。


「魔導班! 行け!」


 前衛を失ってしまった王子にはもう魔導士しかいないが、各貴族の抱えるえりすぐりの凄腕魔導士たちならきっとやってくれる。何しろ敵はたったネコ一匹なのだ。王子は彼らにはっぱをかけ、ムカつく小娘に引導を渡してやるのだと、意気込んだ。


「かしこまりました!」「全力で行きます!」


 前衛がやられてしまったことにひるんでいた魔導士だったが、気合を入れなおしブツブツと呪文を唱え始める。魔導士たちの前にはそれぞれ紅色や青色の鮮やかな大きな円が描かれ、中に幾何学模様やルーン文字が浮かび上がってくる。広域魔法でシアンのいるあたり全体を焼き払うつもりなのだ。


 おぉぉぉぉ!


 その幻想的な美しい魔法陣の砲列に観客席は盛り上がる。


 しかし、シアンはそんな魔導士たちの呪文詠唱をクスッと鼻で笑った。

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