6. ガンバレ! ミーオー!

 馬車は森を抜け、延々と続く広大な麦畑を横断し、日も傾いてきた頃ようやく王都へとたどり着いた。壮大な城壁に囲まれた壮大な王都はこの国一番の規模を誇る、高度な文化文明の中心都市だった。


 精緻な幻獣の浮彫の施された石造りの門は夕日に照らされ、幻想的なオレンジ色の輝きを放っている。門をくぐると、異国情緒あふれる市場が広がって、多くの露店に人々が集まり、にぎわっていた。扱っている商材は果物から肉、衣服や薬品、さらには魔道具まで。まさにこの世界の魅力をギュッと濃縮したような風景が広がっていた。


 澪はその物珍しい風景を車窓から眺め、これから始まる異世界生活にワクワクが止まらなくなってくる。


 ゆるい坂道を馬車がゆったりと登っていくと巨大な石造りのスタジアムが見えてきた。それはまるでローマのコロッセオのようにいくつものアーチを組み上げて、多くの観客が入れるように工夫されていた。


武勲ハイガーディアンゲームズは明日、ここで開かれます。今晩はホテルでゆっくり休んでくださいね」


 男爵は少し緊張した面持ちでスタジアムを見上げ、ふぅとため息をついた。


「明日、領土が増えるんですからもっと楽しそうにしてくださいよ!」


 澪はワクワクを隠しきれない笑顔で男爵の肩を気楽に叩く。


「は、はぁ……」


 そんなのんきな澪に愛想笑いを浮かべながら、男爵はキリキリと痛む胃を押さえた。



          ◇



「レディーース! エーンド、ジェントルメン! さぁ、皆様お待ちかね武勲ハイガーディアンゲームズの開幕ですッ!!」


 うぉぉぉぉぉ!


 スタジアムを埋め尽くす数万人の観衆が地響きのような歓声を上げる。この国の人々にとって四年に一度の武勲ハイガーディアンゲームズは最高の娯楽だった。この日のために四年間頑張って生きてきたという者も少なくないくらい、武勲ハイガーディアンゲームズにかける国民の情熱はけた違いである。何しろ人類最高峰の闘士たちによる最高レベルの技のぶつかり合いであり、殺し合いなのだ。否が応でも熱気が盛り上がり、ビールは飛ぶように売れていった。


 国王の開会あいさつが終わり、いよいよ試合が始まる。


「それでは闘士の入場です!! 王国民よ! 今ここに、我らが王国の誇り、第一王子が堂々と武勲ハイガーディアンゲームズの地に降り立つ! 彼の勇猛果敢なる姿を目に焼き付けよ!」


 アナウンスと共に王子が煌びやかな金属の鎧に身を包み、聖剣を高々と掲げながら入場してきた。ひときわ大きな歓声が王都に響き渡る。


 ウォォォォォォォォォ!!


 男爵親娘は貴賓席でその様子を手に汗を握りながら見下ろしていた。シアンは確かに強かった。しかし、王子の装備、バフ、アーティファクト類は計り知れないものがある。神話級のものを惜しげもなく投入された王子はすでに虹色の光を纏い、シアンの魔法が通用するようにも思えなかったのだ。


 今回、なぜかトーナメント方式ではなく、急遽バトルロワイアル方式に変更されたことも男爵の胃をキリキリと痛ませた。要は男爵の闘士を一斉にいたぶるつもりなのだろう。


「最後に入場するのは、シャーウッド男爵家、ミーオー……。あれ? お、女の子……ですか?」


 数万の観衆はその異様な光景にざわめいた。女子高のブレザーに青リボンという見たこともない衣装に身を包んだ女の子が、やる気のなさそうな黒猫を抱えたままピョコピョコと楽しそうに入場してくるのだ。


「フェイ、見てるー? うふふふ」


 澪は大きく貴賓席に向けて手を振った。数万の人々に注目されるステージに立つなんて生まれて初めての澪は、嬉しくて仕方なかったのだ。


「なんと、急遽ネコ使いの女の子へと変更があった模様です。し、しかし……これは……本当にいいんでしょうか? ルール上問題はありませんが……、まぁ、きっと何か奮闘してくれるんでしょうね! ガンバレ! ミーオー!」


 観客席はみんな不穏な予感に眉をひそめ、どよめいた。何の装備もない女の子など一瞬でミンチにされるに違いないのだ。その凄惨な光景がみんなの脳裏によぎっていた。


「おや、シャーウッド殿、もう諦めたんですか? ぐふふふふ」


 脂ぎった髪の薄い中年男、隣の席の子爵が、いやらしい笑みを浮かべながら男爵に話しかけてくる。


「いや、あれでいて結構強いんですよ」


「はーっはっはっは! なかなか面白い冗談ですな。そう言えばお宅は、負けたらもう差し出す領地もないのでは? くふふふ……」


 フェイはたまりかねて口を開いた。


「大丈夫です。むしろ子爵様の領地の心配をされた方が、よろしいのではないでしょうか?」


「おや……? うちの心配をしてくれるのかね? 心配ご無用。くふふふ……。もし、お取り潰しになったら……うちの養子に……なるかね?」


 子爵はフェイの身体を舐めるように見ながら、いやらしい笑みを浮かべる。


「け、結構です!」


 フェイは細い腕で胸元を守りながら、身を震わせた。若い女の子をいたぶるのが趣味だと伝え聞いたこともある、この薄ハゲオヤジと一緒に住むようなことにでもなれば確実に純潔は穢される。


 フェイは震える手を合わせ、女神に加護を祈った。


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